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ITに強いビジネスライターとして、企業システムの開発・運用に関する記事や、ITベンダーの導入事例・顧客向けコラム等を多数書いてきた筆者が、仕事を通じて得た知見をシェアいたします。

リスキリングに必要な内発的動機付けが一筋縄でいかない件

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ITに強いビジネスライター森川ミユキです。

このところ取材をしていて異口同音に聞くことが、「社員のモチベーションを上げるためなら何でもありの時代は終わった」ということです。

どういうことなのでしょうか?

リスキリングとか内発的動機付けといった言葉に反応してしまう方は、ぜひお読みください。

人材育成・組織組成に改めてスポットライトが当たっている

相変わらずDXですとか、データドリブン経営といったテーマでの取材が多いのですが、これにも大きなトレンドがありました。

一昨年ぐらいまでは技術論やソリューション(需要予測とか在庫最適化とか)といったテーマが中心でした。ところが昨年からはどうやってビジネス成果や顧客価値を生み出すかといったテーマにシフトしました。だんだん上流化しているわけです。そして昨年の夏ぐらいからは、人材育成や組織組成といった「人」に関するテーマが増えてきたのです。

抽象的に言うと、2年前まではWhatの話がほとんどでしたのが、昨年はWhyの話になってきて、今はHowの話になってきているということでしょうか。

本当はWhyが最初であるべきなのですが、そこは「ものづくり大国」の日本です。最初はツールの話をみんなしたがるんですね。だから典型的な日本的展開だなあと私などは思いますが、それは措くとして、DXやデータドリブン経営もようやく実現フェーズに入ってきた(だからWhyが議論される)ということで、好ましい傾向ではないでしょうか。

そうした背景で今、内製化ブームが起きており、それに伴ってリスキリングが流行語となっています。その結果、私の最近の取材も内製化やリスキリングといったテーマが多くなっているということなのでした。

飴と鞭の外発的動機付けではリスキリングはうまくいかない

リスキリングでよく言われるのは、外発的動機付けではなく内発的動機付けでないとうまくいかないということです。

外発的動機付けとは、いわゆる飴と鞭のことです。飴とは、社内で奨励制度を作り、勉強する環境なども提供しつつ、リスキリングに成功した人には昇給・昇格・一時金などを与えること。鞭とは、リスキリングをしようとしない人には昇給・昇格を据え置くのは当然、場合によっては減給・降格、もっとひどい場合はリストラ対象にしたりすることです。

内発的動機付けとは、これとは逆に目的意識や探究心といった個人の内面的な意欲に火を点けることです。

外発的動機付けで動いている人は頑張りますが、内発的動機付けで動いている人は夢中でやる――ということもよく言われます。

リスキリングが内発的動機付けでないとうまくいかない理由は、大きく2つあると考えます。

1つは、リスキリング自体が難しいということ。リスキリング(私は日本語で「再訓練」でいいではないかという立場ですが)という「新しい」言葉が出てきた背景は、今までの人材育成とは違うからです。

これまでの人材育成は、キャリアパスを設計し、少しずつ新しいスキルや高度なスキルを蓄積していくというものでした。しかしリスキリングは「学び直し」です。これまで築き上げてきたものを捨てて(アンラーニングと言います)、新たなスキルをインプットするのがリスキリングなのです。

もちろん捨てなくてもいいキャリアはあるのですが、とにかく生まれ変わるぐらいの覚悟が必要になります。要するに過酷なんですね。過酷なことは頑張りでは達成が難しい。下手をするとウツになるかもしれません。

しかし自分のコトと捉え、夢中になって取り組むのであれば道は開けます。

もう1つは、リスキリングの目的が、自ら問題を見つけて、解決策を出し、さらにその策を実践する人材を育てることにあるということです。単にデジタルスキルやデータ分析スキルのある人材を育てることではないのです。これは絶対に忘れてはいけないことです。

外発的動機付けで頑張る人が、はたしてこのような人材になることができるでしょうか? 難しいですよね。

内発的動機付けはブランディングや顧客価値創造と同じ

内発的動機付けという言葉はなかったかもしれませんが、モチベーション向上を外圧的にやるのがいいのか、自発性に任せるのがいいのかという議論は昔からありました。私がまだ若かった1990年代の管理職研修なんかでもモチベーションについて、昔からある理論から最新の理論まであれこれと教えてもらったものです。

しかし実際のところ、つい最近まで外発的動機付けが社内人材育成の中心だったと言っていいでしょう。たとえば社内公用語を英語にする取り組みがそうです。

社内公用語を英語にするにあたって、英語を勉強する場は会社で用意します。それへの参加は業務とみなします。その代わり、○年×月□日までにTOEICで800点を取ってください。取れない人は、役職者であれば一般職員へ降格、一般職員であれば役職昇格対象になりません。

――こういうやり方を、日本でわりと先進的とみなされている企業が実際にやったわけです。典型的な外発的動機付けですよね?

それと同じことをリスキリングでもやろうとしている会社もあるようです。しかしそれでリスキリングに成功した社員がいたとしても、その人は内発的動機付けで動いた可能性が高いような気がします。だとしたら飴と鞭で動かそうなんて会社には早々に見切りをつけて転職してしまうのではないでしょうか。

昔私がいた会社では、将来性があり英語もできる若い社員に留学を兼ねた海外勤務をさせる制度がありました。対象者たちは結局、帰国後に次々と転職してしまいました。そんなことを思い出します。

冒頭に書いた「社員のモチベーションを上げるためなら何でもありの時代は終わった」の真意は、こういう飴と鞭の施策はもうやめようということなのでしょう。

内発的動機付けはブランディングや顧客価値創造と同じ

ではどうしたらいいのでしょうか? 実は私には名案・妙案はありません。しかし方向性は示せます。

「内発的動機付け」と聞いて私がまず思い出したのは、ブランディングや顧客価値創造でした。

ブランディングと顧客価値創造には共通点があります。何だかわかりますか?

それは、提供している企業側ではコントロールできない(押しつけられない)ということです。ブランドも顧客価値もどちらも、その「実体」があるとすれば顧客の心の中にあるわけです。だから顧客が心に留めてくれるような働きかけはできますが、必ず有効である働きかけはできません。正解はないのです。

だから様々な働きかけをしてはフィードバックを解析し、また次の働きかけをする――これを永遠に繰り返すしかありません。こうして顧客にとって魅力的な会社や商品になればブランドとなりますし、顧客が価値を感じてくれれば顧客価値になるのです。

ブランドや顧客価値は顧客(あるいはユーザー)の心の中にあるわけですが、内発的動機は社員の心の中にあります。つまりこれも会社側はコントロールできないのです。

だとすれば、できることは社員にとって魅力的な会社になることぐらいしかないと思います。その具体的方法を私は今すぐ提示できませんが、ブランディングの方法論や顧客価値創造のためのバリュープロポジションの考え方などが参考になると思います。


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