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ヴィジュアル、サウンド、テキスト、コードの間を彷徨いながら、感じたこと考えたことを綴ります。

衣類移香。見えない物質が離れない。~嗅覚センサーを見直そう(15)~

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引き続き、高残香・除菌・抗菌・消臭などの高機能性日用品からの、移香問題である。
前回は、食品の移香について述べた。今回は、衣類への移香について取り上げる。

リムーブ不可能、しがみつく物質

繰り返し洗濯も、残る異様な物質

衣料品への移香は、多くのひとが経験していることだろう。
購入した衣類が移香しているという声を、ネット上でしばしば目にする。筆者も何度か経験している。
洗濯しても除去できない。もう返品はできない。
かといって、屋内に保管することもできない。ほかの無臭の衣類にn次移香するおそれがある。

タグ付きの新品でも、安心できない。スタッフがユーザーなら移香する。
客がユーザーなら試着により移香する。試着返品もある。

新品でもこれだから、デッドストックやユーズド品やレンタル品なら、なおさらだ。
これからの売買システムでは、においのセンシングとAI利用の分別処理の実装が、明暗を分けることになるかもしれない。

また、友人や親族に貸し、洗濯して返してくれたはいいがにおう、という声もある。
こちらは移香どころか、直接使用しているのだから厄介だ。しかも人間関係が絡むときている。
もし、気を利かせて、そのときだけ無香の洗剤を使ったとしても、洗濯槽内から移香する可能性は高い。

何度洗濯を繰り返しても、除去できない物質がある。
消毒薬臭が移香している場合は、最後まで、刺激臭が残る。
また、抗菌剤臭の場合、繰り返し洗濯すると、最後には、タバコの煙のようなにおいが残る。
同様の感覚を持つひとたちもいる。筆者の嗅覚は、あながち間違ってはいないだろう。

両者が重なって「野焼き臭」となる。これが服にしがみつく。
この「野焼き臭」という表現、筆者がフォローしているツイミンさんの発案である。非常に的確な表現で、においを感知していないひとも、イメージしやすいのではないだろうか。

皆さんは、野焼きの煙に燻された服に、清潔感を感じるだろうか?
野焼き臭の付いた服で、打ち合わせにのぞむスーツ。この野焼き臭を付着させる日用品は、環境汚染の原因ともなる(第20回で解説予定)。もし、クライアント側担当者が、きれい好きで、環境保全意識をもつひとならば、プロジェクトの進行に水をさすことになりかねない。上流工程で軋轢が起ころうものなら、その尻ぬぐいをするのは......現場のエンジニアたち......だ。

n次移香。無臭の衣類は、どこに?

移香を無臭化することも難しいが、無臭のまま維持することも難しい。

クローゼットの中に眠る、シーズンオフの無臭の衣類。
取り出して一度着用して外出するだけで、移香のリスクがある。

強い化学薬品臭を放っているひとがいれば、すれ違うだけで移香する。たかが10秒、たかが1分ではない。数秒でもじゅうぶんだ。
来客を室内に招き入れようものなら、一瞬で移香する。すこし話す程度なら、などとおもって招き入れたが最後、応対した際の着衣が、客と同じにおいを放つようになる。
ましてや、密室に長時間の満員電車をや。

病院や銀行や公共施設のソファに座れば、ボトムスに移香する。SNSでは、アンダーウェアまで移香したという話もしばしば目にする。待ち時間が長くなればなるほど、移香も強まりそうだ。

無臭の衣類も、移香した外出着を洗った洗濯槽から、2次移香してしまう。
においが薄まり、もう大丈夫だろうとアイロンをかけようものなら、微量の移香する物質が熱せられてアイロン台に移香。次にアイロンがけした衣類に二次移香する。
しかも、一度アイロンをかけてしまうと、まるでアイロンプリントのように、においが固着してしまう。こうなると、その後の除去は、絶望的になる。迂闊にアイロンをかけてはいけない。筆者の教訓である。

服だけではない、バッグや帽子やマフラー、ヘアゴムやヘアアクセサリーにも、移香する。ヘアゴムへの移香は除去できない。
頻繁に洗濯できない自身の持ち物から、触れたもの、傍にあるもの、すべてにn次移香する。

