Report on Japan's infrastructure topic on weekend.
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2006年5月7日 » |
知的生産などと言うとおこがましいですが、まー何で食っているかといえば、それに近いことで食っているので、おこがましさを押して以下を記すわけです。
昔、ガキの時分に、立花隆の「知のソフトウェア」を読みました。この本には、知的生産の技法が説明してあります。彼がひとつのテーマに取り組む際には、まず神田神保町の古本屋街に行って、両手で抱えきれないほどの資料を買い込み、それに一冊ずつ当たるところから始めるとか、取材を含めて膨大な仕込をした後で、まとまったものを書く前段階では、関係する諸要素を一枚の図にまとめ、その図を何度も何度も書き直して、自分が納得する構造が描けたら(今で言うマインドマップに近い)、そこから書き始めるとか、そんなことが書いてあったように記憶してます。
私がその後、雑誌だのライティングだのに関わるようになって、まず、拠って立ったのが、同書に書かれていた基本原理「インプットは多ければ多いほどよく、アウトプットの方は少なければ少ないほど質が高まる」というものでした。
まずはひたすら実践。何を始めるにしてもまずインプット、せっせとせっせとインプット。記事でも書籍でも取材でも仰いだ指導でも。けれども通例、企業活動の枠のなかで行う記事執筆では、無限のインプットなど許されないことで、時間の制約もあれば予算の制約もあるなかで、非常に限られたインプットで、非常に多くのアウトプットを出さなければならないということが往々にして起こります。例えば、取材一本で4ページの記事を書くとかですね。これは、インプットができるだけ少なく、アウトプットがやたらと多い悪い例です。
後年、某大手経済新聞系の仕事をしてみて痛感したのは、同社および同社系列の記者という肩書きの方々は、この「インプット」について、できるだけ多くやれ、手間をかければかけるほどよい、コストは会社が全部面倒を見てやる、という目に見えない強大なバックアップがあるなかで取材をしているんだなぁーということでした。彼らにとってのインプットは無論取材です。これを支えるのが言うまでもなく、大手クライアントによる安定的な広告出稿という事業モデル。ジャーナリズムを広告モデルが支えるというのは、よく考えてみれば、少しおかしな現象ではあります。
一方、こちとらフリーランスないしは小規模有限会社の代表でやっている状況では、1本の4ページものの記事を書くのに6箇所も8箇所も取材しているようでは、ペイパーパフォーマンスがものすごく低下してしまいます。このへんは給与が保障されている彼らにはまったく理解できません。
「インプットは多ければ多いほどよく、アウトプットの方は少なければ少ないほど質が高まる」の実践には、往々にしてこういう経済的な現実が立ちはだかります。
さて。このインターネット時代になってみると、「インプットはできるだけ多く」という部分で非常に融通が利くようになりました。英語圏の資料の海に漕ぎ出したとしても、さほどコスト負担は重くありません。時間の許す限りインプットに精進できます。自分が比較的得意な分野で、他とそこそこは差別化した形で、アウトプットの質をそれなりに高めていくプロセスが現実的にできてしまいます。(もちろん、それだけでは芸がないですから、付加価値を付けるための種々の作業をします)
それで済んでしまえば何の問題もないわけですが、最近ではこのブログがインプット-アウトプット問題に影を投げかけます。
誰に限らず、ブログを始めてしまうと、インプットがあるそばから書きたくなってしまうという衝動にかられます。で、それを現実にやります。私も実際、それに近い状況です。
Aというインプット→即座にブログ書き、Bというインプット→即座にブログ書き、Cというインプット→即座にブログ書き。。。。
これだと、立花隆が言う「アウトプットの方は少なければ少ないほど質が高まる」にはまったくなりません。
情報摂取と情報排出とがほとんど間髪おかず起こる。これっていいのか?これっていいのか?と思いつつ、Web 2.0的なCollective Intelligenceのメカニズムもあることだし、スマート・モブス的なダイナミズムも働くことだし、衆愚でなく衆知の立場で周知徹底なんちて。
俯瞰すると、膨大なインプットに基づく、あまり咀嚼されない膨大なアウトプットが、インターネット全体で分散的にものすごいスピードで起こっている状況があります。仮に、知的生産というものが、誰ということなく、特定の個人によって起こるものだと想定すると、この状況は衆愚以外の何でもないでしょう。けれども、知的生産というものが、不特定多数の人間にまたがって生じることもあると想定すると、この状況は知的生産の培地のようなものではあるかも知れない。立花隆氏はどうお考えなんでしょう?最近の著作を読め (゜-°)\バキッ。
ひとつ言えるのは、きょうび、知的生産に類する営みは、コメントやTBがつく環境で行われないと、生きたものになりえない、そういう雰囲気があるということです。不特定多数によるCollective Intelligenceは荒唐無稽かも知れないけれども、2人、3人、5人、30人、150人程度までなら、何らかのCollective Intelligence的なダイナミズムが好影響を与える可能性はある。それは何かの学会なんかでもそうですよね?
