「パワハラ対策」で委縮する上司
先日、ある方とお話をしている中で、「へぇ、あ、でも、ありうるなぁ」と思うことがありました。
企業では、パワハラ対策研修というのをここ数年推進していることが多く、まずは管理職からその手のトレーニングを必須研修として参加させられます。
もちろん、非管理職でも知識は必要なので、管理職向けの講座とは別のものをやはり受講することは多いようです。
パワハラというのは、確かによろしくないことで、中には、即「犯罪でしょう、それ」というレベルももの、つまり、「ハラスメント(嫌がらせ)」を超えているようなものもあるようです。
が、一方で、上司と言うのは指導する、厳しいことを時にはいうことも役割の一つなのも事実で、だから、ここが、「セクハラ」と違うところでもあるんですよね。
セクハラの場合は、受け手が「ああ、嫌だ!」と思ったら、それはすぐ「セクハラ」と言ってもよいそうですが、パワハラの方は、部下が上司の指導に対して、「ああ、嫌だ!」と思ったからといって、即「パワハラ」認定にはならない、というわけです。(このあたりは、『パワーハラスメント』という本で学びました。この著者の方が『パワーハラスメント』という言葉を作ったそうです。 和製英語の模様)
というわけで、上司は役割上、厳しくいうこともあれば、多少背伸びしないと取り組めないような仕事を与えることもあるのですが、部下の方が、やたらと「それ、パワハラです」と言うようなケースもよく聞くようになりました。
部下が仕事をしていないから、上司が注意した、とか、部下に少し高めの目標を与えたとか、その他、上司としては、業務の範囲だろう、と思うようなことでも、部下が「パワハラを受けた」とか「それ、パワハラですよ」と言うとか・・・・。
そうなってくると、上司の戦々恐々として、うかつにものが言えなくなる。すると、適切な指導すらできなくなる。
触らぬ神に祟りなしと思う上司では、管理職の務めが果たせなくなる、という悪循環が・・・・。
部下は部下で、「義務と権利」をしっかり押さえておくべきなのに、「権利」ばかり主張しているようでは困ってしまう訳ですね。
いつだったか、こんな風におっしゃるリーダーがいて、びっくりしました。
「後輩が何をしていようが、メンバがどうしていようが、下手なこと言うと、パワハラと思われるから、何も言わないようにしている。」
半分冗談だったのだと思うのですが、少し本音も垣間見えるような・・。
パワハラは、本当にいけない、いかんことです。 だけれど、管理職として必要なコミュニケーションはあるわけで、厳しいことも言わねばならぬわけで、その辺、線引きが難しいんだろうなあ、と最近、「パワハラ研修の後遺症」についてよく相談を受ける中で、悩ましい問題だと感じています。
新しい概念やそれを表す言葉が登場すると、それまでもやもやしていたものを「一言」で表しやすくなるという面ばあります。そして、言葉が登場することで、「そのことに対する関心」が高まります。ここまでは、よい面のほうが多いはずです。
一方で、その「言葉」に当てはまるものがどこまでか、という範囲というか境界線というのは、人によってあいまいになってくるので、一時的に、こういう問題が発生しやすくなるんだと思います。そのうち、どこか「適切」なところで、境界線は落ち着くのでしょうけれど。
多くの管理職の方が、「パワハラ」と「日常の指導」の間で揺れ動いているというのが、現代なのではないかしら。
あ、ちなみに、私の勤務先では、「パワハラ対策研修」はやっていません。「パワハラ対策で疲弊したり、委縮したりしている上司をどうしたらよいのかしら?」といった相談ごとが多い、というお話です。