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なぜアーティストに「最高傑作はどれ?」と聞くとムッとされるのか?あるいは受け手と作り手の論理

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前回のブログを怒りに任せて書いたので、今回はわりとどうでもいい話。

娘がiTunesに入れたBackNumberのアルバムが偶然とアブラカタブラな力でなぜか僕のiPhoneに入っていたことから、かなり熱心なBackNumberファンになった。
どちらかと言えば若い人が聞くバンドだと思うが、こうして新しい音楽に触れる機会があるのは、子供を持つ特典の一つだろう。(あいみょんもかなり好きなのだが、同じ様な経緯から、おじさんとしては早くから聞いていた)

さて、BackNumberに「ロンリネス」という曲がある。
神様にインタビューという不思議な設定の歌詞なのだが、それは本題と関係ないので置いておく。
歌詞にこんなフレーズがある。

待望の新作のお話のその前に
ぶちまけた話最高傑作はどこのどいつですか?
失礼いたしました
気をとり直しまして

これは失礼なインタビュアーが作家やアーティストにぶつけて、ムッとされる定番の質問ですね。
昔は作り手に「最高傑作は?」と聞いても、なぜまともな答えが返ってこないのか分からなかった。こういう質問に答えてくれないから、アーティストへのインタビューって大抵つまらないですよね。大学生のころを最後に、その手のインタビューが載っている雑誌を一切読まなくなってしまった。

だが自分で本を5冊書いた結果、なぜ作り手に自分の作品の評価を聞いてもまともな答えが返ってこないのか、分かった気がする。
今日はそれを書いてみたい。


まず大前提として。
作り手がどう思っているかは別として、作品の受け手としては当然、あるアーティストの作品が一様に好きという訳ではないだろう。
僕の場合、BackNumberのアルバムでは圧倒的に「ラブストーリー」が好きだ。というかこれは邦楽史に残る傑作だと思う。
Beatlesだと「Rubber soul」だし、
jazz歌手のakikoだと「What's jazz」だし、
ドリカムなら「LOVE UNLIMITED ∞」だ。

好きな作家でも、全ての著作を一様に好きな訳ではない。
司馬遼太郎の長編はほぼ全部読んだが、やはり「坂の上の雲」だろうか。
サイモン・シンだと、有名なのは「フェルマーの最終定理」だが、僕は「暗号解読」の方が好きだ。
宮崎駿だと漫画版「風の谷のナウシカ」だ。

https://blogs.itmedia.co.jp/magic/2015/08/post_9.html


村上春樹だと「ノルウェイの森」と「国境の南」と「1Q84」で悩んだ挙げ句に「世界の終わり」なんだと思う。
逆に、好きじゃないものも当然ある。作品は受け手との相性しだいなので、絶対的に良い/悪い、という話ではなく、単にnot for meというだけなのだが。

村上春樹でダントツのnot for meは「アフターダーク」だ。
村上春樹は「アフターダーク」が世間で酷評されていることに対して、不満げに「ヨーロッパではHotな反応があるのに」みたいなことをインタビューに答えていた。だが読者としては知ったこっちゃない。「オレの時間を返せ」でしかない。(そしてやっぱり作家へのインタビューはつまらないなぁ、という感想だけが残った)


ここまではあくまで受け手目線の話。
作り手目線で言えば、僕は自分で本を何冊か書くまでは、インタビューで「ぶっちゃけどれが最高傑作ですか?」と聞かれたアーティストや作家が「選べません」とか「常に最新作が最高傑作です」と答えるのを読んで、「またまた~」と思っていた。
BackNumberだって村上春樹だって実は「最新作じゃなくて、過去のこれが最高傑作だな」と思っているのに、新作がリリースされた直後にそんなこと言えないだけでしょう?と。

だが、多分そうではない。
ほとんどの作り手は、自分の作品の優劣を比べられない。

作品に真摯に向き合えば向き合うほど、以下のことが起こるのだ。
A)毎回違ったテーマにチャレンジするので、比較できない(比べる軸がない)
B)毎回その時の自分にしか作れない作品なので、比較できない(比べる軸がない)
全然ピンとこないだろうから、白川の本を例にして説明しよう。


