DXと言う虚構
「どうして、こんなに沢山の書類を提出しなくてはならなくなったのですか?」
「すいません、コンプライアンスを強化せよとの方針が出され、手続きが増えてしまったもので、申し訳ありません。」
数万円の仕事の依頼であったが、見積書や請求書以外に、4種類ぐらいの書類を提出しなければならなかった。しかも、「まずはPDFで送ってくれませんか。原本は後日郵送で構いません。」や「まずは口座登録を急いでやりたいので、銀行口座の情報をメールでお知らせください。」といったやり取りもあり、書類作成だけではない手間もかかってしまった。電話やメールでの確認も頻繁で、正直なところ辟易としてしまった。
企業文化というのは、こういうところに現れるのだろう。
企業文化とは、いわばその企業の思考パターンであり、その結果としての行動習慣だ。つまり、指示や命令など与えられなくても、自発的、自律的に組織を機能させるメカニズムであり、効率的に組織を運営するには欠かせない。しかし、その行動習慣が、適切に方向付けられていなければ、このような事態を招いてしまう。
このケースに当てはめて考えれば、何があったのかは知らないがコンプライアンスを強化しなければならないとの全社方針が示されたのだろう。ならば確認作業や管理を強化する必要がある。だから必要な手続きや書類を増やさなければならない。
手続きや書類を増やすことは、現場担当者や取引先の手間を増やす。業務の生産を低下させ、ビジネス・スピードにブレーキをかける。時短の要請にも逆行する。しかし、取引手続きを担当する部門にとっては、そんなことは重要ではない。想定されるあらゆるリスクを排除し、あってはならない事態を絶対に起こしてはいけない。もしそんなことをすれば、自分たちの評価が下がる。担当組織や取引先の手間が増えることなど関係ない。それよりも何よりも、自分の役割を果たすことだ。
そんな思考パターンであり、行動習慣がこの企業にはあるので、現場の担当者も不平を漏らしつつも、仕方がないことと受け入れてしまう。結果としては、この企業文化は維持されることになる。
かつて、この企業は、日本を代表する企業だった。いまでも組織の規模としては大企業だが、もはやかつての勢いはない。そうなってしまったのは、部門最適を優先し、徹底してリスクを排除する、そんな企業文化も一因なのかもしれない。経済環境が好調であれば、このような企業文化もさほどの問題にはならなかったのだろうが、いまのビジネス環境においては、この企業の変革を妨げる重い足かせとなっているのかも知れない。
30年ほど前のことだが、私は、サラリーマン時代に営業としてこの企業を担当したことがあるのだが、ここに紹介したような企業文化は見事なほど変わっていない。
先にも述べたとおり、企業文化とは、その企業の思考パターンであり、その結果としての行動習慣だ。指示や命令など与えなくても、自発的、自律的に組織を機能させる役割を果たしている。企業を変革したければ、この企業文化を作り替える必要があるだろう。
危機感を煽り、叱咤激励し、自助努力を求めても企業文化は変わらない。行動習慣を変えることだ。行動習慣が変われば、自ずと思考パターンも変わる。思考パターンが変われば、新しい事態にも、自然とその思考パターンが適用され、社員の行動も変わり、その行動習慣が定着してゆくことになる。
経営者が企業の変革を望むのであれば、社員の行動習慣を変えることに取り組まなくてはならない。例えば、冒頭のケースであれば、コンプライアンスの強化のために手続きや書類を増やすことではなく、その原因、つまり現場が手を抜きたくなるような複雑で手間のかかるビジネス・プロセスや形骸化したムダな作業を徹底して排除し、問題が起きる根っ子をなくすよう現場に指示すればいい。何よりも大切なのは、現場の働きやすさであり、ビジネス・スピードである。この両者を優先されることを徹底せよと明確に示すことだ。そして、経営者の行動習慣として、方針に適合しない施策は、それを認めないようにする。そうすれば、現場は自ずと自らの行動習慣を変えてゆくだろう。
また、業績評価基準を変えることだ。何をすれば、社員の人事査定の評価が上がるのか、給与やボーナスが増えるのか、昇進するのかの基準を、変革のゴールすなわち「あるべき姿」や事業戦略に応じて、作り替えることだ。そうすれば、叱咤激励や危機感を煽らなくても、社員はその業績評価基準を達成するために自発的に学び、自律的に行動し、「あるべき姿」や事業戦略は自ずと達成される。そして、その行動習慣が維持されることになるだろう。
ユヴァル・ノア・ハラリは、自身の著である『サピエンス全史』で、人間は「虚構」によって集団としての能力を拡大し、他の動物を圧倒することができるようになったと述べている。「虚構」とは、現実には存在しない架空の物事であり、想像力の産物である。私たちは、そうした虚構を集団で信じることで、圧倒的なチームワークを得てきたとしている。
サルやゾウなど他の動物も群れを組んで協力はするが、それができる個体数は150程度だそうである。しかし、私たちホモ・サピエンスだけは、この個体数を超えて、数千や数万の単位で協力し合えるようになったのは、「虚構」を信じる想像力があったからだとしている。
「虚構」とは伝説や神話、宗教などだ。国家や貨幣、司法制度や会社組織といった近代の制度もすべてが「虚構」であり、大勢がそれを信じることで成り立っているという点では、今も昔も何も変わっていない。
企業文化もまた「虚構」であろう。だからこそ、組織の能力を集結し、変革を推し進めるには、経営者は、それにふさわしい「虚構」を示す必要がある。
昨今、「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」という言葉が、巷を賑わしている。この言葉は、デジタルを駆使して新しいビジネスを立ち上げることではない。不確実性の高まるビジネス環境に於いて、デジタルを駆使してビジネス・スピードを圧倒的に速くして、変化に即応できる企業文化や体質を作ることを意味する言葉だ。
DXが、企業文化の変革であるとすれば、それをSI事業者に外注するという発想は生まれない。自らのスキルとして蓄積し、経営者や事業部門主導で内製化をすすめようとするだろう。ならば、お客様のDXに関わってゆこうというのであれば、お客様は経営者や事業部門であり、それは自ずと内製化支援となる。
SI事業者にとってのDX案件、あるいはDX事業への取り組みとは、このようなお客様の企業文化の変革に貢献することだ。ならば、自らがDXを体現し、そのノウハウをお客様に提供できてこそ、「共創」という取り組みが可能になる。そのカウンターパートは情報システム部門ではなく経営者であり、事業部門である。
少子高齢化はもはや避けることのできない現実であり、工数積算型の収益モデルには伸び代がない。加えて、クラウドやAIのさらなる進化と普及は、工数需要を減らしてゆく。そうなれば、いままでのやり方で事業を継続することは益々難しくなるだろう。だからこそ、自らも企業文化の変革を図り、「DX×共創×経営者や事業部門」という新たな行動習慣を作り上げるしかない。
「変革」とは企業文化の作り替えである。新たなビジネス・モデルの創出も新規顧客の開拓も、それを当たり前と考える思考パターンや行動習慣なくして実現することはない。
DXもまた神話であり「虚構」である。しかし、その「虚構」が、企業の目指すべき「あるべき姿」として、ふさわしいのであれば、この「虚構」を使って企業文化に変え、行動習慣に変えてゆくことが経営者の役割ではなかろうか。
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目次
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