米国のAI覇権戦略「America's AI Action Plan」
米ホワイトハウスは2025年7月23日、「America's AI Action Plan(米国AI行動計画)」を発表しました。
本計画は、AI技術の覇権を巡る米中競争が激化する中で、国家安全保障と経済競争力の確保を目的として策定された包括的な戦略です。同計画は、イノベーションの加速、AIインフラの構築、国際的なAI外交・安全保障という3つの柱を掲げ、90を超える政策行動を示しています。規制緩和や投資促進、同盟国との連携を通じて、米国がAI競争で主導権を握るための道筋を明確に示した内容となっています。
その内容からは、自由な市場原理のもとで開発スピードを重視し、民主主義陣営の結束によって中国などの戦略的競争相手をけん制しようとする米国の狙いが浮かび上がります。本計画は、米国のAI国家戦略として先進的かつ野心的であり、その余波は世界のビジネスやAI地政学に大きな影響を及ぼすと見られています。
米中AI競争下で策定された国家戦略
トランプ大統領は「AI行動計画」の発表の場において、中国との技術競争を「21世紀を決する戦い」と位置づけ、米国が必ず勝利すると明言しています。本計画は、トランプ氏が就任直後の1月に発した大統領令に基づいて策定されたものであり、バイデン前政権下で導入されたAI関連規制の見直しと、米国の優位性維持に向けた戦略の立案が求められていました。
背景には、「AIが国家安全保障と経済的繁栄の鍵を握る」との認識があります。バイデン政権が先端半導体の輸出規制など防御的措置を講じてきたのに対し、本計画では同盟国へのAI輸出促進と規制緩和による国内産業の育成を打ち出し、中国に勝つために「あらゆる手段を講じる」とする攻勢的な戦略が際立っています。計画に盛り込まれた90を超える行動項目は、米国がAI競争に「勝利」し、経済・軍事の両面で主導権を握るという強い決意を示しています。
第1の柱:イノベーション加速 ― 規制緩和でAI開発に拍車
AI行動計画の第1の柱は、AIイノベーションの加速に向けた制度的な環境整備です。具体的には、AIの開発や利用を不必要に制約している規則・指針・行政命令を洗い出し、改正または撤廃する方針が打ち出されています。連邦政府による過度な規制に加えて、州レベルでの厳しい規制も問題視され、AIに厳しい規制を課す州には連邦資金を供与しない措置も検討されています。
また、最先端の大規模AIモデルについては、「自由な言論と米国の価値観を尊重する」ことが求められており、政府が調達するAIシステムには政治的中立性の確保が義務づけられました。これは、AIが恣意的な検閲や偏向に陥ることなく、公平で客観的な技術として発展することを目指したものです。
さらに、AIのオープンソース化やモデル重みの公開といった開発者主導のイノベーションも奨励されており、産業界へのAI導入の支援、労働者の再教育や技能訓練に対する支援策も盛り込まれています。こうした施策によって、米国全体でのAI開発・活用の加速が図られようとしています。
第2の柱:AIインフラ構築 ― 半導体・電力網から人材まで
第2の柱は、AIに必要なインフラの国内整備です。AIモデルの学習に不可欠なデータセンターや半導体工場、発電設備の建設を迅速に進めるため、許認可手続きの簡素化や環境規制の見直しが提案されました。
特に、データセンター向けの電力供給体制の強化が重要視されており、老朽化した電力網の刷新を通じて、AIの需要に耐えうるエネルギーインフラの構築が目指されています。また、「米国内で先端半導体を製造する」という目標の下、国内生産基盤の再構築も進められます。国防総省や情報機関向けには、セキュリティに優れた専用データセンターの整備も計画されています。
さらに、AIインフラを支える人材の育成にも力が注がれます。電気技師や設備技術者など、データセンター建設に必要な高需要分野の職業訓練プログラムが新たに創設される見込みです。重要インフラのサイバー防御力の向上や、AIのSecure-by-Design(セキュアな設計)推進、連邦政府のAIインシデント対応能力の強化なども併せて進められます。
第3の柱:国際AI外交と安全保障 ― 同盟連携と先端技術管理
