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ITに強いビジネスライターとして、企業システムの開発・運用に関する記事や、ITベンダーの導入事例・顧客向けコラム等を多数書いてきた筆者が、仕事を通じて得た知見をシェアいたします。

【次世代PR試論】DO THIS OR DIE.~やるか、死ぬか

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45年前の1969年に、DDB(フォルクスワーゲンなどの広告で有名な世界有数の広告代理店)が、"DO THIS OR DIE."(これをやるか、やらずに死ぬか)というタイトルの意見広告を出した。

「広告批評」の創刊編集長である天野祐吉氏が著書『成長から成熟へ』の中で要約してくれているので、それを転載させていただく((中略)は筆者)。

 私たち広告の作り手は、広告で人びとをひっかけることができると思いこんできた。だが、それはとんでもない間違いだ。私たちは、いついかなる時でも、いついかなる人をもだますことなどできない。この国は、知的水準の高い国だ。それなのにほとんどの広告は、知的な人びとを無視してきた。その結果として、いまやほとんどの広告は知的な人たちに無視されているのだ。

 (中略)こんなことを続けていたら、私たちは早晩、死ななければならないだろう。もしいま、広告づくりや製品づくりのあり方を思いっきり改革しなければ、そのうちに消費者の無関心という大波が、私たちが作り出しているタワゴトの山に襲いかかる。その日こそ、私たちの最後の日だ。

 その日、私たちは私たちの市場で死ぬ。私たちの製品棚の上で。空虚な約束を記したメッセージの中で、物音もなく、すすり泣きもされず。

 しかしそれは、私たち自身の汚い手が引き起こしたことなのだ。

60年代末にアメリカの会社は、ここまでの危機感を持っていた。少なくとも持たざるをえない状況になっていた(この意見広告自体が、DDBの高度なイメージアップ広告だという事実を割り引いても)。

日本でも80年代以降、特にバブルが弾けてからは、このようなことを言う人が増えてきたように思う。

とはいえ、いまだにほとんどの広告は「空虚な約束を記したメッセージ」であり、そんな広告を作っている広告代理店も死んではいない。

● 宣伝嫌悪と「TY系」の衰退

ところが、一昨年ぐらいから、どうやら本当に死ぬのではないかと思えるような状況になってきた。

ステマとか偽装とか、そういうことにNoをつきつける風潮が強まっているのである。

どうやらニセモノが嫌われる世の中になってきているようなのだ。

それと関係があると思われるのが、僕が「TY系ビジネス」と仲間内では呼んでいるビジネスの衰退(の兆し)である。

TYとは何かは、分かる人にはすぐに分かるだろうけれど、ここでは明かさない。ただ、特定の組織・団体を指しているわけではなく、上手い下手は別としてTYのようなビジネスを実践している人たちを僕の仲間内ではTY系と呼んでいるとだけ言っておこう。

TY系ビジネスの基本パターンは以下のとおり。

  1. 無料の情報提供(小冊子、メルマガ、Twitterなど)でリスト取り
  2. リストに対して、イベント(セミナー、販売会など)参加を呼びかける
  3. 参加者を個別に説得し、最終的には集金する
  4. その手の能力に長けている参加者は、集金装置として優遇する

いや、これなら普通のビジネスであり、「そもそもお前がやっていることもこれだろう」と言われるかもしれない。それは、まったくその通りなのだが、TY系と僕らとでは大きな違いがある。

● 質ではなく宣伝

大きな違いは2つある。

1つは、基本パターンの1と2の時点での営業方針。

普通の人は提供する情報やイベントの質を高めて人を集めようとするのだが、TY系はそんなまだるっこいことはしない。

彼らはコンテンツの質を高める暇があるなら、卓越したアフィリエイト力(といっても怪しいSEOなど、ネット販売の小手先テクニックを総動員するだけのことなのだが)で人を集めるのだ。

アフィリエイト自体は、企業のニーズがあるものだし、悪いものではない。ただ、「アフィリエイト」と聞くと、眉をひそめる人が多いのも事実。この状況にTY系が一役買っているのは言うまでもない。

