Web2.0時代の企業広報・コミュニケーションと情報活用を再考する
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広報と広告は、似て非なるモノ
コミュニケーション活動には「広報」と「広告」という概念の異なる二大手法があります。明らかに全く違うものにもかかわらず、広報と広告宣伝は、多くの人が混同しています。なぜかと言えば、多くの人が同じような告知機能の一種と考えているからでしょう。
さらに、分かりにくくしている要因に単語が色々あることもあります。例えば、広報/弘報、広告宣伝(アドバータイジング)、パブリック・リレーションズ(PR)、コーポレイト・コミュニケーションズ、パブリケーション(パブリ)、ペイド・パブリケーション(ペイドパブ)などの言葉を正確に説明できる人はそう多くはいません。ビジネスマンといえども、つまり消化不良のままごちゃごちゃに使っているのが現実で、使い分けできていないのです。
こんな状況のもとで、記者やジャーナリストに「広報」や「広告・宣伝」だとか「パブリ」という言葉を漫然と使用すると彼らの思考を混乱させてしまいます。記者さんの頭の中は、「宣伝のお先棒かつぎかよ!ちぇっ」となって、百害あって一利なしとなってしまいます。特に「PR」という単語があいまいで混乱の元になっています。多くの場合、セールスプロモーションと同義語になっているのではないでしょうか。
整理すると、「広報」や「パブリ」は、「客観情報」を伝える手法だと言えます。第三者の報道機関やジャーナリストにより、企業や役所が発信した情報を第三者の評価が入った、客観性を担保してくれる、つまりお墨付きの客観情報へと付加価値をつけてくれるわけです。
その代わり、発信者のオリジナルの表現や情報量がそのままメディアの紙面に記事化反映されることはなく、メディアの考える社会的インパクトに応じた形式や露出量になることはいたしかたないことです。もちろん、無視されることも多々あります。
方や、広告宣伝やペイドパブは広告主の「主観情報」を発信するものです。あくまで、広告主の言い分や表現をそのまま掲載するので、正確ではありますが、客観的だとは理解されないでしょう。悪く言えば、話半分、眉つば、金任せとなりかねません。広告宣伝は広告主の社会的信頼と広告宣伝対象の個別(ブランド)が確立している時には、広告宣伝量に比例した効果を得られますが、そうでないときは無名企業や団体が大量の広告を流しても、訝しげられてもしょうがないのです。有名メーカーの新ブランドのテレビスポットが大量に投入されて、購買行動は喚起されるけれども、競合メーカーのロイヤルティが確立した製品の売り上げ増に寄与してしまうことがあります。私が、かつてあるマーケティング部で他社のテレビCM投入量情報を広告代理店から入手し、工業会の国内出荷統計との相関を調べた際には、M社の広告出稿はほとんどP社の出荷量の増加にリンクしていたという分析が出ました。怖いですね。なお、私はS社でした。きっと、当時M社では広告の効果は薄かったと社内報告され、誰も責任をとることは無かったと思われます。それに似たようなことが、現在、携帯電話のマーケティング・広告の世界でも起こっているように見えます。
広報と宣伝の少し先にあるモノ=情報環境の偶有性デザイン
広報でも宣伝でもなく、もっと人の心に強く刻まれ、情報の意味が正しく伝わる方法というものがあります。それは、情報の受け手が「自分自身で気づく」ことです。
自分自身で気づいてもらうことを主眼に広報と宣伝がそのスタイルを変えていってはどうでしょうか?将来的には、情報の受け手自身で気づいてもらうための情報提供を考えなければなりません。
「偶有性」という言葉があります。なじみのない言葉ですが、偶然的と言ってもいいかもしれません。教えられたり読んでおくようにと言われた「必然性ある情報」というのは、本人にとって価値が低いものです。押しつけられた知識は押し付けられたという反発ゆえか、大脳皮質の深くまで到達しません。一方、セレンディピティともいうべきたまたま知り得た情報や複数の人から聞いた話を統合して気づいた自分だけの「偶有性ある情報」は、自分で気づいたという責任感ゆえか、心の奥までしっかり入り込みます。知識情報と認識情報といっていいかもしれません。
「偶有性のデザイン」を平たくいうと、判断してもうための情報は可能な限りオープンな状態にしておき、その情報を開示していることをメリハリつけながら情報発信していく。情報の利用者へのサポートと信頼性の獲得に発信側のパワーをそそぎ、複数の点情報や線情報をもって自分自身で姿かたちを作り出しその意味に気づいていただく、という情報環境のデザインがこれからの広報や広告宣伝に必要な新機能なのではないでしょうか。
ここまで来ると、広報も広告宣伝も社会的存在価値は同じとなってしまうということになります。
次回は、広報活動の社会環境の変遷について書きます。
※参考文献:『ブランドは広告ではつくれない』アル・ライズ、ローラ・ライズ共著 翔泳社 2003年2月発行
『「脳」整理法』茂木健一郎著 ちくま新書 2005年9月発行
広報のミッションとは?
