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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

発送電分離にこだわらず電力価格が安くなる2010年代型の電力改革を

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昨年末から新聞などで報道されている電力改革関連の動きについて記してみます。

■2ヶ月で終了した電力システム改革タスクフォースの活動

経産省は昨年11月上旬から12月末にかけて「電力システム改革タスクフォース」を設け、有識者からヒアリングを行って、電力システムをどう改革していったらいいかの道筋を確認する作業を行いました。
通例、この種の活動は「○○研究会」という名称で設置され、月1回ペースの会合を1年〜1.5年程度行って報告書を出すのが習わしですが、今回はわずか2ヶ月で6回の会合を行ってまとめを出すという突貫工事だったのが特徴です。「タスクフォース」という名称に「急ぎのプロジェクト」というニュアンスが込められているように思います。

活動概要は経産省サイトのこのページにまとめられています。
従来の「○○研究会」の場合は、比較的詳細な議事録が公開されることが多いですが、今回はかなりセンシティブな内容についてもやりとりがなされたものと思われ、議事録は公開されていません。

計7名の有識者とエネルギー業界関係者が招聘され、各氏の電力改革の主張を経産省がヒアリングした後で、最終回の12月20日に以下の有識者が再び呼ばれて議論が交わされました。

大阪大学招聘教授 八田達夫氏 
東京大学社会科学研究所教授 松村敏弘氏 
(財)日本エネルギー経済研究所 電力グループマネージャー・研究主幹 小笠原潤一氏
東京大学教授 横山明彦氏

電力の自由化、発送電分離、スマートグリッドについて見解をお持ちの方々ですね。
こうして終了したタスクフォースの議論内容の報告という位置づけで公表されたのが、いわゆる「論点整理」です。

経産省:電力システム改革タスクフォース「論点整理」

上は経産省が公表した「本体」。以下はそれを報じたもの。

日経:電力小売りの完全自由化検討 家庭向けも対象に(2011/12/27 リンク不能)
電気新聞:経産省、電力システム改革で論点整理案(2011/12/28)
毎日新聞:電力改革:東電資本注入 国主導改革狙う 新規参入拡大、競争促す(2011/12/28)
サンケイ:発送電分離へ政府が4案 「一般家庭にも市場自由化の恩恵」(2011/12/28)

■論点整理の中身

年末年始に出た関連の記事では、発送電分離の「会計分離」「法的分離」「機能分離」「所有分離」の4形態を説明したものが多かった印象があります。しかし「論点整理」ではもっと広い範囲について述べており、発送電分離のテクニカルな話ばかりにフォーカスすると議論が矮小化する可能性があります。

「論点整理」の中身で注意すべき部分を抜き出しながら、箇条書きで整理してみましょう。

○現状認識と反省点
・過去の日本の電力自由化は「部分自由化」であり、「一般電気事業者の地域独占を中心とする基本的な供給構造に変化はなく、自由化や競争は極めて不十分」だった。
・「計画停電や電力使用制限の発動という強制的・画一的な需要抑制手段によって多くの国民や企業に多大な負担と苦難を強いざるを得なかったことは反省すべき大きな課題」であり、新たな「制度設計が必要」。
・原発事故以降「次世代型の分散型エネルギーシステムへの関心の高まり」がある。
・従来の電気事業制度では「供給力の確保に主眼が置かれ、需要家の選択行動を活用して『需要を抑制することで供給力に余裕を持たせる』との視点に乏しかった」。
・「『分割された区域内における供給』に重点が置かれ、全国規模での最適需給構造を目指すとの視点に乏しかった」。

○これから目指すべき電力システムの姿
・次世代型の電力供給システムの1つの姿が「価格メカニズムを通じて需要抑制のインセンティブや供給促進のインセンティブが働く電力市場」と「競争条件の公正性を確保するための送配電部門の中立化(発送電の分離)」
・「例えば、北欧の市場では、日々の使用量を予め確定させる供給契約形態が主流となっており、日々の価格は需給状況を反映した市場価格で決まることから、需給逼迫時には価格が上昇し、供給は増加し、需要は抑制されるインセンティブが働く」
・「送配電部門は規制部門であり、競争原理が働きにくいが、送電線が混雑した場合に送電線利用料金を高くする『混雑料金』を導入することで、合理的な送電設備形成」が促される。
・「市場原理が機能するためには、様々な発電事業者、様々な小売事業者が公平に競争できる環境が必要であり、これらの事業者の共用インフラとも言える送配電部門に中立性を確保することが必要」
・「分離の程度が不十分であればあるほど、中立性を確保するための規制コストが上昇するが、一方で、分離すればするほど、発電と送配電の一体的な投資や一体的な運用が困難になることから、制度設計には十分な検討が必要」

○今後の制度設計に当たっての主な論点
・「スマートメーターやインターフェースの整備を進め、市場メカニズムを通じた需給調整機能を強化」すべきではないか?
・「小口小売分野についても、大口分野と同様、需要家が選択できる仕組みを導入」すべきではないか?
・再生可能エネルギーなど分散型エネルギーの普及を促すには「系統接続や託送に関するルールを見直すべき」ではないか?
・「電力会社同士での競争」を活発化させるには「供給区域を超えた電力供給に関する障壁の撤廃」も必要ではないか?
・「会計分離の徹底、法的分離、機能分離、所有分離などのメリット・デメリットを十部に検証したうえで、さらなる送配電部門の中立化を行うべきではないか」?