移香を除去できなければ、着衣に困ることになる。
だからといって、ストックを出そうものなら、どのみち移香してストックを減らすだけになる。

移香衣類を廃棄して、新規購入しても、十中八九、配送中に移香したものが届く。

移香衣類を引き当てる可能性を減らすとしたら、この方法だろう。
リアル店舗ではなくネットショップで購入する。セール品はユーザーの試着返品の可能性が高まるので避け、2点以上在庫がある正規の価格の品から選ぶ。輸送中の移香を避けるため、自分宛にギフトラッピングを指定するのだ。
それでも、一か八かの賭けになる。届いて開封するまでは安心できない。

結局、手持ちの衣類で間に合わせる方が無難、という結論に落ち着く。
洗濯を繰り返し、においの除去にまい進することになる。

子どもの健康を守れ! 動き始めた、保護者たち

給食着へ重積する移香。アイロンがけは命がけ。

困ったことに、移香問題は、義務教育の現場にも拡大している。
自分で衣類を洗濯できる社会人だけの問題ではなくなっているのだ。

持ち回りで使う給食着。嗅覚センサーの機能している保護者たちは、移香した給食着の洗濯とアイロンがけに、困惑している。いや、困惑というより、憤慨している。
その怒りは頂点に達しつつある。

先に使用した世帯からの移香が、次の世帯に引き継がれる。除去できなかった移香が重積していく。
給食着から拡散する物質は、児童の髪や顔や手にも付着する。着用する児童の健康リスクは、いかほどのものか。食育への影響は、確実にある。ゆたかな香りをもつはずの給食が、日用品のにおい一色になる。給食自体への付着も避けられない。日用品の成分を食べることになる。

化学の専門家の情報によれば、洗濯した給食着にアイロンをかけると有害物質が発生するため、換気に注意する必要があるとのことである。ところが、この有害物質、困ったことに、香料の物質とは異なり、においがない。有害性に気付かないままアイロンをかけて吸入している保護者たちが、全国にどれほどいることか。

中には、そうした製品に含まれる物質にアレルギーのあるひとや、化学物質過敏症を発症しているひともいる。だからといって、子どものためには、給食着に触れないわけにもいかぬ。重篤な症状を引き起こすおそれがあるばかりか、生命の危機に晒される可能性もある

子どものおつかいで気軽に買える日用品が、洗濯やアイロンがけという、ごくあたりまえの家事を、危険を伴う作業に変えている。

保護者たちの無私の訴えに、行政が、企業が、動く

各地で、保護者たちが、動き始めている。
チラシを配り、許可を得て掲示板に貼り、保護者間の連携をはかり、学校に掛け合うといった、じつに地道なボトムアップの活動を展開している。
その熱意に、真摯に対応する自治体が現れ始めている。東京都練馬区の例

嗅覚センサーには個体差がある。センサーの感度が低い保護者たちは、危険性に気付くことができない。気付いているひとたちは、自分たち親子だけでなく、皆の健康を守ろうとしているのである。

香害に関する書籍を出版している、ジャパンマシニスト社)は、チラシを制作している。香害に悩むひとたちの要請により、学校、職場、地域、ペット、医療・介護、と、さまざまなバージョンが増えつつある。同社ウェブサイトからダウンロードできる。セブンイレブンのネットプリントにも対応している。
同社は、重厚長大系の理工書の版元だが、児童教育についての書籍も刊行していることから、教育環境の改善に尽力している(2019年 第35回「梓会出版文化賞」受賞)。

すでに給食着には移香が固着している。新調するよりも、持ち回り洗濯のシステム自体を見直したほうがいいのではないか。バグの見つかったシステムを稼働させ続けたら、被害は拡大するだけだ。児童が健やかに生育する環境と、保護者の健康の方が、従来の規則の継続よりも、プライオリティは高いはずだ。
たとえば、各家庭で使っている適当なエプロンを持参させるなどは、どうだろう。ここは、保護者と教職員は一歩退いて、児童たち自身に考えてもらえばよい。考え、議論する、という機会を得られる。なにより、着用する当事者である。いろいろなアイデアが出るだろう。おもわぬ解決策が見つかるかもしれない。

本稿読者のITエンジニアの中にも、小学生の子をもつ親はいるだろう。そして、プログラミング教育のカリキュラムの内容に、心を砕いていることとおもう。だが、それだけではなく、いや、それ以前に、子どもたちがすごす場の環境について、子どもたちが長時間吸うことになる空気の質について、考えてみてほしい。
いくらよい教材を使っても、いくら優れた教師が教えても、きれいな空気の中で、頭がクリアに働かなければ、本来の能力を発揮できないではないか。

※ジャパンマシニスト社 刊「マイクロカプセル香害」「空気の授業」「転校生はかがくぶっしつかびんしょう

※宮城県では、市内小中学校611校を対象にアンケートを実施し、114校から回答を得ている。あいコープみやぎ「香害に関するアンケート結果」2019年12月16日、せっけん環境委員会

メーカーに打つ手なし、ノンユーザーたちの悲鳴

「野焼き臭」の原因となる製品は、何なのか?

