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作家の村上龍氏が、新作を紙の本ではなくiPadで配信販売しました。この件が話題になるのは、電子出版が普及することで、仲介役となる出版社が「中抜き」になってしまうことが懸念されているからです。

以前に当ブログの「【Kindleショック】実は遅れて登場したクラウド本の真打ち」でご紹介した「Kindleショック インタークラウド時代の夜明」の中で、著者の境 真良氏は、近代的な紙の本における出版産業の役割は、本を大量に印刷する物理的生産コスト、本を読者に届ける輸送コスト、そして著者を発掘・育成するコストの「3つのコスト」を負担し、リスクを全体分散させる賢い方法であったと指摘しています。トーハンや日販等の取次は、流通業、金融業、出版コンサルタント業の機能を果たしていたわけです。

電子出版においては、DTPコストを除けば本を量産するコストは限りなくゼロに近く、読者にモノとしての本を届けるコストは無視できます。著者がすでにブランドを確立していれば、出版社に育成してもらう必要はありません。気心の知れた編集者との二人三脚で、出版社に頼らずに電子書籍を出版することが可能になります。

出版業界の立場で考えると、これまでにない黒船かもしれません。しかし、他の業界で起きていることを見れば、この流れは自然なことのように思われます。音楽業界ではレコード会社に依存しない自主制作盤のCDが以前からありました。さらに進んで、ミュージシャンが自分のサイトで直接販売するケースも出てきています。また、農産物には産地直送や生産者直売の販売形態があります。

インターネット他の技術の進歩により、生産者と消費者が直接結びついて取引することが可能になりました。その流れがこれまで紙を前提としていることで守られてきた出版業界に、いよいよ及んだだけと考えます。

今回は影響力が大きい作家による電子出版ということで話題になりましたが、私は電子出版は、これまで自費出版で扱われてきた分野の書籍で普及していくと想定しています。従来の枠組みでは、マイナーなネタや商業ベースに乗りにくい重いテーマは、普通の書籍として出版することは難しい部分がありました。まずはこのような分野で電子書籍化が進んでいくのではないでしょうか。

出版のハードルが一気に低くなることで、それこそ今の紙の本以上に玉石混交・百花繚乱になるでしょう。そのような状況で自分が読みたい本にたどり着く一つの方法として、紙の本として出版されることが、一つの目安になるのかもしれません。編集者や書評家の目利きが重要になってきます。

佐々木さんが「村上龍氏の決断に出版社は戦々恐々だそうだが、なぜすぐ印税の税率にばかり話がいくのか…」で取り上げられていますが、電子出版の楽しいところは、印税の配分率にあるのではなく、著者の好きなようにやれることにあるのではないでしょうか。

私は自社のサイトでNetCommons関連の技術資料を販売しています。インストールやカスタマイズのちょっとしたノウハウを数十ページの内容にまとめて、PDFファイルにしたものです。

注文はサイトの注文フォームから入力してもらい、電子メールで振込口座情報やPDFをダウンロードする方法をやり取りして、取引完了です。1冊の値段は3,000円程度です。自分で言うのも何ですが、これが意外によく売れます。村上龍氏の目標5,000部に及ばないのは当然としても、NetCommonsのサーバーが社内利用を含めても数千台程度と言われていることを考えると、並のインターネットショップより良いコンバージョンレートではないかと思っています。

現状は会社の売上としては微々たるものですが、それ以上にこのプチ出版事業が楽しいところは、自分で企画して、すぐに制作に入り、リリースできることです。買っていただいた方からの反応もダイレクトに入ります。それを元に次の企画を立てるのは楽しいです。

技術の進歩により、誰でも出版できるようになってきました。そうなると、重要なことは佐々木さんが言うように「結局、最終的に人々に受け入れてもらえる音楽(知的生産とかコンテンツ)を創出する力を自分が持っているのか?という根源的な問題」になってくるのではと考えます。

テクネコ

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加藤和幸

加藤和幸

株式会社テクネコ 代表取締役。
ITを売る側と買う側の両方の経験を活かして、CRMとCMSのコンサルティングを中心に、お客様の”困った”を解決します。

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