「ワクチン臭」の正体を探る(後編) ニオイの言語化による、体験の共有 ~「嗅覚センサーを見直そう」番外編~
SNSで「ワクチン臭」という言葉が独り歩きしている。接種の後に変化する体臭だ。
前編では、成分、発生源、香害との混同などについて述べた。
後編では、前編を書くにいたった、筆者の体験談をお届けする。
来訪者の残り香が、突然、変わった!
昨夏から、筆者の実家に来訪するひとたちの、残り香が、突然、変わった。
以前は、残り香といえば、柔軟剤や合成洗剤のニオイだった。
そのニオイが、激変したのだ。
柔軟剤の香料を覆い隠す、異質なニオイ。
香料・抗菌臭の除去には、換気が効果的だ。ファブリックや紙類への移香は残るが、室内のニオイは徐々に薄らぐ。
そこで、来訪中は、空気清浄機と脱臭機の2台を稼働。来訪者が去った後に、ノーマスクで入室して、窓全開で換気。掃除機をかけ、ニオイをチェックしながら、床と備品を拭いていた。
ところが、新しいニオイには、換気が奏功しない。比重が重いのか、低く滞留しする。30分の滞在では、空気清浄機と脱臭機をフル稼働して、減衰まで3時間を要する。
しばらく経つと、空気清浄機が、ニオイ付きの空気を排気し始めた。そこで、脱臭機2台体制に切り替えた。それでもニオイの除去作業は難航した。
8カ月後、ニオイは消滅。ストレス軽減が原因か?
ところが、そのニオイは、今年4月になって、突然消えた。
もっとも、2~3週間に一度の来訪であるから、突然ではないのかもしれない。いずれにせよ、完全に消えた。
だから、このブログを書いている。ニオイが継続しているなら、書きはしない。来訪者に対して、礼を失する行為になるからだ。
とはいえ、ストレスがあったことは事実である。
コロナ禍での業務上の負荷は、はかりしれない。とくに、医療・介護関係者ともなれば、真夏でも、マスクにフェイスシールドに使い捨て手袋の重装備。精神面の負荷も大きい。
ニオイが消えた2週間ほどの後、事情を知ることができた。聞けば、コロナ禍で、ひとりあたりの仕事の負荷が増していたという。その状況が、人事異動等のシステム変更によって、改善されたというのだ。この後、すみやかに、ニオイは消えている。
前回述べたように、「ワクチン臭」とは、「コロナ禍+ワクチンだめおしによる、ストレス臭」であると、筆者は考える。 それを裏付けた格好になる。だからといって、ワクチン臭の原因をストレスだと断定できるわけではなく、断定してはならないのだが。
初めて感知したニオイを、日常用語で言語化
昨夏から今年4月までの間に、数名の人が、残していったニオイ。それは、どのようなものだったのか。
筆者の記憶の中に、酷似しているニオイがある。「スミチオン」だ。
そのニオイ成分は、キシレン類、エチルベンゼン、ジメチルジスルフィド。
筆者は、キシレンのニオイ、溶剤のニオイは、経験上、わかる。ジメチルジスルフィドは、含硫黄化合物のニオイだ。
筆者の感知した情報をまとめると、このようなニオイになる。
強い刺激臭+有機溶剤臭+含硫黄化合物臭+ニンニク臭+食品の腐敗臭+体臭、比重が重い。
さらに詳しく言うなら、次のようなニオイだ。これらは、原因を特定するために、SNSで発信した情報だ。
香料の片鱗もない異臭。抗菌臭でもない。柔軟剤や抗菌系合成洗剤より危険な印象。
最近感知者の多いサンポールのようなニオイとは似て非なる。突出して、異質。
スミチオンに、ニンニク臭を少々追加した、刺激があり、むせ返るようなニオイ。
昔の病院の消毒薬臭を強烈にした刺さるような刺激臭に、有機溶剤と食品の腐敗臭を混ぜたようなニオイ。
イナバ物置に100人載せるのではなく、100人詰め込んで、抽出した空気に殺虫剤を混ぜて粉にしたようなニオイ(イナバ物置さん、比喩に使ってごめんなさい)。
室内にニオイのある粉を撒き散らしたような印象。高さ1m地点が濃く、換気しても流れにくく、滞留する。抗菌洗剤の移香物質より比重が重い。重いからか粘着するのか、下に溜まって、除去しにくい。
ニオイを知る日用品に、該当する製品なし
いったい何のニオイなのか?