移香衣類を洗濯した後に、頑固に残る野焼き臭。これを除去するには、まず、その原因となる製品を特定しなければならない。そう考えて、ドラッグストアとスーパーをハシゴしてサンプルを嗅いでみた。
今夏の時点では、強い香料が目隠しとなり、野焼き臭の元となる物質にたどり着くことはできなかった。サンプル前に長居すると他の客の迷惑になるため早々に退散したという事情もある。
それでも、このとき嗅いだ製品の中には、前述のにおいを放つものは、その形跡すら確認できなかった。

ところが、秋になり、そのにおいに遭遇することとなった。
スーパーで、新発売の洗剤のにおいから、含まれる成分を確認していたときのことである。 筆者は有害物質の存在を感知はするけれども無症状だから、人柱になるつもりでボトルを手に取った。
その強烈な香料が鼻先にあるにもかかわらず、筆者の嗅覚は、右手やや下方から流れてくる刺激臭をとらえた。その方向に置かれている商品が目に入った。

今夏からにおいが増えたのであるから、気温上昇に伴い使われる製品か、あるいは、消費が急激に拡大した製品の、どちらかにはちがいない。
そして、寒くなってきた現在も、このにおいが去る気配はない。むしろ、強まっている。ならば、後者ではないか。
このにおいの付着した衣類を何度も洗濯しても残る野焼き臭は、その名の通り、煙っぽいにおいである。タバコのにおいに似ているのだ。タバコのにおいと、衣類加工剤のにおいに共通するものといえば、抗菌剤の成分ではないのか?
高残香性の柔軟剤や、その柔軟剤を含む合成洗剤というよりも、今夏からユーザーの増えた、除菌・抗菌・防臭機能を持つ日用品ではないかと推測している。

とはいえ、筆者はまだ、その商品を使ったことはない。
そのようなわけで、商品名を記載することは避けておく。
購入して手洗いで試すことも考えてはみた。だが、下水に流れると、あたり一帯が野焼き臭に包まれかねず、近所迷惑にもなりかねない。二の足を踏んでいる。

個別の状況に応じた、メーカーサポートの必要性

筆者と異なり、移香の原因となる商品を特定できているひとたちが、多数いる。
その多くは、使用者本人に確認したというもので、その情報は信頼できそうだ。

彼らは、それぞれの日用品メーカーへ、移香除去方法について問い合わせている。

これまでは、個々の問い合わせ結果は、点と点でつながっていなかった。それが今では、返信メールや電話の内容が、SNSで共有され始めている。
そこから見えてきたことは、移香を除去する方法は確立されていないということだ。メーカーのサポートは期待できそうにない。

そのサポートの内容には、IT業界の者から見れば、首をかしげざるをえない点がある。

たとえばこれが、日用品ではなく、プログラムなら、どうか。
ベンダーが配布した追加機能によってユーザーの環境に不具合が生じ、マシンの動作不良を引き起こしたとする。
ネットの情報を参考にしても解決せず、ベンダーに問い合わせた場合、サポート担当者は、全てのユーザーに定型の回答をするだろうか。
まずは、ユーザーの環境を尋ねるのではないか。環境によって、解決策は異なる場合があるからだ。

ところが、ツイミンさんたちが問い合わせた先の日用品メーカーは、初期対応が異なるようである。
どのような洗濯機を使い、どのような素材の服を、何の洗剤で洗ったのか、尋ねている気配がないのだ。
これが筆者には不思議で仕方ない。
ユーザーのハードウェアの環境もOSのバージョンも何も知らないまま、不具合を解決しようとするようなものではないか。
洗濯方法は、百人百様だ。生地や織り方だけでなく、洗濯機も、洗剤も、手順も、異なる。
そうした詳細情報を尋ねずして、解決策を提示できるのだろうか。