とは言いつつ、真にユニークな知的価値は、孤高の集中からしかもたらされないのではないかという思いもあることは確かで。最近、引用が多い「The World Is Flat」なんかも取材や何かで秘書やTV局などの協力は得ているけれども、最終的には彼ひとりが書いているわけだろうし。5人ぐらいがよってたかって書いた本には迫力がありませんね。なんちて。ということで、本件にも答えなし。
ブログはひとりで書くものなので、誤字脱字はつきものです。私ライター、あなた編集者という関係では、比較的容易に誤字脱字は発見され、すぐに修正されるのですが、ブログではそのチェック機能が働きません。時々、よそ様のブログにもものすごい誤字脱字を発見し、活字の世界ではあってはならないことなのに、ブログだし実害はないしと、かなり寛容な自分を発見してしまいます。
時々自分のを読み返していると、えっというミススペルやあっという誤記を発見し、ものすごく恥ずかしい思いをしますが、まーあとの祭りで、直さないでほうっておく時もあります。いつぞやもBaldri"d"geのスペルを間違ってました(ご丁寧に何を勘違いしたかBaldrigeで統一までしてました)。
誤字脱字はまだよくて、まったくの思い違いで、非常に恥ずかしい記述をしているというケースも間々あります。いつぞやは、スピーカーの高音部であるツイーターのことをスコーカーと書いてました。ばかまるだし(゜-°)\バキッ。
そういうもの後で気づいて火が出る思いをするのですが、まー、直さなくてもいいか、ブログなんだしと思ってしまいます。
けれども時々はどうしても放置できない間違いというのがあり、気付いた瞬間、さっとアクセスして、さっさと直してしらんぷりをしておきます。先ほどもsourcingのミススペルを見つけ、瞬時に直しました。
トマス・フリードマンは、世界規模で起こっている非常に捉えがたい動向を両腕でがしっと捕まえて、それをいくつかの基本原理にまとめて見せるという技がものすごく優れています。直近では、ティム・オライリーがインターネット上で起こっている現象をWeb 2.0の諸原理に括って見せたのが、これに近いと思います。
Web 2.0は純粋にインターネット上にのみ認められるトレンドだと理解していますが、トマス・フリードマンが「The World Is Flat」で描いているのは、その数万倍はインパクトがあるであろうリアルな世界の現象です。
うまくまとめてくれた概念のひとつに「Sourcing」があります。企業活動のある側面は、適切なアンバンドリングによって、デリバリーが可能なものになりつつある。選択肢には、自社から他社への外部化(Outsourcing)だけでなく、他社から自社への内部化(Insourcing)もある。この動きは、経済合理性があり、技術的に可能である限りにおいて、どこまでも進んでいく。こうした概念をSourcingという一言で表しています。
こういうモジュール化を前提とした考え方は、もの作りの擦り合わせの議論においても、クリステンセンの「イノベーションへの解」の議論においても、適用領域を限定してかかるべきだというコンセンサスがあり、私も最近そのことを知ってひどく納得しています。すべての業種のすべての企業にSourcingを適用してどうこうしようというのは正しくない。それを頭の隅に置きつつ、先に進みます。
Insourcingというのがひどく新しいです。一般的にFlatな文脈におけるOutsourcingでは、ネットワークを移動可能な職務のことを考えますが、Insourcingではネットワークを移動できない職務、すなわち物理的な作業環境が関わり、人の肉体的な関与が意味を持つ職務を、顧客企業の施設にまで出向いて行う形態が含まれます。フリードマン的にはむしろその形態のみを見ているフシがあります。その典型がUPSです。
個人的には、「The World Is Flat」で種々掲げられている企業事例の中でも、このUPSの事例がダントツに興味深く、しゃぶってもしゃぶってもまだ滋味が染み出てくるスルメ的な事象に思えてなりません。
まず、UPSは、物流が本業ではない企業と契約を結んで、物流部分を請け負います。これはよくある話。非常にデリケートな製品のパッケージングのまずさが原因で物流コスト高がもたらされている場合、パッケージングの最適化を提案しますが、場合によってはパッケージング&ロジスティクスの視点で、当該製品の設計段階に入り込んでアドバイスするということも行います。これもまぁわかる。
ただ、多種類の商品を製造したり販売したりする企業の社屋に出かけて行って、ロジスティクスの観点から種々の分析を行い、製造ラインの改良を提案したり、複数の組織にまたがって流れるフローを提案したりというところになると、これはもうコンサルティングの領域です。こうしたことも行う。
さらに、配送網はUPSが提供できる本分であるとして、そこに在庫を置いてくれたりするのは珍しくないとしても、世界的な配送網において在庫量が最小になるサプライチェーンの設計・提案や、補修が必要になる製品の補修回りの請負(部品の保管だけではない)や、消費地でアセンブリが必要になる製品については、当該消費地にアセンブリ工場を設けて、当該企業のユニフォームを着たUPSの人間がアセンブリをしてしまうというところに至っては、何をかいわんや、もはや何者だという感じです(無論よい意味で)。この種の業務を最大手情報機器ベンダーから請け負っているそうです。
