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あるいはファシリテーションが得意なコンサルタントによるノウハウとか失敗とか教訓とか

コンサルティング会社はどうやって方法論を叩き込んでいるのか?あるいは輪読会のススメ

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新刊「システムを作らせる技術」の発売前ではあるが、ウチの会社では早速この本の輪読会が始まった。ゲラのPDFファイルを使って。
「これからプロジェクトを始める仲間と、白川さんの本の輪読会をやっています。本を読みながら"では今回のプロジェクトではどうしたい?"と議論するのがいいんですよ」という話を何度か聞いたこともある。著者冥利に尽きる。
本の最後にも「この本を使って輪読会をやるとよいよ」と書いた。

ウチの会社での輪読会のやり方をこのブログで紹介したい。


★呼び方はゼミ
もともとこの形式は、僕が大学で参加していたゼミの形式をまるっと真似したものなので、輪読会ではなく"ゼミ"と呼んでいる。例えば「業務改革の教科書」は社内で南極本と呼ばれているので、その輪読会は"南極ゼミ"だ。
他の大学についてはよく知らないが、僕の母校ではゼミをことさら重んじていた。もちろん必修。ゼミで卒論を書かなければ卒業できず、大学での学問(≠勉強)の8割はゼミが担っていると言って良い。どのゼミに属していたか?というのが学生のアイデンティティの大きな割合も占めている。

決して派手な学習法ではないが、おそらく100年くらい前から同じ形式で運営されているのだから、本質的な能力を向上させるのにかなり有効なのだと思う。少なくとも僕自身は、ゼミで鍛えてもらったことが今の能力の基盤になったことに、確信がある。
僕が一番有効だと思う教育方法なのだから、自分の会社でもやることにしたのは、ごく自然なことだった。


★具体的な進め方

・1回2~3時間のゼミで、本の3章程度を読んでいく
・参加者は当然、該当章を事前に熟読してくる
・1章ずつ担当者を決め、レジュメ(要約メモ)を書いてくる
・レジュメの内容は以下のとおり。
 ・その章の要約
 ・あのプロジェクトではこんな感じでした(または、だったらしい)
 ・具体的な成果物サンプル
 ・質問(作者やベテランに聞きたいこと)
 ・議論したいこと
・レジュメを軽くプレゼンする
・議論する

これを、できれば毎週、忙しいようなら2週に1回のペースでやっていく。「金曜の午前中」みたいに固定枠を設けた方がみんな参加しやすいみたいだ。
(当たり前だけど、全てオンライン開催です)


★参加者

A)先生役
僕の本が題材のゼミはなるべく僕自身が参加するので、「著者としての正解」みたいなものを提供できる。だがウチの会社以外でやるなら著者は参加しないだろうから、その場合は先生というよりもファシリテーターみたいな感じかな。
僕が大学で参加していたゼミでは、アメリカの本を読んでいたし、先生も若かったので、「一緒に勉強する先輩」みたいな雰囲気だった。

B)ゲストスピーカー
いくら著者といえども毎回同じ人が先生役をつとめると偏るし飽きるので、日替わりのゲストスピーカーも呼びます。その週で扱うテーマの経験が豊富そうなベテランコンサルタントを幹事がアサインする。
「オレはこの辺を気をつけている」「前のプロジェクトでこうやって失敗した」みたいな生々しい話を聞けるので、僕も結構勉強になる。

C)幹事
スケジュールやゲストのアレンジですね。先生はめんどくさがりなので。

D)メンバー
毎回だいたい10人くらい。うちの大学のゼミもそれくらいだった。あまりに少ないと多様な意見が聞けないし、あまりに多いと「聞いてるだけ」が発生して、それはゼミではなくYoutubeの視聴と同じになってしまう。


★何を議論するのか?
単純に「ここがピンとこなかったんだけど、どう解釈すればいいんだろう?」とか「これってウチの会社でいうと、どういうことだろう?」という疑問があれば、まずはそれを議論して解消する。

そして担当者が紹介した事例やサンプル資料への質疑応答。

その章の当番が用意してきた論点も議論する。
例えば「〇〇すればうまくいく、と本にはあるが、実際にはうまく行かないケースが多い。何が成否を分けるのか?」とか「以前のわたしの失敗事例を共有するのでアドバイスが欲しい」とかですね。

あと、著者が先生役をつとめる特典としては、「本は一般向けなのでこう書いたけど、コンサルタントとしてはもう一歩踏み込んでこれも知っておいて」みたいなレクチャーをすることも多い。
要は実際のプロジェクトでどうしたか、どうするかを議論する訳です。


★参加者の負荷
毎回出たい人が出るのではなく、通しでの参加が求められる。「プロジェクトが忙しいので欠席します」という優先順位を勘違いしている人は、参加しなくていい。
(と、いま掘り起こした、ゼミの募集メールに明記してあった。社員の成長より優先すべき仕事ってウチの会社にはないので)

通しでの参加、と軽く言うけど、「業務改革の教科書」も「システムを作らせる技術」もAからZまで26章あるので、6,7回の長丁場。全部出るのは結構苦労しているみたいだ。

そもそも、ゼミは「行けば講師が教えてくれる」というお手軽トレーニングではない。読み込みや準備が必要だ。章によって副読本を指定する時もある。
でも、それをやる価値がある。