さらにいえば、その不具合が、ノンユーザーの環境に発生しているから、厄介なのだ。

移香とは、たとえていうなら、こういうことだ。

ベンダーが追加機能のプログラムを配布した。
ユーザーは、自分のマシンにインストールを許可する設定を行い、無事インストールされた。
ノンユーザーは、自分のマシンにはインストールを拒否するよう設定した。
にもかかわらず、ノンユーザーのマシンに、追加機能がインストールされた。その結果、ノンユーザーのマシンが、動作不良に陥った。
調べてみると、ベンダーからインストールされたのではなく、ユーザーのマシンにインストールされたプログラムが、ネットワークを介して、ノンユーザーのマシンにインストールされていることがわかった。しかも、SNSでつぶやいてみると、同様の事例が多数見つかった。ひとりのユーザーのマシンにインストールされたプログラムから、複数のノンユーザーのマシンへと、2次的にインストールされていることが判明した。
ノンユーザーは、検索してさまざまな解決策を試したが修復できない。マシンの中には、重要なデータ、思い出のデータもあるが、取り出せない。時間ばかり奪われる。
クリーンインストールかマシン買い替え以外に解決策はないのか。ノンユーザーは、ベンダーに問い合わせる。

こんな問い合わせが相次ぐようなら、ベンダーのサポートセンターはパニックに陥るはずだ。

このたとえ話は、パソコンという生命をもたないものに起こったことだから、まだいい。
衣類への移香では、その影響は、ヒトの健康ひいては生命にまで及ぶ。

もし、ユーザーからの問い合わせではないからとい理由で、親身にならないのだとしたら、その対応は、誤りではないか。
ビジネスの面からいって、ノンユーザーは、言い換えれば、将来のユーザー候補だからだ。それは、開拓すべき新たな市場だ。
企業にとって、ユーザーからの改善要求も、ノンユーザーからの指摘も、どちらも重要で得難い情報である。
問題点を知らせてくれる消費者の存在はありがたいはず。
メーカーには、それぞれの問い合わせに対し、状況に応じた、真摯なサポートを期待したい。

筆者の経験では、綿100%などの天然繊維のほうが、除去しやすい(詳細は、後述)。
他の移香に悩むひとたちからも、天然素材のほうが除去しやすく、混紡や化繊は厳しいと聞く。
だが、天然素材であっても、なかなか初期状態に戻らない。洗濯を繰り返して、香料のにおいが消えても、何かの物質が残っている。嗅覚センサーの機能しているひとびとは、これを感知する。
最終的には、除去できるのが先か、布地が傷むのが先か、という問題になる。

すでに問題は、「移香するかどうか」にあらず

SNSなどで共有されている日用品メーカーの回答を見るかぎり、そのロジックには、首をかしげざるをえない。
メーカー側は、ノンユーザーの衣類への移香を認めているではないか。

(A) 広告宣伝では、「もし、当社製品で洗濯するならば」「成分が残る」その結果「良い香りが付くなどの効果がある」とうたっている。
(B) サポートは、「もし、普通に洗濯するならば」「成分は全く残らない」その結果「衣類は初期状態(Aの処理が実行される前の状態)に戻る」と言っているらしい。

(B)の、普通に洗濯するときに使う商品が同社のものなら、(A)のとおり、香りなどの成分は残る。
奇数回の洗濯時には成分が残り、偶数回の洗濯時には成分は除去できる、などという都合のいい話ではないだろう。

問い合わせたひとは、ノンユーザーであって、(A)の処理は実行していない。衣類に同社製品の成分は残っていない。
にもかかわらず、サポートは、(B) の処理の実行を指示している。
ノンユーザーの衣類にも、(A)の処理が実行されたのと同じ結果が生じていることを前提とした回答ではないか。
それを「移香」と呼ぶのである。

そうなると、論点は、同商品が「移香するかどうか」ではない。
移香を前提として、「移香は、社会的に許容される問題なのか?」「もし許容されるのであれば、どの強度、どの程度の持続期間、どのような成分なら、妥当か?」であろう。

嗅覚センサーの機能していないひとは、なにを大げさな、とおもっていることだろう。水洗いか、ほかの洗剤を使えば、一度の洗濯で、除去できるとおもっているかもしれない。

いや、そんなことはない。なぜなら、それが仕様だからだ。衣類に物質が長く滞留する。拡散するから香る。付着する性質をもつ物質が舞うのだから、当然、その先にあるものには付着する。それこそが、メーカーの技術開発力である。できるだけ長く成分が衣類に残る仕様なら、残らなければ逆に欠陥商品だ。