まだ先があります。顧客企業の取引先からの集金も行います。顧客企業および取引先に対して何らかのファイナンスが必要であればそれも行います。最適なファイナンス商品がなければ、現地の法律が認める範疇でファイナンス商品を作りかねないぐらいの勢いがあります。さらに。その国において法人の信用情報データベースが完備していない場合、同社が、取引先の信用状態を調べたりなどします。もはやInsourcing業界におけるミュータントだと言っていいでしょう(くどいですが、ものすごくよい意味で言っています)。
ここでUPSの基本的なデータを。2005年売上:425億8100万ドル(Fedex:293億6,300万ドル)、 2005年従業員数:40万7,000名(Fedex:25万名)、1日当たり取扱個数15万、保有トラック台数:9万2,000台、保有輸送機数:600機。
UPSが偉大な企業だと思えるのは、上のようなInsource業務を最大手企業顧客に対して提供しているだけでなく、中堅企業にも、パパママストアみたいな企業にも提供しているという点です。少なくとも同書を読む限りにおいては、そのように紹介されています。(早くUPSがその種の業務を日本でも展開してほしいです。日通、ヤマト、佐川もがんばれ)
-Quote-
Insourcing is distinct from supply-chaining because it goes well beyond supply-chain management. Because it is third-party-managed logistics, it requires a much more intimate and extensive kind of collaboration among UPS and its clients and its clients' clients. In many cases today, UPS and its employees are so deep inside their clients' infrastructure that it is almost impossible to determine where one stops and the other starts.
中略
said Eskew. "We answer your phones, we talk to your customers, we house your inventory, and we tell you what sells and doesn't sell. We have access to your information and you have to trust us. We manage competitors, and the only way for this to work, as our founders told Gimbel's and Macy's, is 'trust us.'
"The World Is Flat", Two - Ten Forces That Flattened the World" (p149)
-Unquote-
-今泉お手軽訳-
インソーシングは、サプライチェーン構築とは区別して考えられるべきものだ。実際、サプライチェーンマネジメントのかなり先を行っている。サードパーティ側が管理するロジスティクスであり、UPSとその顧客、およびそのまた先にいる顧客との間で、非常に親密かつ広範囲なコラボレーションを必要とする。現在多くの案件において、UPSとその従業員は顧客企業の相当奥深くにまで入り込んでおり、どこまでがUPSの担当領域でどこから先が当該企業のものなのか、識別に困るほどだ。
中略
エスキュー(UPSのCEO)は言う。「顧客の電話を弊社が取り、顧客の取引先とは弊社が話します。在庫は弊社が保管させていただき、何が売れていて何が売れないのかを弊社がお知らせします。顧客の情報には弊社の者がアクセスしますので、顧客には弊社をまず信頼してもらうことが必要になります。場合によっては弊社が顧客の競合を何とかします。こうしたことがうまく機能するには、弊社の創業者がGimbel's(米大手小売業)やMacy's(米大手百貨店)にお伝えしたメッセージである「ご信頼ください」を繰り返すほかありません」
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このようなものすごいInsourceの巨人にして、代表者の口から出てくる言葉が、古きよき時代の偉大な商人の言葉のようだというのが興味深いです。滋味豊かな事例であります。
(気長に続く)
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