広報って何すんのと問われたら、「広報は、コミュニケーション・ギャップをあまねくマネージする」と私は答えてきました。広報の仕事は、このフレーズに尽きます。
「あまねく」とは何だというと、すべてにわたってということです。
企業広報であれば、各種メディア、取引先、顧客、地域社会、社員、株主、行政、つまりステークホルダーと事業活動の、行政広報であれば市民住民に至るまでのコミュニケーション全般にわたって目配り気配りをしなければならないということです。つまり責任範囲ということです。新聞社から問い合わせを受けたら、その領域分野は広報の対象外ですなどとは口が裂けても言えないのです。
また、「マネージする」とはどういう意味かというと、まず広報に与えられたリソースで「ギャップの解消」に向けてあの手この手でもってなんとかするということになります。解消に向けた、情報発信、情報開示、透明性確保など最大限の活動を継続していくことです。
しかし、ここで肝に銘じておかなければならないことがあります。全てのコミュニケーション・ギャップを「解消」するのではないのです。 分不相応の人・モノ・金を投入しても、いかんとも埋めようのない「ギャップ」は多々存在します。この種の「ギャップの存在」を認識し続け監視下に置いておくことが重要です。事故や社員の不祥事、天災天変地異など想定外かどうか微妙な出来事をきっかけに、炎上やら信用失墜やあらぬ風評被害に巻き込まれないとも限りません。これらのリスクが、組織の存在意義やトップの運営能力への疑問符に発展させないような、コミュニケーション活動を平生マスコミやステークホルダーとの間に、加えて組織内で継続しなければならないのです。
広報とは、体のいい予算ゼロの「販促」ではない
この疑問符への発展を阻止するコミュニケーション活動を、「コミュニケーションリスク・マネジメント」といいます。ここに、広報機能がリスク&危機管理と一体不可分の関係にあることがお分かりいただけると思います。企業や組織の最大のリスク・危機は、実態はどうであれ社会の一員としてふさわしくないと烙印を押される可能性をゼロにすることはできないということです。実態がどうであれというのは、理不尽のようですが、思い込みやイメージで一方的に企業や組織の未来は決め付けられてしまうことさえあり得るのです。これらに不用意に反応すると、顧客が離れ、取引先が横を向き、金融機関が火の子を被りたくないと判断した瞬間に企業や組織の命運は尽きるのです。そして、メディアが引導を渡そうとするのです。
このような認識を持たない広報とは、体のいい予算ゼロの「販促」に他ならないと断言できます。
広報はプロフェッショナルの仕事
私たちは皆、毎日さまざまな事を見聞し、また読んだりすることで、「へ~、そーなんだ」とか、「なるほど!」とか、時には「そんなワケないだろ!」とか新たな情報に遭遇、もしくは浴びながら暮らしています。しかし、必ずしも必要な情報が必要な時に十分に得られているとはいえません。知らぬが仏とばかりに、知らなくてもなんとかなるもんだと、実に太っ腹な時もあります。しかし、他人がまだ知らないような新しい話を聞くと、「ねえねえ!知ってる?」と、つい人に話して情報ギャップを埋めてあげたくなるのは、古今東西人の世の常です。メディアはこの人の性を頼りとした文明発展と社会改善のための情報産業です。
広報は、このような人間の習性を理解しながら、特定もしくは不特定多数の人間を対象に、メディアを通して、ときに自ら直接にギャップを埋めるため情報発信します。その際は情報の受け手の心の中でどう刻まれていくのかをイメージしながら、情報やメッセージの内容およびフロー(経路)をデザインし施行実施するのがプロフェッショナルの仕事です。
ずいぶんと話が拡がってしまいましたが、企業や行政の広報という領域で約20年間やってきた経験から、私にはどうしてもこのように答えざるを得ませんでした。
次回は、広報と広告について押さえておきます。
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