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人材育成の現場で見聞きしたあれやこれやを徒然なるままに。

「好きだからやる」のか「やっているうちに好きになる」のか

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「好きなことを仕事にするといいかどうか」という議論がある。「好きなことを仕事にする」と最初から楽しいし、モチベーションが上がるし、努力も苦にならないし、いいんじゃないの、というわけだ。「趣味と実益を兼ねてまして」なんていうセリフが存在することからも、「好きなこと」と「仕事」が合致するのは、幸せなことだよね、ということなのだろう。

では、「あまり好きではないこと」「苦手なこと」を「仕事にする」のはどうか。 本当に心から苦手というか、心身共に「ダメ」と拒絶反応を示すようなもの、あるいは、ある程度の努力はしたけど馴染めないもの、好きになれないもの。そういう分野を仕事にすると、やはり、辛いだろうなあ、とは思う。私は10年はITの仕事をしたけれど、最後の最後まで「肌」になじめず、とうとう30代前半で完全引退した。(いや、これでも、「VMS OSインターナル」という、かつてDECの教育部門において、最高難度の一つと呼ばれた「OS内部構造」を5日間講義し続ける、という研修も担当したことがあるんですよ。メモリ空間の細かい仕組みなどを解説するものでしたが)

だから、だからほんとにダメなものは誰にだってあるだろうけれど、「食わず嫌い」だとしたらもったいないなあ、とも思うのだ。

たとえば、私はITはダメだったけれど、プレゼンもダメだった。それなのに、「ITをお客様に教える講師をする」という専門職で採用されたので、最初から二重苦を抱えた。

で、ITの話は置いといて、プレゼン。

先輩の前でプレゼンを何度もさせられる。そりゃ、1日何万もいただく講義をするわけだから、プロとして登壇できるレベルに仕上げないと、会社としても「講師」として一人立ちさせられないから。 来る日も来る日もプレゼンし、厳しい注意、指導を受け、時に自分の出来なさに涙し、夜は悪夢にうなされ、そうやって数か月鍛えられ、どうにかこうにかデビューした。

あれから27年。 500人くらい前で話すのも全然平気だし(上がらないことはなく、ド緊張はするけれど)、チャンスがあれば、講演でもスピーチでも引き受ける。

得意になったかどうかはわからないけれど、「苦手」なことではなくなった。ある程度、自分なりのスタイルというのもできてきた。小ネタ仕込む箇所はここ、とか、笑いを狙うのはここ、など。(「守破離」で言うところの「離」ですね。)

やってみないとわからないことってたくさんあって、やる前から「嫌いだからやーめた」と避けて通っていると、あれもこれも「できない」ことだらけになってしまう気がする。だからとりあえず、チャンスがあるなら「やってみて」、やってみたけど、もうどうにも無理と思ってからやめてもいいんじゃないかしら、と思わなくもなく。(そんな遠回りしている時間は人生にないのだ、という意見もあるかも知れない)

前ふりが長くなったけれど、この話を持ち出したのは、昨日の出来事があったからだ。

新入社員の配属直前研修で、2か月ぶりにある企業のお客様たち(新入社員さんたち)と再会した。仕上げ研修として、ある設定で、あるテーマのプレゼンをしてもらうプログラムである。

全員のプレゼンが終わり、最後の最後に「ふりかえり」の文を書いてもらったところ、こんな一文があった。

「入社直後からプレゼンは大の苦手だった。けれど、入社直後から、研修や朝のスピーチなどで何度もやってきて、コツもつかめて、面白さもわかってきた。そうしたら苦手意識は薄れ、もっとやってみようという気持ちになってきた」(※コピーではなく、ニュアンスの再現です)

よい気づきだなあ、と思う。

よく「人と接するのが苦手なので」といって、人前に出る仕事を毛嫌いする人がいる。でも、それってコツがわからないから苦手なだけかも知れないし、やってみたら、案外楽しいと思えることもあるだろう。

「好きだからやってみる」ということもたくさんあるけれど、「やっているうちに好きになる」という分野だってまたたくさんあると思う。

逆に「やってみなければ好きになれるかどうかもわからない」とも言える。

ピーマンは多分嫌い。だからずっと食べずに来た。「食べたら好きになるかもよ。だまされたと思って食べてみ!」などと親に言われ、やはり、食べても大嫌い。「だまされた」と思う。だから、一生大嫌い、ということはあるかも知れない。ピーマン食べなくたって困らないわけだし。

でも、仕事においては、チャンスが巡ってきたら、とりあえず、「やってみる」のはいいんじゃないだろうか。

プレゼン嫌いでも、やってみる。
文章書くの苦手でも、やってみる。
ヒアリング苦手でも、やってみる。

やってみることが、「好き」に近づく一歩なのだから。

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