かなり端折ってますが、骨となる部分は上記で尽くされていると思います。スマートメーターに言及しているあたりは、スマートグリッド的な解法も必要だとしているということですが、おおむね、発送電分離を行い、送電部門に中立性を与えて、発電部門と小売部門の競争を促すのが良策であるという流れになっています。

■1990年代型の電力改革のリプレイではなく

さて、これで日本の電力料金は下がるのでしょうか?

そもそも、日本の電力料金が諸外国より高いのは、日本で化石燃料をほとんど産出せず、石炭、LNG、原油などを海外から買ってこなければならない、しかも、島国であるためパイプラインによる輸送ができず、LNGタンカーに見られるように、高いコストをかけて運んでこなければならないという事情があるからです。
日本の電力料金を下げるには、高い化石燃料の発電比率を落として、安い燃料の比率を上げるというのがもっとも正攻法。発電事業の試算を少しやってみるとわかりますが、燃料コストが発電事業の採算に与える影響たるや、すさまじいものがあります。生み出す電力量kWh当たりのコストが1円違うだけで、年間の営業利益が大きく上下します。

こうした背景があることから、日本では従来から安い燃料、すなわち原子力への取り組みが長い期間にわたって行われてきました。現在の電力が直面しているのは、この安い燃料が失われたなかで、放っておけば、追加で購入が必要になるLNGや石炭の燃料コストが跳ね上がるという現実です。原発がすべて止まれば、追加で必要になる燃料コストが2兆円とも3兆円とも言われるなかで、どうやれば電力料金を低く維持できるのか。

そういう視点で見ると、今回の論点整理は、90年代からあった電力改革でやり残された部分を2010年代に入って再び吟味し、その完全実施を図ることに主眼が置かれており、高い燃料をたくさん買わなければならない現実には答えていないように思えます。

論点整理のなかで「なお、発送電分離や自由化を行った欧米で、必ずしも電気料金は低減しておらず、むしろ上昇しているケースも多いが…」という記述があります。なるほど、電力自由化を行うと、新規参入が進んでプレイヤーが増えるというメリットはもたらされますが、市場メカニズムがより明確に働くため、下がる時は下がるけれども、上がる時もタイムラグをおかずに野放図に上がります。
国全体のエネルギー需給において、安いエネルギーを構造的に調達する工夫がない限りは、原油、ガス、石炭の値段が上がれば、電力料金もすぐさま上がるという世界になるように思えます。

発送電の分離も平時であれば相応のメリットがあるのでしょうが、再生可能エネルギーの新規電源が多数ぶら下がることが想定されている現時点で「理想的な発送電分離」をしっかりと行おうとすれば、送電部分への兆円単位の設備投資が必要になります。これも電力料金の上昇要因です。それ以外に再生可能エネルギー固定価格買取で上昇する部分もあります。

こうしたことを考えると、1990年代に構想された発送電分離を主軸とする電力自由化を今行うのは、ほんとうに得策なのかと思えてきます。論点整理で上げられたいくつかの選択肢について、しっかりとしたモデルを作って費用便益分析を行うなり、電力料金のシミュレーションを行うなりして、価格に与える真の影響を確かめてから着手するのがよいと考えます。

個人的には、2010年代入った今行うべきは、1990年代には考えられなかった電力需給およびエネルギー需給の構造の改革ではないかと思います。すなわち、日本が島国であるという制約を取り払って、電力であれば超高圧の直流海底送電ケーブルによってロシアや中国から低コストの電力を輸入してくる。化石燃料であれば、やはりロシアや中国・韓国からパイプラインを引いてガスなどを日本に運んでくるといった、東アジア全域を視野に収めた電力・エネルギー需給の最適化です。こうした「燃料の大元」が安くなる構造をビルトインすると、日本のエネルギー・電力価格はほぼ確実に下がります。これを行うための新規参入者が出やすくるなるような規制改革、支援政策が必要ではないでしょうか(実際にこれを行おうとすると、既存の制度が電力輸入やパイプラインでのガス輸入を想定していないために、制度上のハードルがものすごいと思います)。

北海やバルト海を越えた海底送電ケーブル網の計画が進んでおり、すでにパイプライン網が海を越えて張り巡らされている欧州のことを考えれば、宗谷海峡や対馬海峡を越えた海底送電ケーブルやパイプラインはまったく非現実的ではありません。事業性についても、欧米ではプロジェクトファイナンスによって総事業費の大部分をまかなうファイナンスが成立していますし、日本で実施する場合にも内外のエネルギー価格差、電力価格差を考えれば、十分に採算が合います。新規事業者だけでなく、まさに電力会社がこれに取り組むというのもよいでしょう。

そのような「国を開く」電力改革が進展することを期待しています。

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