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【第2話】「変わらない日々」―物語:インストール

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■第2話 「変わらない日々」

 風邪をひいたときに病院へ行くと、大抵、1週間分のぐらいの薬をくれる。だが、タツヤは今まで、もらった薬を全部飲みきったためしがない。なぜなら、風邪の薬なら2~3日も飲めば体調が回復してくるのが実感できたし、それ以上薬を飲もうという気分にはならなかったからだ。

 だが、今回は違う。頭の中のけだるさが全然抜けない。いや、正確に言えば、あの、出勤するときに突然会社に行きたくなくなるような、発作的な症状は抑えられている感じはする。だが、風邪の時、薬を飲んだときのような「よくなっている」という実感が全然湧いてこない。

 何もやる気が起きないし、動くことさえ面倒だ。
 変化を感じないまま、なんとなく2週間が過ぎた。

 本当はどこへも行きたくないのだが、医者からは定期的に通院するよう言われている。重い腰をあげて、2週間ぶりに外出した。

 「具合はどうですか?」

 「う~ん、発作的な症状は抑えられているのかな?という感じはしますけど、特別よくなっているという感じはしません」

 「そうですか、じゃあ、もう少し強い薬に変えてみましょうかね」

 医者はタツヤのほうを見向きもせず、パソコンのほうに向かい、一生懸命キーボードをたたいている。

 (人の話を聞くときは、相手の顔を見ろって小学校で教わんなかったか?)

 機械的だ。「話を聞いてもらっている」という感じがまるでしない。そんな診察だから5分で終わる。そしてまた、大量の薬をもらう。
 
 (こんなことの繰り返しで、本当によくなるのだろうか?)

 タツヤは疑問を抱きはじめていた。

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(※本文とは関係ありません)

■□■

 会社を休み始めて、もうすぐ1か月になろうとしている。笠原からは「人事には休職扱いにしてもらった」と聞いた。給与の何割かは減るが、給料はちゃんと出るからしばらくは大丈夫らしい。

 だが、「よくなっている」という実感がないまま繰り返す毎日に、本当に職場復帰できるのか、不安になる。そこで、少しでもいいから外に出ようと心掛けている。

 近くの公園に出かける。日中の公園には、ところどころにワイシャツ姿のサラリーマンが座っている。缶コーヒーを飲んでいる人、ぼんやり下をうつむきながらただ座っている人など、さまざまだ。気になったのは、みんな背中を丸めてしょんぼりしているように見えることだった。その姿から、音にならないため息が聞こえてくるようだった。

 そんなサラリーマンの姿を見ていると、ふと、「働く意味って、何だろう?」という思いが頭をよぎる。お金のため?それとも、生活のため?人生の中の大半は仕事の時間なのに、こんな毎日が定年までずっと続くのかと思うと、ゆううつになる。

 視線を公園の広場に移すと、近所のお母さんたちが子どもたちを遊ばせているのが見えた。昼間っから公園にいるのは周りの目が少し気になったが、子どもたちの元気に遊ぶ姿に、少し元気をもらえるような気がした。

 ゆっくりとにぎやかな声が聞こえる方へ歩く。木々の間から降り注ぐ木漏れ日が、ゆううつな気持ちを少し晴らしてくれた。

 公園で1時間ほど過ごして帰宅すると、サトコはいなかった。

 靴を脱いで居間に入ると、インターネットのサイトを印刷した紙がテーブルの上に置かれている。うつに関して、サトコが調べてくれたものらしい。なんとかしたいと動いてくれているサトコの気持ちが、うれしかった。

 印刷された紙には、タツヤと同じ悩みを抱えた人の体験談が、いくつか書かれていた。

 タツヤは、うつに関する薬の効能について興味があった。

 「う~ん、薬が必要だという人もいるし、薬は良くないという人もいるんだな。どっちがいいのか分かんないや」

 タツヤは、ある記事に書かれていた体験者の一言が引っ掛かった。

 ―今までと違う結果を得たかったら、今までと違うことをしよう―

 「そりゃ、そうだよな」と思った。

 1か月間薬を飲んだ。だが、よくなっている実感を得られなかった。パソコンの方を向いたまま話を聞こうともせず、機械的に質問をし、処方箋を渡されるだけの医者の対応も意味があるとは思えなかったし、医者のそんな対応をされていたからか、もっと自分の話を聞いて欲しいと思うようになっていた。

 非協力的で、自分から動こうとしない部下のこと。
 上には調子がいいが、全部丸投げで何もしない上司のこと。
 職場で、一人で頑張らなければならなかったこと。
 成果ばかり求められて、まるで交換可能なパーツのよう扱う会社の体制のこと。

ふと思えば、いろんな不満やうっ憤が溜まっていた。

 (誰かに、この気持ちを聞いてもらうことができたら、少しは気が晴れるかもしれないな。だけど、部下や上司には話にくいし、友達にうつと知られるのはなんとなく嫌だ。となると、やっぱり第三者?カウンセラー?)

 タツヤはインターネットでカウンセリングについて調べてみることにした。パソコンの電源を入れ、「カウンセリング」とキーワードを入れ、検索ボタンをクリックする。

 「心理カウンセリング」
 「癒し」
 「メンタル」
 「○○療法」

など、よくわからない言葉が並ぶ。いくつかのサイトをクリックしてみた。「ひとりで悩まないで!」「気軽に相談してみませんか」と書かれているものの、正直、なんとなく連絡してみようという気になれない。中には、ちょっと胡散臭いものもある。

 (何も一人で悩みたくて悩んでいるわけじゃない。相談したほうがいいことぐらい、オレにだって分かっている。だけどそれがなかなかできないから困っているんじゃないか。相談できる人がいれば相談しているさ)

 心理とか、メンタルとか、そういうことではなく、タツヤは仕事の話がしたかった。動かない部下と、丸投げの上司の間で、一人がんばるしかない中間管理職の気持ちを分かってくれるような人と話がしたい。ただ、それだけだった。

 (さて、どうしたものか……)

 しばらくすると、玄関の方から音がした。サトコが帰ってきたようだ。

 「タッちゃん、実はね、タッちゃんのこと、私の友達に相談してみたの。そしたら、友達の知り合いに人材コンサルタントをしている人がいるらしいんだけど、何でも、その人、会社の社長さんたちの相談相手になっているんだって。カウンセリングにも詳しいそうだから、相談してみたらどうかって言うんだけど……ごめんね。タッちゃんのこと、勝手に友達に話しちゃって」

 「あっ、そうなんだ。うん、ありがとう」

 自分の今を、他の人に知られるのはちょっと嫌だった。でも、「社長の相談に乗っている」という人のことはちょっと気になった。以前、ビジネス雑誌で、経営者やリーダーは立場上相談相手がいないから、公にはあまり口にはしないけど、相談に乗ってもらう専門家がいると書いてあったことを思い出した。

 (オレは社長みたいに偉くない。だけど、オレのことを”会社側の人間”と思っている部下には本音を言えないし、上司の笠原さんは全然信用おけない。リーダーになってから、ずっと孤独だったもんな。この気持ち、誰かに分かってもらいたかったもんな。相談相手がいないのは、社長もオレも同じかもしれないな。)

 「これ、その人の連絡先なんだけど、友達がその人に連絡しておいてくれるって言うから、あとでメールしてみたら?」

 「うん、ありがとう」

 2つに折られた付箋紙には、メールアドレスと「矢島」という名前が書かれていた。

 (つづく

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