最初に、筆者が思い当たったのは、清掃用品だった。
来訪者たちの勤務先で、清掃用品が変更された可能性だ。最近では、ワックスや床の洗浄剤にも、香り付きの製品がある。だが、直行直帰する場合もあると聞き、これは否定された。
では、新発売の日用品なのか。
筆者が嗅いだことのある柔軟剤や合成洗剤のニオイの中に、類似のものはない。
従来製品のうち、筆者が感知したことのある製品を、リストアップしてみた。
ニオイを表す言葉(筆者が感知したニオイの出所)補足説明
抗菌系洗剤2種、製品名特定済み
- 刺激性の、抗菌臭(食品パッケージ、段ボールへや緩衝材への保管・出荷・配送時の移香)
- 刺激が非常に強い、殺虫剤臭(使用者の衣類)
この2種類のニオイは異なる。
前者は、噴き出すミストのように粒子が細かく、移香しやすい。刺激がガツンと来て、使い古した油と熱したゴムのようなにおいが後を引く。ベタベタとした不快感が強い、生存を脅かすような、不穏で不気味なニオイである。移香したモノの表面に貼り付き、拡がる範囲が狭い。無風状態の室内では、2~3m程度。標準的な嗅覚の持ち主なら、至近距離でなければ感知しにくい。繰り返し洗濯すると、焼けた樹脂臭になり、最後にはタバコの煙のようなにおいが残る。つまり、長期連用した衣類は、同様のニオイを放つ。
後者は、ミストというよりも、直線的。殺虫スプレーを四方八方に噴射したような、大雑把な印象。しみるような刺激臭が尾を引く。前者よりも、ニオイは変質しにくい。以前は、消毒薬臭が強く、除菌スプレーを鼻めがけて何度も吹き付けたような、目と鼻に刺さるような刺激臭だった。移香した場合も、刺激臭が長く残っていた。コロナ禍になってからというもの、抗菌成分が増えたからか、ニオイもパワーアップしている感がある。
前者と後者の連用、あるいは前者と柔軟剤を長期併用した衣類には、野焼きのようなニオイが残る。
柔軟剤入り合成洗剤、製品名特定済み
- すえたような、まとわりつく腐臭(使用者の衣類・人体)
高香残性柔軟剤、製品名特定済み
- 高齢男性用整髪料のニオイ(共用通路、紙幣への移香)
- 昔ながらの化粧水のニオイ(共用通路)
- ねっとりした腐臭(外気)
製品名未特定
- ミント系刺激臭(紙幣・郵便物・商品名シール等、紙類への移香)香害啓発者のあいだで「サンポール臭」と呼ばれているものと同一製品とおもわれる。
- フルーツガム臭(共用通路)チープなニオイ。香害啓発者のあいだで「消しゴム臭」と呼ばれている。
- ベリー臭(タクシー、使用者の衣類・人体)
- フローラル臭(使用者)
前述の異臭を感知した期間外に、感知したニオイ
- 華やかフローラル臭(外気)広くフワフワと漂い、風で人間の鼻の高さに舞い上がるため、歩くとニオイの靄に突入する。
- パウダリーなフローラル臭(外気、店内)花のようではあるが、粉っぽさが際立つ。
- 洗剤濃縮臭(使用者の衣類)旧来の箱入り洗剤を濃縮したようなニオイ。
- 生乾き臭(店内)饐えたような湿り気のあるニオイ。抗菌系洗剤の可能性あり。
- ゴム臭、タイヤ臭(店内)抗菌系洗剤の可能性あり。
- 溶剤臭(店内)シンナーや灯油のようなニオイ。
- ベリー系のフルーツや腐ったリンゴと下水を混ぜたようなニオイ(洗濯排水溝)
- オレンジのような柑橘系刺激臭(シンク排水溝)
- 腐ったリンゴ臭の後に、尾を引く、ねっとりした腐臭(共用配管、浴室排水溝)製品名特定済み。柔軟剤。
この3年半、在宅介護中の筆者の生活圏はといえば、半径数km。その狭いエリアの中で、実にこれだけのニオイに遭遇している。
だが、今回の異臭は、これらとは全く異なるものだったのである。
香害啓発者たちの知る製品に、該当なし