「移香する」「除去できにくい」これは事実である。ドラッグストア業界トップシェアのツルハホールディングス。公式ではないが、中のひと「ツルハさん」も、「強い香りが移ってしまったものは簡単には取れないんですよね」と述べている。多数の日用品を取り扱うプロの言葉である。信憑性があろうというものだ。

ドラッグストアは、われわれ消費者がのぞむ商品をそろえることに腐心している。移香する日用品が席巻しているのは、消費者がそれを選んでいる証でもある。もし、ほかに使いたい商品があり、それが手に入りにくいなら、お近くのツルハ店舗で相談してみればいいだろう。消費行動が変われば、売り場は変わる。移香問題も、沈静化していくにちがいない。

移香除去に明け暮れる、ノンユーザーたち

前述のサポート状況からみても、すくなくとも、移香に悩むひとたちが問い合わせた先の日用品メーカーは、移香除去の決定打を持っていないと考えられる。

プロのクリーニング店ですら、試行錯誤しているほどなのだから、当然だろう。(「せんたく工房 無有」のブログ
香りカプセルを除去する洗濯のセミナーまで開かれている。不要なものを除去するはずの洗濯により、不要なものが付く。これを除去するための洗濯方法指南。蟻地獄的再帰処理である。

研究開発者を多数擁するメーカーや洗濯のプロでさえ答えを持たない問題を、化学の素人、洗濯の素人が、片手間で解けるはずもない。
あるツイミンさんがアンケートを実施したところ、何度洗っても移香は除去できない、という声が圧倒的多数となっている。筆者も大きく頷くところだ。

SNSには、試して有効だった方法が流れている。
たとえば、クエン酸の代わりに「アスコルビン酸」を使う、衣類の残る油っぽさを除去するために、油汚れに強い「リモネン」を使う、などである。洗いにくいアウターは、キッチン用アルコールを噴霧して吊るして乾かすと、軽減するとのこと。
この3つの方法は、効果がありそうだ。

「そのような洗濯方法もあるのか」などと、感心している場合ではない。クリーニングを生業としているわけではないひとたちが、従来の洗濯方法では着用可能な状態にならないために、苦戦して編み出した方法なのだ。そのような状況が、この数年間で加速している。

筆者自身、9月から洗濯に膨大な時間を費やしている。
一度の洗濯で完全に除去するなど不可能だ。現時点では、半日洗濯機をフル稼働して、1日1~2着のサルベージが関の山である。
付着したであろう物質から考えれば、除去技術については、洗剤メーカーよりも、接着剤や化粧品メーカーの方が、ノウハウを持っているかもしれないとさえおもうほどである。
水資源を使うことには抵抗感がある。良心がいたむ。だが、対策を講じずに我慢するなら、化学物質過敏症へ歩を進めるだけだ。筆者は、身内を支える立場にある。筆者が倒れたら、身内は共倒れになる。予防原則で動かざるをえない

1万光年歩譲って、ユーザーの衣類から除去する方法を持たないのならば、まだいい。
だが、自分が使ったのならまだしも、見知らぬ他者の使ったものの移香が残る状況を、許容するようもとめられても、困惑するばかりである。

これが化粧品メーカーなら、化粧品だけでなくクレンジング用品も開発して販売している。
これがベンダーなら、インストーラーがあれば、アンインストーラーも提供している。
日用品メーカーは、一度で移香を除去する技術開発にいそしむべきではないだろうか。

断ち切ることのできない、移香ネットワーク

部屋干しも、外干しも、いずれにせよ移香

困ったことに、洗濯を繰り返して少しずつ除去できていても、干している間に移香してしまうことがある。
高残香性・除菌抗菌機能をもつ日用品に含まれる物質は、使用者のパーソナルスペースの外へと拡散するからだ。大気中を漂う物質が、洗濯ものに付着するのだ。

掃除のために開けた窓から、応対のために開けたドアから、移香する物質は、室内へと入り込む。
集合住宅の場合は、換気口や排水口からも、入り込む。手軽なワンルームなら郵便受けやドアの隙間から、容易に流れ込む。
近隣や上下左右階の住人がユーザーの場合は、確実に入り込む。

通勤途中や勤務先で持ち物に付着した物質を、自宅や職場へ持ち帰る。
通販ダンボールや緩衝材を玄関に運び込めば、住居内へと入り込む。
訪問者がユーザーの場合、入り口に物質が蓄積する。招き入れると、室内に蓄積する。