第3の柱は、国際的なAI主導権の確保と安全保障上のリスクへの対応です。米国製AIの同盟国・友好国への輸出を推進し、世界標準としての定着を図る方針が掲げられました。商務省と国務省は、産業界と連携してハードウェアからアプリケーション、運用基準までを含む「安全なAIパッケージ」の構築と提供を進めています。
一方で、懸念国への先端技術流出を防ぐため、輸出管理の強化も図られます。既存の規制における抜け穴を塞ぐため、現在対象外の半導体製造装置の部品やサブシステムも新たに規制対象とする方針が示されました。違反の取り締まり強化や各国との協調体制の構築も進められます。
また、中国が自国の生成AIにプロパガンダを組み込んでいないかを調査するよう商務省に求めるなど、中国へのけん制姿勢も明確です。米政府は、フロンティアAIのリスク評価・監視体制の整備、AIが引き起こしうるバイオ兵器リスクへの対策としてのバイオセキュリティ投資にも着手しています。
こうした動きを通じて、米国はAIを外交・安全保障政策の前面に位置づけ、技術協力を軸とした国際秩序の再構築を目指しています。
自由市場モデルの先進性と波及する影響
今回のAI行動計画は、自由市場原理に基づいた規制緩和とスピード重視の戦略が徹底されている点で際立っています。リスクを重視する欧州のAI規制とは異なり、米国はイノベーションの加速を最優先に据え、官民連携でAI競争の先頭に立とうとしています。
一方で、インフラ投資や輸出管理を通じて民間産業を後押しし、同盟国との連携を軸に国際的な秩序まで見据える点では、自由市場と国家戦略の巧妙な融合とも言えます。本計画は科学技術政策と安全保障・外交を統合した包括的アプローチであり、国家戦略として非常に先進的です。
この計画の実行により、米国のAI産業は一段と活性化し、関係企業は大きな恩恵を受けると見込まれます。巨額投資や規制緩和によってAIスタートアップの勃興や既存企業でのAI活用が加速し、生産性の向上が期待されます。半導体やデータセンター建設の拡大は、製造業や建設業の雇用創出にもつながり、エンジニアや高度技術者への需要が高まると見込まれます。
教育面でもAI人材育成への注力が予想され、STEM教育の拡充や社会人のリスキリング(再技能習得)への投資が拡大するでしょう。国際競争力の面では、米国が主導することで自国企業がグローバル標準を形成しやすくなり、サプライチェーンの再編も米国主導で進む可能性があります。
もっとも、急速なAI推進には課題も伴います。AI開発競争が加速すれば「AI軍拡競争」につながるおそれがあり、軍事転用や国際的な規制整備が追いつかない懸念もあります。倫理や人権への配慮が不十分であれば、AIによる差別やプライバシー侵害、誤情報の拡散といった社会的課題が深刻化する可能性もあります。
米政府は「オーウェル的なAIの利用は避ける」と強調していますが、自由な開発環境と社会的責任とのバランスをどのように取るかは、今後も重要な課題として残されています。
今後の展望
米国のAI行動計画により、AIを巡る地政学と経済競争は新たな局面に入りつつあります。今後、米中両国は「AI覇権」を巡ってさらに競争を激化させ、米国は同盟国との連携によって中国への対抗を強化していくでしょう。中国もまた、自国のAI開発を加速させるとともに、新興国への技術輸出や国際標準化を通じて影響力の拡大を図ると考えられます。
欧州は規制重視の独自路線を維持する一方、米国との協調との間でジレンマに直面する可能性があります。世界的には複数の技術ブロックが形成され、国際ビジネスにも影響が及ぶと予測されます。
こうした中で、日本を含む各国もAI戦略の再構築が求められています。日本としては、同盟国である米国の動向を踏まえた上で、AI政策を強化し、迅速に実行に移すことが急務です。研究開発投資や産業政策によるエコシステムの強化、インフラ整備やスタートアップ育成、産学連携の推進が重要となります。
AI人材の育成も喫緊の課題であり、教育改革や高度人材の受け入れによって人材不足の解消に取り組む必要があります。さらに、安全保障戦略にもAIを組み込み、サイバー防衛や兵器運用、国際ルール整備を進めることが求められます。人権や信頼性といった価値を国際的なAI規範に反映させる努力も重要です。
米国の戦略のその成否は世界のAI勢力図に大きな影響を与える可能性があります。今後、AI技術と国家戦略の融合が進む中、日本も自国の強みを活かしたAI戦略を構築することが求められています。