筆者が知らない日用品に、該当するものはないのか。SNSで問いかけてみた。
スミチオンに似たニオイについては昨年10月に、体臭については2月に投稿し、いくつかの情報を得た。
- 消臭系の製品。昔の病院のニオイ、逆性石鹸のような、消毒薬臭。喉への刺激が強い。公民館で遭遇。
- 昨年初秋から、香害啓発者のあいだで話題になっている、サンポールに似たニオイ。
- 床の洗浄剤。柑橘系のニオイ。
- 新発売の柔軟剤。使用者のコメントによれば、ネコの尿臭。
- 2種類の合成洗剤。売れているが、筆者の身近に使用者がいない製品。
しかし、情報を交換するうち、これらの中に、合致するニオイはないことがわかった。
感知したニオイが「ワクチン臭」と結びついた経緯
ニオイの原因がわからないまま、SNS上には「ワクチン臭」なる言葉が目立ち始めた。
それらの中には、柔軟剤臭や抗菌臭の特徴と一致する情報が多数見受けられた。だが、一部は、あきらかに、そのどちらでもないニオイについて発信していた。
ワクチンによる体臭の変化などあるのだろうか?
筆者は、マスクを外して、高齢者先行接種の身内を嗅いでみた。だが、立ち寄った先でのベリー臭の強烈な移香が上書きしていた。副反応の発熱が全くなかった人である。そのため、ワクチン臭とは、ワクチンの副反応に抗う生体が産生する、何らかの物質のニオイかもしれない、と、ぼんやり考えていた。
一方、筆者より何カ月も早く「ワクチン臭」という言葉に疑問を持った香害啓発者がいた。得意の英語力を生かして、海外に同様の情報がないか探しているという。
さらに、この方は、SNSでワクチン臭を主張するユーザーと、情報交換を始めていた。冷静なやりとりが成立していることに関心をもち、そのユーザーのアカウントを訪れた。
そこに書かれていた「農薬」の二文字が、情報交換のきっかけとなった。
そのニオイは、農薬に似ているというのだ。
筆者の感知した、スミチオン臭。スミチオンは農薬だ。昭和の時代、自治会から、トイレの殺虫剤として配布され、各家庭で希釈して撒いていた。今では、殺虫剤というよりも、農薬として知られている。
そこで、ワクチン臭についてのスレッドに参加した。そして、何度かやりとりするうちに、同じニオイを感知しているようだと気付いた。
このユーザーの感知したところでは、殺虫成分の日用品と漂白剤と排泄物をミックスしたニオイが基本で、甘いニオイなどが追加されているという。「柔軟剤・抗菌剤・洗濯洗剤などのニオイが混ざって、多種多様な悪臭になっているのではないか」と推測していた。
そして、「似たようなニオイは経験がない、『混沌』」だという。インターネット老人会所属(?)の筆者でさえ、人生で初めて嗅いだニオイである。おそらく多くのひとにとって、未経験で、発生源を特定できない、カオスなニオイ。だからこそ、SNS上で話題になっている。
さらに、このユーザーによれば、「長時間その場に滞留し、しゃがんでいる時にいちばんニオイが強い」とのこと。
これは、筆者の「高さ1m地点が濃く、換気しても流れにくく、滞留する」と一致する。
さらに深く話を進めると、腐敗臭の詳細について、公言しにくい感覚が一致した。
死の手前で発するニオイと似ている、というのだ。
それは、まさに筆者の捉えたニオイだった。腐敗臭ではあるが、柔軟剤に感じるそれとは、根本的に違う。柔軟剤臭は、化学物質臭であり、工場の製造職やタンクローリーのドライバーといった、生者の関わりがわかるニオイである。それに比べ、この異臭は、生者とのかかわりが断たれており、彼岸に近い。つまり、物質的には「スミチオン」に酷似しているが、感覚的には、腐敗臭を通り越して、彼岸にいたる、死臭に近いものがあったのだ。