筆者の住む地域では、さいきん、夕方になると、柔軟剤入り洗剤と消毒薬の混じったにおいが、漂ってくることがある。町全体がエアロゾルに覆われているような感さえある。
外干しの洗濯ものの取り込みが一呼吸遅れただけで、移香を除去した衣類に再移香する。窓を閉めるのが一呼吸遅れただけで、室内に侵入し、部屋干しの衣類にも移香する。
筆者は「n次移香」と呼んでいるが、SNS上に、さらに的確な表現を発見した。「パンデミック」だと言うのだ。
まさに「パンデミック移香」と呼ぶほうが、事実を的確に表している。

このような空気の中では、部屋干しでも外干しでも、移香するのだ。どちらがよりマシかというだけでしかない。
洗って何割かを除去しても、干せば再移香。
何度も洗い、移香が薄れたところで収納しようものなら、収納ケース内のすべての衣類に移香。
運よく服をサルベージできたとしても、着用して外出すればふたたび移香して、元の木阿弥。

二歩進んで一歩下がるならまだいいが、住環境や通勤方法や職場環境によっては、一歩進んで二歩下がる状態になることもある。
賽の河原で石を積むような作業を強いられることになる。

本格的な寒さを前に、冬支度に悩むひとびと

SNS上では、本格的な寒さの到来に困惑する声を、しばしば目にする。

外出により移香は必至であるため、アウターに悩むのだ。
ウールのコートなどに移香しようものなら、除去できるのか。長く愛用しているコートを失うことになりはしないか。
化繊混紡のコートは移香しやすい。フリースは洗濯時にマイクロプラスティックを排出する。かといって、居住地域にもよるが、綿や麻では、寒い。
冬のアウターは、値の張るものが多い。買い替えとなれば、懐にも響く。

外出時のおしゃれは、もはや、過去のもの。
嗅覚センサーの機能しているひとたちは、度重なる洗濯に耐え、それでも除去できない場合は廃棄してもよい格好で、出かけるようになりつつある。

問題は、アウターにとどまらない。冬布団や毛布やシーツへの移香も深刻である。
移香を除去できなければ、眠っているあいだ中、悪臭を嗅ぐことになる。睡眠が苦痛になる。移香したのが枕カバーなら、吸入のリスクは一気に高まる。
リラックスするはずの睡眠で、逆に、ストレスを増やしてしまいかねない。

香料の嗜好だけの問題ではない。
移香する物質にアレルギーのあるひと、ましてや化学物質過敏症を発症しているひとたちにとっては。死活問題であろう。
単身世帯が増えているいま、客用布団などの代替品がある世帯は、どれほどあるだろうか。無臭の代替品がなければ、寒さをしのぐ方法に困るではないか。

そうして、布団への移香もある状況では、多くの場合、アンダーウェアへの移香も、深刻だろう。
移香する物質の付着したアンダーウェアを着て、移香する物質の付着した布団にくるまる。体温と湿度で、におい戻りする。
ステロイド使用時と同様、身体の部位によって皮膚からの化学物質の吸収率は異なる。アンダーウェアを着用する部分は、吸収率が高い。つまり、移香する物質を皮膚から取り込みやすいとは考えられないか。しかも、冬のアンダーウェアは、防寒機能をもつ化繊の製品が多く、移香しやすい。

クリアできない使用履歴、重積する移香

ユーザーは、日用品に付加価値をもとめ、メーカーの企画開発力を歓迎している。
だが、その状態がいつまでも続くとは限らない。衣類への移香は、ノンユーザーだけの問題ではない。
効果が長持ちするということは、一度でも使ってしまうと、長期間、除去できない可能性があるということだ。
ユーザーが、新しく買った製品を一度試して、その香りが好みではなく、使用を中止したとする。服には、使用した痕跡が残る。次に、異なる製品を試せば、香りは上塗りされていく。
ユーザーにとって良い香りも、ミックスされたら、悪臭になる。そのにおいが、長期間続くのだ。その恰好で、客先を訪問することになるのである。

冒頭に書いたとおりになるだろう。
野焼き臭の付いた服で、打ち合わせにのぞむスーツ。もし、クライアント側担当者がきれい好きで環境保全意識をもつひとならば、プロジェクトの進行に水をさすことになる。クライアントからの評価をひっくり返してプロジェクトを成功させるためには、現場のエンジニアたちが踏ん張るしかない。悪臭にイライラしたクライアントが、機能追加要求を繰り出したら、どうするのだ。仕様が膨張する。納期は変わらない。たのむそれだけはやめてくれ、という叫びが聞こえてきそうだ。

