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なぜシャアはガルマを殺したのか?=>坊やだからさ。

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「諸君が愛したガルマは死んだ!何故だ?」
「坊やだからさ」

ガンダムの中でも屈指の名シーンなので、これを見たことがない人はこんなブログを読んでいる時間があったらすぐさまAmazonプライムかなんかで見てください。見ないと今日の話は読んでも意味ないので。
で、「ガルマが死んだのは(シャアに殺されたのは)、坊やだから」と言い放ったシャアですが、最近、坊やはシャアの方では?という疑念が僕の中で消えない。
ので、今日はそれについて書いてみます。
あー、今回は変革プロジェクトとかシステムを作らせる技術とか関係ないです。最近そういうのばかり書いてて飽きたんで。


まずシャアがガルマを陥れ、死に追いやった理由としては、一般的に「父親が作ったジオン公国を、正当な後継者である自分から奪ったザビ家に復習するため」ということになっている。
実際に物語のクライマックスでは、可愛がってくれていたガルマの姉キシリアも殺している。総帥であるガルマの兄ギレンはシャアより先にキシリアが殺してしまったが、シャアの本音としては自分で殺したかったことだろう。
若き日のシャアの生きがいがザビ家への復讐であったことには僕も特に異論がない。

で問題提起したいのは、ザビ家への復讐というゴールに対して、まずガルマを殺すというプロセスは最適だったのか?ということだ。
それを短期中期長期に分けて、少し整理してみよう。


★短期的なガルマの使いみち:出世

ガルマは死ぬ一瞬前まで、シャアのことを親友だと信じていた。ジオン公国を牛耳る王家の御曹司という親友は、素性を隠してジオン軍のなかでのし上がろうとするシャアにとっては、大事な出世の手段だったはずだ。
民主国家ならいざしらず、君主制国家では君主に近い人(親戚や友人など)が軍の要職を占めるのは常だからだ。

特にガルマみたいに「お坊ちゃまだと周りから軽んじられているが、それを見返したいと思っている人」は頭の切れる参謀を必要としており、旧知のシャアを頼りにしたのは自然な流れだ。だからこそ付け入る隙があるし、ガルマが今後もシャアを引き立て続けることは期待できた。

だが坊やであるシャアは、ガルマを殺してしまった。そしてガルマを救えなかった責任を問われ、しばらく左遷された。当然の報いだろう。


★中期的なガルマの使いみち:ザビ家接近
公私ともに付き合いの深い御曹司がいれば、シャアはもっとザビ家に親密になれる。ザビ家の個人コンサルタントみたいな役割になったり、家族パーティ的な場に招かれたり。そうなれば1人ずつ暗殺するなんてたやすいことだ。
なのにシャアは最も有効な切り札を殺してしまった。坊やだから。


★長期的なガルマの使いみち:禅譲
シャアだけでなく、もちろんガルマだって甘やかされた御曹司だ。だとしたら、じっくり洗脳していけば、シャアの意のままに操ることもできたんじゃないか。
例えば他のザビ家が全員戦死した後に、「もともとジオン・ダイクンが作った公国なので、その御曹司であるキャスバル・ダイクンが統治すべき」とかガルマが言い出す世界線もあったと思うんですよ。
シャアさえ坊やでなければ。


ということで、坊やだったのはガルマではなくむしろシャアだったし、ガルマを早々に殺してしまったのは若さゆえの過ちだった、というのが今日の結論です。


*************参考過去記事

足なんて飾りですよ、あるいは業務改革はロックンロール

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