それは、「生者が嗅いだ、彼岸に向かうニオイ」だったのだ。
無理もない。コロナ禍は長期化し、ライフスタイルの変更に、誰もが疲弊している。そのうえ、ここ数年、香害によって空気の質は急速に劣化し、われわれの健康を脅かしている。弱いストレスであっても継続するなら、それは生から離れる要素となりうるのだ。
たったひとりの来訪者が、脱臭機2台の稼働する部屋に、30分ほど滞在しただけで、強烈な印象を残すニオイ。しかも、筆者が嗅いでいるのは、ヒトが去った後の残り香にすぎない。
同じニオイを発するヒトが複数いるであろう閉鎖空間、たとえば学校や公共機関や通勤電車に、リアルタイムで身を置くなら、驚愕のニオイに包まれるであろうことは想像に難くない。
だからか、SNS上では、「ワクチン臭クサイ」の大合唱が展開されつつある。
ITは、嗅覚情報の共有を支援する
近い将来、ニオイの情報はデータベース化される。
物質のニオイだけでなく、商品のニオイ、自然のニオイ、生活空間のなかにあるさまざまなニオイ。
そのニオイの特徴は、テキストや音声や色で表現される。また、小説や絵画や歌や映画や舞台などのシーンと紐づけられる。 さらには、SNSに投稿した、個人の思い出とも紐づけることができる。
嗅覚の個体差は大きい。視覚や聴覚の情報とは異なり、再現性に欠ける。初期の段階では、他の情報と連携させて、ニオイ の「体験」を再現するようになる。
誰もが気軽に参照できるサービスが登場すれば、SNS上には、[画像]や[動画]の横に、[ニオイ]検索のアイコンが並び始めるかもしれない。
嗅覚センサーの開発は日進月歩だ。端末でセンシングしたニオイ情報や、企業が開発した新しいニオイ情報を登録することも、可能になるだろう。
そして、ニオイの記憶は、メタバースの中で、より精細により濃密に再現されうる。ひとりのユーザーのニオイ体験を、共有して追体験できるようになる。
さらに、ごく一部のニオイは、端末に接続した出力装置でリアルに再現されるようになる。ただし、倫理面の問題から、 心身に安全なものに限定される(限定されなければならない)。
有害物質については、嗅覚を介さず、非侵襲的方法で、ダイレクトに処理させるしかあるまい。ニオイを感知したときの脳内情報を、 他者の脳内に再現させて共有する方法だ。
だが、このようなサービスが開始され、じゅうぶんなデータが蓄積される日まで、われわれは、言語に頼らざるをえない。 嗅覚情報を共有するには、テキストを中間フォーマットとして利用するしかない。
感知したニオイの特徴を平易な言葉で表現し、共有して、情報をブラッシュアップしていく。
ニオイを表現するためのポイントは、2つ。
ひとつは、身近なもので似ているニオイのリストアップ。
もうひとつは、重さの感触、空中での挙動。
この二つを言語化して伝えあうことが、情報共有の第一歩になりそうだ。
今回、情報交換した相手は、言語化能力が高く、分野を縦断する探究心を持ち合わせていた。
SNSを有効活用するには、異なる意見を拒絶せず、一度は受容して、情報を自分のフィールドに迎え入れる必要がある。
もっとも重要なのは、異質な情報を目の前にしても、冷静であることだ。
まずは、発信された情報を、受け止める。
そのうえで、相手が表現したニオイを、自分が経験したニオイの体験に紐づけて、ありありとイメージする。
さらに、自分の感知したニオイを、多くのひとが知るであろうニオイにたとえ、言葉を尽くして表現する。
嗅覚情報の伝達は難しい。
それでも、「もし、同じ物質のニオイを感知しているのであれば」、問い、傾聴し、伝える努力を続ける 限り、ひとつの答えに収束していくのである。