Web2.0時代の企業広報・コミュニケーションと情報活用を再考する
| « 2012年3月28日 | 2012年4月29日の投稿 |
情報共有の質向上に必要な「気づき」と「思考」とは?
今回、「データ」「情報」「知識」「知恵」の4つの分類をさらに掘り下げます。
コミュニケーション・ギャップを埋めていくための情報共有のレベルを考えてみましょう。営業チームや開発チームで、「データ共有」の段階から、「情報共有」へ、そして「知識共有」のレベルへ、最後に「知恵の共有」へと次第に高度のレベルへチームの情報共有の質を高めていくことは、その生産性が上がることになります。成熟度が上がると言ってもさしつかえないと言えます。
広報では、自社のメッセージと社外のマスコミとの情報共有や情報提供を目指して、報道資料の配布や会見、記者勉強会などを行います。社内でも、経営方針の社内徹底のために、社内報での特集企画や勉強会、さらには泊まり込の研修会などが開かれます。
図版 共有単純4段階ピラミッド
あなたがチームリーダーだとして、メンバーが皆同じように意識が高く、時間的にも余裕があり、能力的にも高いレベルがあったとして、データから知恵の共有まで共有レベルを引き上げていくことは、平坦な道程でしょうか?
ちょっと想像してみてください。
データを共有するのは、ある意味たやすいことです。
しかし、情報として理解するのは、データを共有すれば誰でも自動的にという訳にはいきません。
具体的に説明しましょう。
私がかつてサラリーマンだった時のことですが、私の下に4人の課長がいました。当然のことながら、同じような情報を持っています。そこへ、ある事象の変化を4人へ提示した際の反応の仕方についてです。反応の仕方は、大雑把に言えばこうです。A課長は、これは問題だと思いますよ。社外への説明を変更せざるをえない・・・・・・・。B課長は、それはどう言うこと?と質問します。C課長は、こう来ると思ってこんな試案を考えてみたんですが・・・・・・。D課長は、それは問題なんですか?と四者四様でした。4人の課長は、ある意味同じデータを見て、意味付け・解釈の仕方が大いに異なってしまったのです。わたしが、これはこういうことだよなと言うと、そりゃそうだとなりました。この場合、価値観の違いではなく、ごく常識的なレベルでの判断に差があったのです。この程度のバラツキは普通起こることと言えばそれまでです。
それでは、この4人の中での差はなんだったのでしょうか。
それは、「気づき」の有無もしくは、その仕方です。
この「気づき」というのは、なかなか厄介なものです。
部下に「これはどうしたんだ?」と質問した際に、「気づきませんでした」と返答されては、どうしようもありません。今度から「気づくように!」と指示するわけにもいかないでしょう。
では、こういう場合われわれはどうしたらいいのかというと、「気づき」のバラツキを共有するためにミーティングを利用することです。そしてもう一つの方法は、「コーチング」です。マネージャーがメンバーの「気づき」を誘発・誘導することです。
また、マスコミや記者さんへ報道資料やレクチャーをしても、狙い通りに書いてくれることは多くありません。ましてや、言われたとおりに記事原稿を書く記者などいません。気づいていただくしかないのです。
これはこういうことだよと他人に言われたとおりに理解するというのは本人にとっての価値は相当に低いと言わざるを得ません。自分で気づいたという認識は、本人にとって極めて価値の高いもので、その後の行動を自ら大いに加速することになります。
次に、情報レベルから「知識の共有」へとステップアップするにも、「気づき」が重要です。
今後も活用できそうな情報だとなれば、一過性の情報にはない価値がありそうだと気づく必要があります。そして、知識としてまとめておくとか、他人と共有しておくことにも価値を見出すことになります。「気づき」のなせる業です。
今まで起こってきたこと、今まさに自身の目の前にあること、起こっていることは、すべてこの「気づき」の対象範囲になっています。しかし、未来は「気づき」の対象範囲ではありません。
未来を対象にするのが知識の次の「知恵」です。
知識から知恵へとは、その間にあるものは「気づき」ではありません。それは、「思考」です。
「思考」とは、知識をもって推論することだと俗に言いますが、どうやって推論するものか、もう少し丁寧に説明しましょう。私は、「獲得した知識・情報を利用して、課題を設定し、解決のための仮説設定をし、推論を行い、検証してみる」、という一連の作業を繰り返すのが「知恵を導きだす思考」だと定義しています。
図版 気づきと思考入り7段階ピラミッド
今までの話の流れを振り返っておきましょう。私たちは、正確性をかなり担保された情報に基づいて判断を繰り返しながら生活を送り、仕事をこなしています。つまり信頼性の高い社会や企業などの組織で暮らしを営んでいるわけです。これを、ピラミッドに置き換えて、いや当てはめて今一度考えてみましょう。
会社であれば、営業データは社員に公開されていなければ、売り上げが伸びているのか下がっているのか、営業本部が発表する数字だけではどこまで本当か分かりません。A営業所がトップだと言うけど、本当なのか?なんていうことも起こりかねません。これが「データ共有」です。企業が決算資料を公開するのも、これにあたります。
売り上げが苦しい中でも、B営業所での○○○製品の売り上げ大幅アップという事例が、他営業所でも適応するのではないか。少なくともやってみる価値はあるのではないか。これは「気づき」に基づいた「情報共有」です。マスコミが企業に取材し、ビジネスの見透しや経営者の考えを記事化するのもこれです。
そして、「情報共有」で成果が出たら、営業所ごとの成長品目は、他営業所でもリアルタイムにおすすめ商品として販促していくという横展開してみるというノウハウの確立が、「知識共有」です。また、一企業の活動を超えて、業界全体、社会に影響のある話題を記事化していくのも「知識共有」です。
最後に、「知恵の共有」ですが、そう言えば営業マンのバラツキは変わっていないねと気づくことが「課題設定」、営業マン個々のバラツキ修正に応用できそうだというのが「仮説設定」、そしてシミュレーションが推論で、ある営業所でトライしてみることが「検証」という作業になるわけです。これらを全社で導入していけば、「知恵の共有」ということになるわけです。これを社会全体もしくは国全体という規模で考えれば、新聞報道で社会が情報共有した事案を、その場限りにせず、継続的に社会に定着させようとするなら、必要に応じて法改正を行って新たな行動規範にしていくことなります。これが社会的知恵の共有ということになります。
次回は、「データ」「情報」「知識」「知恵」の4つの分類に対応する、人の内面の「感情」についてです。
※参考文献:『「過情報」の整理学』 上野佳恵著 中公選書 2012年1月発行
情報共有の“情報”を一羽ひとからげにしてませんか?