ノンユーザーたちは願っている。
パーソナルスペースを超えて、移香する物質を環境中に拡散しないでほしい、他者が所有する衣類に付着させないでほしい......ただ、それだけの、ささやかな願いである。だが、嗅覚センサーが弱ったひとたちに、その声は届かない。

筆者の試行錯誤の「本稿執筆時点での」結果

現時点での、筆者の試行錯誤の結果を書きとめておく。
あくまで筆者の衣類(綿麻のシャツ、ジーンズ、綿麻のアウター)と洗濯機(22年前のNational製)に限定したものであり、読者の環境でも奏功するとは限らないが、参考までに。

使ったものは、クエン酸、かんきつ類のしぼり汁、セスキ(以上、洗濯水のPH調整)、アラウ、バード、シャボン玉純植物性スノール、シャボン玉浴用せっけん、浴用キューピーベビーソープ、シャボン玉酸素系漂白剤。
たらいで手洗い、洗濯機の手動設定、水洗い、湯洗い、さまざまな組み合わせで試してみた。

ポイントは、「洗濯する前に干す」「水だけで、予洗いする」の二つだ。
順序が逆ではないか、洗剤を使わないの?とおもわれるかもしれないが、筆者が試したところでは、このふたつの手順を踏むかどうかで、その後の除去効率が異なる。

本稿執筆時点で、筆者が実践している洗濯手順は、次のとおり。

移香衣類を、数日以上、外干しする。そして、乾燥した状態で洗濯を開始する。
洗剤を使わずに、水洗いして脱水する。
この時点で、一度においをチェックする。移香が強い部分は、固形石鹸と温水で手洗いする。
この後、洗剤を使用する。シャボン玉植物性スノールを、ぬるま湯で溶いてから投入する。一度洗った後、二度目の洗いの前に、一度停止して、酸素系漂白剤を投入する。
糸くずフィルターを洗いながら、洗いのみを数回繰り返す。 この後、通常運転を一回転する。

以下、おぼえがきである。

・数日以上、干した後に、洗濯したほうよい。
同じショップで買った同じ生地の色違いのシャツで、同じ場所に保管して同程度に移香していたものがあったので比較した。 干しっぱなしにすると、夜間の湿気と、昼間の乾燥が繰り返される。衣類ベイクアウトである。 外干しできない場合は、浴室に干してから、空気清浄機の前に吊るす方法では、どうだろうか。 太陽光や、風も、奏功しているかもしれない。

・干した後、移香の強度によって分類する。移香の強度によって分けて洗う必要がある。強度の移香物から、微香の衣類へ移香するからだ。

・何度も洗濯して移香が除去できたように感じても、乾くと、におい戻りすることがある。においが薄れて着られる状態になった程度で、アイロンをかけない方がよい。アイロン台の表面の布に移香する。次にかけた衣類に3次移香するリスクが生じるため、アイロン台を使えなくなる。また、服にも移香が固定して、さらに除去しにくくなる。

・パーカーのフードなど、生地の二重になっている部分は、たらいに湯を張り、せっけんで手洗いした後、洗濯機を使う。洗濯機だけでは、二重の部分ににおいが残る。
・クルーネックは、背中と胸側の首回りに、移香が付着しやすい。たらいに湯を張り、首回りをせっけんで手洗いした後、洗濯機を使う。

・人工香料の弱い移香なら、レモン果汁入り温水に数時間以上浸け込んだ後(バケツにシャツ2枚、レモン1/2個、30℃の温水) 、洗濯することで除去できる場合もある。クエン酸より効果は弱いが、酸味のあるにおいは残りにくい。

・ハンドタオルやハンカチなら、料理に使った後のスダチなどの柑橘を包んで、洗面器で手洗いすれば、においは半減する。

・筆者は「シャボン玉純植物性スノール(緑の袋)」を使っているが、動物性のにおいが気にならないなら、「シャボン玉スノール(青の袋)」のほうが洗浄力は高い可能性がある。

