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人材育成の現場で見聞きしたあれやこれやを徒然なるままに。

文章を書く理由

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「あなたはなぜ文章を書くのですか?」
「そこに文章があるからです」

・・・・ん? あ、いや、真面目に。

なぜ、コラムとかブログとか書いているのかなぁ、と理由やその効果をつらつらと考え、以下を挙げてみました。(他の方のエントリーを読まずに書いちゃうので、話がダブっていたらスミマセヌ)


●自分の考えを整理するため→アウトプットしてみないと、自分の頭の中がよくわからないことはたくさんあります。これは、しゃべってみないとわからない、というのと同じです。頭の中に、考えや想いが”言語化”されて置いてあるわけではないので、それを”言語”という記号に変換して、それを目で見たり、耳で聞いたりして初めて、”お、私は、こう考えていたのか!?”だったり、”うまい言葉が思いつけないなあ、思っているのと表現したことがちとずれているなあ、と再確認できます

●文章自体の練習のため→料理でもしないと腕が鈍るものですが、いや、身体を動かすすべてのスキルは、実行していないと劣化するものですが、文章も同じです。書いているとだんだんリズムが分かるとか、表現の仕方がはまってくるのですが、しばらく書かないと何をどう書いたらいいか、わからなくなる。だから、継続的に文章を書くことは大事だなあと思っています

●文章を書こうと思うと、世の中に対するアンテナの感度がよくなる→「書く」行為はアウトプットなので、その前にインプットが必要。「ブログに何を書こうかなぁ」と考えるうちに情報収集や観察が細かく鋭くなってくる気がします。

●書いたらすっきりする→おそらく、話したらすっきりする、と同じで、カタルシス(浄化)効果はあるのでしょう。外に出すってすっきりするものです、一般に。


あとは・・・・、仕事柄、年に何千人かのITエンジニア(+その他業界、職種の方)にお会いし、現場でのあれこれを耳にします。そこでお聞きする実話というのは、多くの方とシェアしたい内容が多く、せっかく、そういう話を耳に出来たのでああれば、多くの方に還元するのが私の役割ではないか、とも思っています。

現場でのちょっとしたお話(たとえば、コミュニケーション上の工夫、部下育成の”いい話”など)には私が独占してはもったいないことはたんとあるのです。だから、コラムやブログ、あるいは、セミナー、講演などでどんどんアウトプットして、シェアしていく。どなたかの役に立てればいいなあ、と思いながら。

ところで、Whyではなく、どうやって書くか、というHowについてもそれぞれにやり方があると思いますが、私は基本的には骨子などを作らないタイプです。これまで、一番分量多く描いていたのが、「日経ITプロフェッショナル」という月刊誌の「毎号6ページ」という連載ものですが(”コミュニケーション実践塾”というタイトルで3年くらい続きました)、これ、12,000文字くらいを毎号書いていました。400時詰め原稿用紙30枚分です。30枚分なのにもかかわらず、骨子を決めずに書き始めてしまうのです。だーだーだーーーーーーーーーーっと書いて行き、多少、入れ替えたり、足したり引いたりして、11000~12000文字くらいに落ち着け、入稿していました。

たぶん、邪道です。でも、それがワタシには合っているので、今でも同じやり方です。

ちなみに、先月6月12日に開始したITメディアエグゼクティブでの連載は、およそ3000文字。原稿用紙8枚くらいですね。

先日第3回が公開されました。どうぞよろしくお願いいたします♪

田中淳子のあっぱれ上司! 第3回「”許す”ということ」

【拙著もついでに。これが上記の連載をまとめたものです。2004年刊ですが、処女作、かつ、まだ絶版になっていないという意味で私の心の支えの一冊(笑)】

Comment(2)

コメント

Yoichi HIZUKURI

>●文章自体の練習のため→料理でもしないと腕が鈍るものですが、

書いたからって力量が目覚ましく向上するものでもありませんが(少なくともボクの場合は)、でもやめるとドドド~ンとスキルは落ちていきますね。ピアニストの中村紘子さんだったか、技術を維持するためだけに数時間練習するそうで、リサイタル等で新しい曲を勉強する場合にはさらに弾く…気が遠くなりそうな話ですが、何でもそうだと思いますけど1回、2回、たまに思い出したようにやったところで、望ましい結果は出ないのだとあらためて思いました。

TanakaJunko

Yoichi HIZUKURIさん:繰り返すことでだんだんと腕が上がるのは、どんなことでも共通ですよねぇ。

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