コンテンツの質を高めた上で、アフィリエイトをするのはまっとうなことと思うが、TY系はとにかく質はそっちのけなのだ。

まさしく「タワゴトの山」を作り出していると言える。

● "被害者"Aさんのリアルな話

もう1つの違いは、自分のやり方を再生産するだけのビジネスであることだ。

先ほど、TY系ビジネスの基本パターンを示したが、彼らが売っているのは、まさにこの基本パターンだということである。

と言ってもよく分からないと思うので、典型的な"被害者"のパターンをお話ししよう。

Aさん(もちろん仮名)は、会社勤めにストレスを感じており、また将来にも不安を感じている。お金の不安もあるけれど、このままだと死ぬ時に「自分のやりたいことをやらずに生きてきた」という後悔をするのを一番恐れているのだ。

そこに、「独立1年目の年収が数10万円しかなく、貯金を使い果たし、借金まで作ってしまったが、そこから這い上がり、今では年収1億円」という自称ネットマーケッターKがいることを知った。

そのKが、「わずか50万円のセミナー」で、自分のやり方を教えてくれるというので、貯金だけは一生懸命してきたAさんは、定期預金の一部を解約してそれに参加することを決めた。

参加したAさんは驚いた。「こんなことで儲けられるの?」と思うようなことしか教えてくれないからだ。

何しろコンテンツは要らないという。それよりも自己演出が大事。10年も会社勤めをしていたら、いくつか専門的能力があるだろうから、その2つを組み合わせるとオンリーワンに見えるので、そういう肩書を作れ。まずはそこから――みたいなことしか教えてくれない。

あとは、アフィリエイトやイベント告知のやり方などをわかりやすく教えてくれる程度。PPC広告なんかも詳しく教えてくれる。

Aさんは、これなら自分でもやれると思い、最初は感謝していた。

ところが、やってみたらうまくいかない。あたりまえだけど、良質のコンテンツを持っていないからだ(なお、良質のコンテンツを作る方法は教えてくれない。せいぜい教えてくれるのは、そんなものは外注すればいいということぐらい)。

ということで、今ではKを恨んでいる。

(実にリアルな話だが、僕の経験を基に再構成した話だからだ(笑)。ただし、Aさんは僕ではない。もちろんKでもない。)

じゃあ、Kは詐欺師なのか?

● "教祖"と取り巻きしか儲からないビジネス

厳密に言うとそんなことはない。実際、Kはそれで稼いできたのだから。嘘は教えていない。

問題があるとすれば、それは"教祖"とその取り巻きしか儲からないビジネスモデルだったということだけである。

要するに先に始めた人たちが、後から来た人たちから利益を吸い取るというモデルであり、Aさんは参入するタイミングが遅かったということなのだ(いや、本当の理由は、Kへの取り入り方が足りなかっただけかもしれない)。

こういうビジネスは物品販売であれば、法律で厳しく規制されているのだが、情報の売買であれば何も制限されていない。

ほんの3,4年前だと、このようなビジネスは知る人ぞ知るというものであった。ところが、教祖中の教祖がテレビ等に顔を晒しすぎてしまい、一般の人も知るところとなってしまった。

こうなると、この手のビジネスの衰退は早い。まだ、兆しという状況だが、この手のコミュニティ(たくさんあるんです。しかも月1万円ぐらい取られる)から離れていく人が、僕の周囲でも目立ち始めてきている。

● あたりまえだがコンテンツが重要

ただ、Aさんもやはり悪いのである。

あたりまえのことだが、人に伝えるべきコンテンツ(商品等も含む)がないのに、ビジネスが成功するわけがない。

TY系と似たような(ほとんど区別がつかない)人の中でも、ずっとうまくいっているカリスマ的な人がいるが、それはやはりたくさんの人が買ってくれるだけのコンテンツを持っているのである。

まあ、普通にビジネスに成功するためには、そのようなカリスマになる必要はない。

たとえば、手前味噌になるが、僕の誠ブログでのアクセスなんて、知れている。実際少ない。でも、誠ブログの記事を読んだ人から、引き合いが来て、実際に仕事をいただいたりする(それだけじゃ食えないが)。

そのために心がけていることもある。もちろん"教祖"だけが儲かる心掛けではなく、誰にでも応用可能な話だ。

今後、「【次世代PR試論】」と題して、週に1回ぐらいの頻度で、そういう話を書いていこうと思っている。

ネットで有名になって大稼ぎをしようという人にはまったく向かないが、今やっているビジネスをきちっとPRしたいという人には役に立つ内容にしていきたいと考えている。

こちらのほうにお役に立つ情報を継続的にアップロードしています。

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ITブレークスルーは、所得格差の二極分解に歯止めをかけ、悪平等社会ではない、多様性のある中間層で満ち溢れた活気ある日本作りに貢献したいと思っています。

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