今回は、コミュニケーション・ギャップの唯一の解決策であるといわれる「情報共有」について掘り下げます。
まず言っておかなければなりません。情報共有は口で言うほど簡単じゃありません、一筋縄ではいきません!侮るなかれ!です。
情報共有という言葉は、組織で働く人なら、しばしばというより耳タコでしょう。かく言うわたしもしょっちゅう聞いてきたし口走っていました。
しかし、なかなか「情報共有」は上手くいかないのです。
なかなか上手くいかないものだと考えるようになったのは、30年くらい前で係長になった頃でした。その前は、情報共有を要求された場合は、その気になっていただけでした。分かったと思い込んでいただけといってもいいかもしれません。一方、人に要求した場合は、なんて理解の浅い奴だとか話をよく聞いてないのではとよく思っていました。自分においても他人においても、「分かった」と「分かったつもり」を判別することは、ほとんど不可能です。実は、この世には、「分かったつもり」しか存在しないかのようです。
とにかく結論は、情報共有とはなかなかできないものだ!ということです。
簡単に「おい、みんなで情報共有しておいてくれ!」などと部下に軽く指示を与えるような上司は人間理解力、人間力に問題があるということも、先に申し上げました。自分の反省の上に立って考えても、全くその通りです。
特に、情報が命とも言うべき仕事に就いた広報に携わる人にとっては、情報をブレークダウンして考えることが必要です。
データ・情報・知識・知恵
情報共有という際の「情報」とはなんなのか?掘り下げてみます。多くの人は「情報」という単語を、あいまいな定義のもと、つまりいい加減に使用していないでしょうか?
私は、「情報」を四つに分けて考えています。
「データ」、「情報」、「知識」、「知恵」です。 よく見る分類ですね。
私なりの定義は以下の通りです。
まず、「データ」とは、価値のあるなし意味のあるなし係わらず自分自身で体験し記録に残せる事実(FACT)すべてです。1次情報と呼んでいます。数値などの定性データばかりでなく、非定性データのメモランダム、発言内容、レターなども含みます。記録に残せる5W1Hすべてで、評価・加工される前段階のものです。他人の集めたものは、1.5次情報とも言います。
次に、「情報」とは、1次情報や1.5次情報を受けて、情報の受け手によって分析され意味づけられ、評価されて解釈されたものを言います。2次情報と呼んでいます。往々にして、断片情報であることが多いのですが、次の行動に進むためのラスト・ピース情報として扱われます。集計、統計、時系列、前年対比データなどのように意味付けされたデータ群をさします。また、報告書、発言録、議事録、指示書なども含みます。さらには、背景情報、周辺情報などといわれるチョット漠としたものもあります。
なお、3次情報と呼ぶものがありますが、これは伝聞情報や引用情報のことをさします。
さらに、「知識」ですが、特定の目的に則して、評価・加工され継続して価値あるものと意味づけされた情報の体系のことです。例えば、評価手法、分析手法、手順(マニアル)、トレンド、方針、ガイドライン、ルールだとかがこれにあたります。また、歴史的経緯情報やノウハウ、ノウフ-(Know‐Who)などは重要な情報です。これらは、知識情報ともいいます。
最後に、「知恵」ですが、課題・問題解決力またはその方策のことです。それは、価値観、課題設定力、判断能力、決断力、予見力、危険察知力、 不測事態への対応力などがこれに相当するのではないでしょうか。これはもはや、知識とはいえず、知識の活用力と言った方がいいものです。
先にあげた上司がいう「情報共有」は、データの共有なのか、情報の共有なのか、知識の共有なのか、それとも知恵レベルの共有を要求しているのか、それが問題だということです。また、世の多くの上司たちは部下たちがてんでバラバラに受けっとっている可能性にも無頓着です。
判断基準を持ち計算づくで指示を出しているケースは極めてまれでしょう。少なくとも私がお目にかかったことはほとんどなく、35年間のサラリーマン生活で数度しかありません。
このように、共有すべき「情報」を四つにしっかり分けて考えることが、「情報共有」の質を高めていくために重要です。
次回は、この4つの分類をさらに掘り下げてみます。
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