★経験不足の参加者の場合
「本で書いてあるフェーズは未経験なので、当番になってもレジュメが書けません」みたいな人がよくいるが、先生役(つまり僕)に怒られます。
経験がないなら、知っている人に取材しろ、と。

例えば「業務改革の教科書」はプロジェクトの立ち上げ方の本なので、いま自分が所属しているプロジェクトについて、そのタイミングにはまだ自分が参加していなかったとしても、取材ができる。
・どう立ち上がったのか
・プロジェクトゴールはどうやって決まったのか
・立上げ期に本当はやっておくべきだったのを後悔していることは何か?
などを一緒にプロジェクトをやっているひと(同僚やお客さん)に聞きまくればいい。

そもそも、ゼミ以前に、それを知らずしてキミは今のプロジェクトで働いていたのかね?
経験を補填して学ぶ方法なんていくらでもある。


★いったいゼミの何が良いのか?

読書力(いわゆる読解力とはちょっと違う概念)がよほど高くない限り、一人で黙々と本を読んでいても、本から知恵を充分引き出し、実戦で活かすことはできない。

・自分はこう理解した
・自分はここを疑問に感じた
・自分のプロジェクトに当てはめると、こういう事例があった
・以前自分がこうやったのは、この本の方法論からはこう解釈できる
などなど、自分に引き寄せて考え、他人に伝えることで、始めて深く理解できる。
理解できるだけでなく、他人に説明できるようになるし、いざ「それを発揮しなければならない時」に、適切に方法論を使えるようになる。

ゼミという場をわざわざ作り、他の人と議論することの意味はここにある。

もう少し抽象的に言うと、ゼミでは「具体と抽象の往復運動」をしている。

つまり、
本⇒「〇〇の時には××せよ」⇒抽象
現実⇒「それってウチのプロジェクトでいうと、こういうこと?」⇒具体

現実⇒「ウチのプロジェクトでうまく行かなかったアレはどうすればよかったのか?」⇒具体
本⇒「S章のこの方法論の通りにやってみたらどうなるだろう?」⇒抽象
みたいな往復運動だ。

僕が「知能が高いなぁ」と思う人は、この往復が速く、振り幅が大きい
この往復をやることでしか、本で読んだ知識は現場で使える知識に変換できない。これは僕が大学で身につけたことで一番役に立った能力だ。
そして実はこの具体と抽象の往復こそが、知的な仕事をする上で圧倒的に重要な「コンセプチュアルスキル」を鍛える唯一の方法でもある。(これについては「リーダーが育つ 変革プロジェクトの教科書」に書いた。長くなったので今日は割愛)

おまけとして、さっき「読書力が高くない限り」と書いたけど、そもそも読書力を高める一番手っ取り早い方法はゼミだったりする・・。


★同僚とゼミをやることの意味
特におすすめなのは、これからプロジェクトをやる仲間と、そのプロジェクトにフィットした本のゼミをやることだ。例えばアジャイルでプロジェクトをやると決めたなら「アジャイルザムライ」を皆で読むとか。

冒頭で紹介した「白川さんの本を皆で読んでいます」というのも、こういうタイミングらしい。
プロジェクト準備期間中なら、毎日ゼミを開いてもいいかもしれない。

プロジェクトに参加したことがある人は全員頷いてくれると思うが、いろいろな部門からメンバーが集められたプロジェクト(混成部隊)で一番やっかいなのは、進め方の認識が合わないことだ。
・何から着手するか。
・何は目をつぶるか。
・どういう成果物をつくるか。
・品質をどのくらい高めるか。
こういうことがいちいち食い違っている。
そしてそれを議論しようにも、各々の"常識"が共有できていないので、議論の土台がそろっていない。

でも、信頼できる本を1冊でも全員で読み合わせておくと、
「ほら、あの本に書いたあった、アレを作ろう」
「今回は小さなプロジェクトなので、あの本ほどかっちりじゃなくていいんじゃない?」
みたいに、コミュニケーションの土台を手にすることができる。

これはプロジェクトの生産性を大きく引き上げる。特に致命的に重要な立上げ期の生産性を。

はっきり言って、僕が本を書いているのは(世のため人のためというよりは)このためだ。プロジェクトを立上げる時に、同僚にいちいち説明するのは面倒くさい。自分の本を同僚が読んでいれば、説明をかなり省ける。ゼミに参加した社員ならば、説明はいらなくなる。素晴らしい。

あなたのチームでも同じことは起こる。


★まとめ
ということで、途中ちょっとくどくなってしまったが、皆で一つの本を読むゼミには、すごくたくさんのメリットがある。

・本を深く理解できる
・本で得た知識を実戦で活かしやすくなる
・抽象的な思考力がつく
・読書力がつく
・同僚とのコミュニケーション基盤ができる
などなど。おすすめです。別に僕の本じゃなくてもいいので。

※ゼミの効用については、以前別の記事でも書いたことがある。

真の文系が叩きこまれている本の熟読法、あるいはビジネス書を仕事に活かす方法論めいたもの

*********新刊「システムを作らせる技術」情報
ようやく装丁(表紙)とサブタイトルが決まりました。
この本は「自分はエンジニアではないけれども、システムを作る必要がある人」に届きさえすれば手にとってもらえると思うので、タイトルの視認性を重視して注文出しました。
まだアマゾンに反映されてないみたいだけど。
https://amzn.to/3jAzzBm

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