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ITに強いビジネスライターとして、企業システムの開発・運用に関する記事や、ITベンダーの導入事例・顧客向けコラム等を多数書いてきた筆者が、仕事を通じて得た知見をシェアいたします。

価値があらかじめ存在しているという誤解が多くの人を苦しめている(#138)

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受け取ったものに対して、お返ししなければと思った人が現れて、はじめて価値が生まれる。

●解説

内田樹さんの書かれた『街場のメディア論』を読みました。

あたりまえのことばかりを一生懸命書いている私と違い(これも大事だと思っているのですが)、内田さんの視点はいつも新鮮です。ファンが多いのも分かります(私もファンです)。

冒頭の言葉は、内田さんの知見というよりは、レヴィ・ストロースやモースなどの文化人類学者や経済人類学者たちが、いろいろな種族の価値交換を調べて導きだした結論です。

原初的な――つまり人間にとって根源的な――経済活動は贈与とそれに対する返礼という形を取っていました。

面白いのは、それが自分に贈られたと気づく(あるいは勘違いした)人が現れるまでは、返礼が行われないということです。

たとえば、AさんがBさんに何かきらきら光る小さな石を渡したとします。Bさんはガラスかなんかだろうと思ってCさんに上げてしまいます。Cさんは、それを見て、ダイヤモンドだと気づき、そんな貴重なものをただでもらえないとBさんに御礼をする。受け取ったBさんは、そのお礼をAさんにそのまま渡す。

マオリ族では、このような形で返礼が行われていくのだそうですが、原初の経済活動はこういう形で始まったのだと、多くの学者が結論付けています。

この感覚、日本人も分かると思うのです。

日本でもよくあるのは、野菜や果物の無人販売です。道路の脇に一袋100円で野菜や果物が置いてある。置いてあるだけで無人です。

あれって、この殺伐とした現代でもまだ続いています。くすねる人はほとんどいないんだそうです。

堂々と人の善意を信じているものに対して、それを裏切ると罰が当たるんじゃないかという感覚なのかもしれません。

長くなりましたが、イイタイコトは、価値は誰かが見出してくれるまで、存在しないということです。

ダイヤモンドだって金だって、それをありがたがる人間が現れるまでは、地球上の他の物質と何の違いもありません。猫に小判といいますが、まさにそういうことです。

あなたの作っているものや仕入れてきたものが高く売れないときに、自分の売っているものには価値がないんだと思って悩んでいる人がいます。

それは、だいたいにおいて違うのです。

先進的過ぎて、価値が分かる人がまだいないだけかもしれません。

一番多いのは、それに価値を見い出して、高値でもいいから欲しいという人に情報が届いていないだけというケースです。

そのほかにも理由はいくらでも考えられます。

悲観せず、認知してもらうことに努めましょう。

●裏解説

私も、価値が価格を決めるという言葉に傷ついたことのある人間です。

某先生のコンサルは一声100万円からですが、価値があるものなら借金をしてでもクライアントが見つかると豪語していました。それを聴いて、自分はなんて無価値なんだろうと悩んだのです。

しかし、某先生と私の価値の違いが価格差ではないのです。

見つけ出してもらったかどうかなんですね。

そう考えると、某先生は大勢の人と会い、海外の有名人と会うためには自らパックツアーまで企画したというツワモノです。

また感動の事例を作るために、無料で多くの人を助けていた時期もありました。

こういう努力の違いであり、その結果として見つけ出してもらったのが某先生なのです。人間的価値の違いではない。あくまで努力の違い。

うちの商品には価値がないと嘆く前に、ただ作業をしていただけではなかったか?認知のための努力を怠っていなかったか?をもう一度考えてみてはいかがでしょうか?

 

 

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