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ビジネスモバイルITベンチャー実録【朝メール】から抜粋します

まだ日本にもMBA留学チャレンジャーが多くいます

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おはようございます。

「放射冷却って本当にある現象なんだな」

この季節は毎朝それを感じます。今朝は曇り空のため冷え込みが少ないようです。今週は3日間とも始発2番目です。始発に乗れていないと、ちょっと負けた感があるのですが、無理をせずに行きましょう!

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より高いところを目指す志、現状を打破するんだという気持ち。

人にはそういったことが大事だと思います。応援しています。

昨晩は、バージニア大学ダーデン(Darden)校のレセプションが帝国ホテルでありました。フルタイムのMBAコースを受験している人たち、今後受験する人たち向けに、学校関係者や卒業生らとの接触の場を設けるためです。

40名以上の人たちが来て、卒業生らも10名を超える参加があり、活発な2時間でした。レセプションの時間中はずっと話し通しです。

以前のローリングアドミッション(受験審査随時受け付け)とは異なり、最近は12月、1月、3月の3回に分けて期限を切った受験受付をしているそうです。Dardenの次の受付締め切り、Second Roundは1月5日だそうで、これから出願しようという人たちも多数いました。

今どきMBA留学をしようとすると、年額400~500万円の学費×2年、プラス生活費が月額15万円として、およそ1500万円の費用がかかるプロジェクトになります。自費で行こうとしている人たち、企業派遣で行こうとしている人たち。

様々なスタイルがありますが、文字通り、苦労を買って出ようというエネルギーレベルが高い人たちです。直に話をするのは楽しいものですね。

フルタイムMBAの学生の30%が海外からの留学生だそうです。海外留学生では、すっかりインドや中国にマジョリティが移ってしまったともよく聞きます。その中で、志のある日本人たちも多数いて頑張っています。

中には「あ、坂本さん、Twitterで拝見しました!」という人もいました。ソーシャルメディアが予想外のコンタクト先にもつながっているということにちょっと驚きながらも、せっかくなので、もしこのブログを見かけることがあればと思い、以前Dardenについて記載したことのリンクを掲載させて貰います。

バージニア大MBAコースが実はダントツにすばらしいわけ(1):Charlottesvilleという理想郷

毎日3ケース、全ての授業がケーススタディー、Bootcampと呼ばれるカリキュラム:バージニア大MBAコースが実はダントツにすばらしいわけ(2)

Honor Codeが守れなかったら退学処分、信頼と厳格さ:バージニア大MBAコースが実はダントツにすばらしいわけ(3)

近年は中国やインドなどの新アジアパワーが圧倒、外国人学生率30%100名程度に日本人が2-3名:米MBA事情(4)

米国MBA取得へのプロセス具体例: 実は何年にもわたるプロジェクトです

米国MBA取得へのプロセス具体例(2):実際に学校を回り授業を受けて決めました

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コメント

英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっていれば、そのうちに、英語も上達する。

我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしがなりたたない。

日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境がととのはないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。

日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

noga様、

閉塞感が多い現状を打破することって何だろうかと、よく考えています。それには、自分から一歩踏み出すことかな。と。

障害教育も、自分がもっと学びたいと切望することから始まりますよね。だから、踏み出してみる。昨日までとは違う何かを始めてみるという勇気がいる。

これは、欧米とか日本とかいう国民性に理由があることではなく、人として共通の課題ですね。英語をやるのなら、MBAのような場に自分を追い込んでみる。そのような勇気を持った人たちを心から応援したいと思うし、自分も負けていられないと考えるわけです。

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