1冊目の本「プロジェクトファシリテーション」およびその改訂版の「反常識の業務改革ドキュメント」が、未だに一番好きだという人は結構いる。
自分でも、単純に読み物としてはこれが一番面白いと思う。だからいまでもたまに自分で読んでしまう(そして一気に読み通してしまう)。他の本は「仕事で使うので一部に目を通す」という感じなのに。

初めてなのに一番おもしろいものが書けたのは、僕の人生で起きた、数少ない奇跡だ。そもそもお客さんと一緒に書くことになったのも奇跡的だし。

だが、もちろん不足点はいっぱいある。例えば僕の他の本ほどは役に立たない。物語なので当たり前だが。
この本に「本書に出てくるいくつかの方法論をやってみたいが、あまりやり方が書いていない。方法論の詳細な解説も本にして欲しい」という感想が寄せられた。ずっと気になっていたが、10年以上たって「システムを作らせる技術」を書いたことで、ようやく宿題に応えることができた。

なんにせよ、10年前の勢いとか若さがあって書けた本だ。今はプロジェクトに対する理解も深まったし、文章力も上がったはずだが、今ではもうこの本は書けない。どうしてもクドくなってしまう。
粗さも自分で分かるからこそ「これが最高傑作か?」と質問されても、答えに窮する。


僕の本でいまのところ一番売れているのは2冊目の「業務改革の教科書」だ。これをみっちり読み込んでくれる人がたくさんいる。それは作者冥利に尽きるのだが、でもこの本にも大きな欠点がある。
プロジェクトゴールやコンセプトの作り方をきちんと説明できていないのだ。
この本はプロジェクトの立ち上げ方の教科書なのだから、これは致命傷だ。


なにも出し惜しみした訳ではなく、この時はまだ書けなかった。
まだコンサルタントとしての能力や経験が不足していた。自分で幾分はやれていたとしても、本で他の人に理解してもらえる程は、ノウハウを言語化しきれていなかった。
だからあの時書ききれなかったことを、4冊目の「リーダーが育つ 変革プロジェクトの教科書」で結構みっちり書いた。この時にはコンセプトづくりの経験もかなり積み、人に教えられるようになっていたからだ。


2冊目も4冊目も、その時なりにベストを尽くした。
かといって4冊目があれば2冊目が不要かというと、そんなこともない。Scopeも切り口も違うので、得られるノウハウがかなり違う。
だから「これが最高傑作か?」と質問されても、答えに窮する。


3冊目の「会社のITはエンジニアに任せるな!」も、他の本とは全然切り口が違う本だ。他は自分が知っているノウハウを詰め込んだ「教科書」なのに比べ、この本だけは「経営にとってITとは何なのか?」「経営者はITとどう向き合えばいいのか?」という、そもそも論を書いた本だ。

本質を書いた本なので、実は「ぶっ刺さった人」が一番多いのがこの本だ。一番売れている訳ではないのに。
切り口があまりに違うので「これが最高傑作か?」と質問されても、答えに窮する。


長くなってきたのでもうやめるが、もちろん最新作「システムを作らせる技術」も違うテーマなので、他と比べられない。新しい本なので、願わくばこの本こそがJust for youだったら良いのだけれども。



実は次の6冊目に書く本もおおよそ決めているが、これまでで一番切り口が違う本になる予定だ。だから6冊目が出たとしても、やはり他とは比べられない。

つまり結論はこうだ。
受け手は「自分にとって」どれが一番好きか?、あるいはどれがクソか?を自由に決める権利がある。公言してもいいと思う。
だが作り手に「あなたにとって最高傑作は?」と聞かれても、答えられない。
それは別に、最新作を売らないといけない、という商売の事情だけではない。
本当に答えられないのだ。
なぜなら、毎回別のチャレンジをしているから比べられないし、毎回、その時の自分にしか作れないものになっているのだから。
作り手にとって、世の中に受け入れられるか(≒売れるか?)は結果論でしかない。それと自分の思い入れはリンクしない人が多いんじゃないかなぁ。

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