・綿100%は除去しやすい。
・麻100%は、織り方によって、除去のしやすさが大きく異なる。
・綿100%の藍染製品は移香しにくく、洗うと色落ちはするが、移香は除去しやすい。
・濃い色の合成染料のものほど、移香しやすく除去しにくい。
・化繊でも、化繊100%で、表面が滑らかなものは、除去できる場合がある。
・混紡は、除去しにくい。ナイロン、ポリエステル、ポリウレタン、化学繊維がわずかでも混じっていると、除去は困難をきわめる。リヨセル混は、におい戻りする。
・化学繊維でもハースマリーのような高密度繊維は、移香しにくく、除去しやすい。
・インド綿は、除去しにくい。猛暑時用のバギーシャツが壊滅状態で、来夏どうしましょう。
・もっとも除去が難しいのは、毛羽のある毛布。アクリル混にせよ、綿100%にせよ、使えるようにはなっても、完全な除去は困難とおもわれる。

・Levi's 501(12.5oz)、Eternal 811(14.5oz)は、繰り返し洗いに耐えるので、はけるようにはなった。干している間に、一度、裏返すとよい。
・【禁忌!】ジーンズに、酸素系漂白剤を使ってはいけない。ジッパーは大丈夫だが、パッチの表面がだめになる。同じ型番のバックアップがあった501をダメモトで試したらダメになり、カッターでパッチを取り外した(アウターで隠れるので、はいている)

・外にせよ室内にせよ、できるだけ移香しにくい場所に干す。筆者は、無臭の毛布を使う前に洗ったところ、室内汚染で干している間に移香して、洗うんじゃなかった、という事態に陥っている。
・移香可能性のある場所で干す場合、敷掛カバー類は、ファスナーを閉じておく。開けたまま干すと、内側に移香物質が引き寄せられて、内側だけがにおい始める。
・乾いたら、すぐに取り込み、できるだけ移香しにくい場所に保管する。

・洗濯槽からの2次移香を避けるため、事前に、洗濯槽洗い洗剤で洗浄し、ピロピロワカメが出ない状態にしておくことは、いうまでもない。

・洗剤を入れた後に、酸素系漂白剤を入れる。同じことをつぶやいているツイミンさんがいた。そのほうがよく泡立つのだ。通常、水の表面が泡立つくらいがよいとされるが、移香除去には、洗濯槽内泡いっぱいのほうがいいようだ。水35リットルに対し、シャボン玉植物性スノールを付属のカップ1、酸素系漂白剤を付属の大匙2杯入れている。

・洗浄剤をあれこれ組み合わせて試すより、一種類のせっけん洗剤を使い、地道に、干して洗濯して干すを繰り返す方が、遠回りのようにみえて近道。
・洗濯回数と、除去率は、比例しない。10回ほどの洗濯を経たあたりから、一気に除去率が高まる。そこまで生地や縫製が耐えられるかどうかで、使用可になるか廃棄処分になるかが決まる。

・海洋汚染を引き起こすマイクロプラスティックを排出しないよう、フリースを封印していたが、試しに引っ張り出して洗ってみた。メーカーによって素材が異なるので一概には言えないが(筆者の手持ちは、FarfieldとColumbia。Farfieldは静電気が起こりにくい)、化繊であるにもかかわらず、除去しやすい感がある。フリースを復活させて、これ以上の洗濯はせず、汚れたら水拭きする方法で着用することも考えている。

・室内汚染状態では、洗濯しても、干している間に、移香する。併行して室内汚染の見直しが必要。VOC対応の空気清浄機を稼働する。ネットには「水式」という、費用を抑えた自作の室内汚染軽減装置の情報もある。

・クローゼットや衣類収納の引き出しにも、移香物質は入り込む。無臭の衣類を保管しているはずが、3次移香する。
そこで、クローゼットの扉と、衣類収納の扉に、備長炭シートをマスキングテープ(ゆかり)で貼り、クローゼット前には、ルネキャットを吹き付けたマルチカバーを吊るしてみた。作業し終えたばかりなので、まだ結果はわからない。
ルネキャットは、Tosibaの製品で、酸化タングステンを含む消臭剤だ。光触媒の作用で消臭すると言われている。以前、プチリフォームでキシレンに暴露したとき、使ったことがある。ただし、その時は、空気清浄機や備長炭やゼオライトを併用したので、ルネキャットがどれだけ効いたのかはわからない。
筆者は、日用品へのナノテクノロジー利用には慎重を期すべきだとおもっている。そのため、ルネキャットの使用には忸怩たるものがあるが、室内汚染を減らさなけければ、衣類全滅の恐れがある。人体へのリスクは非常に低い製品のようだが、噴霧するため、作業時にはマスクとゴーグルを装着した。

移香したら、できるだけ早急に除去しよう。そして来季にそなえよう。

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