システム構築におけるイノベーションのジレンマ、あるいは大手SIerの終わりの始まり
あまりに話題になっていたので「両利きの経営」という本を読んでいる。
雑にまとめると
「企業がイノベーションを起こしながら時代を超えて存続するためには、既存ビジネスを深化させることと、新規ビジネスを探索すること、この2つを両立させる必要がある。だが自然にはできないことなので、経営の強いリーダーシップが必要」
という内容だ。
だがこの本を読んでいる間ずっと、僕の頭を占めていたのは「イノベーションのジレンマ」は素晴らしい本だったなぁ・・。どの辺が素晴らしいかというと・・みたいなことだ。そればかり考えてあまり読書に集中できない。デートの最中に元カノの顔がチラつく的な?
もしかしたら比べる相手が悪いのかもしれない。「イノベーションのジレンマ」は僕が自分で選定した「人生の50冊」に入っている、ものすごく好きな本だから。素晴らしさについて語り始めるととたんにキモくなると思うので、それは割愛する。
ちなみに、これら50冊の何がどう素晴らしいかと、自分の人生に絡めて軽いエッセイを50本書いたことがある。そのうちこのブログにでもアップしようかなぁ、と思っていたのだが、本にかこつけた自分語りの文章なんて需要がなさそうなので、とりあえずハードディスクに眠ったまま・・。
そしてこの後の話の前提とするために「イノベーションのジレンマ」の要約も書き始めたのだが、これまた長くキモくなってしまったので、一回全部捨てた。
それよりも以下の文章を最後まで読めば、「イノベーションのジレンマ」でクリステンセンが書いていることをおおよそ理解できるように書くことにしよう。
*******
さて、ここまでは長い前置き。
こないだ同僚と議論していて、身近な業界の「イノベーションのジレンマ」に初めて気づいた。今から考えるとものすごく当たり前なので、きっと誰かがとっくに言っているだろう。だが僕はいまさら気づいたことなので、記録として書いておきたい。こんな話だ。
・20年前は大手SIerしか手出しできなかったようなシステム構築を、今は別のプレイヤーがやっている
・別のプレイヤーとは、小規模のITエンジニア集団の時もあれば、内製チームの時もある
・なぜそれが可能となったかといえば、クラウドによってシステム構築のハードルが下がったから
・例えば「柔軟にスケールするインフラ」を用意するのは、結構難易度が高かった。それができる人が社内にいなければ外注するしかないし、ある程度大手じゃないと任せるのが不安だった
・でも例えばAWSに詳しい人が社内に1人いるとか、ピンポイントのアドバイザリー契約で助けて貰えば、大手SIerに丸抱えしてもらわずともシステム構築はできる。
・今話題のノーコードツール(kintone的な)もこの流れの一貫だろう
・これは典型的なイノベーションのジレンマなのではないか
10年くらい前に某SIerでインフラ系の仕事をしている友人とクラウド(分類としてはIaaSかな?)について、飲みながら議論していた時のこと。
彼は「クラウドが流行ってると言ってもさあ、試算すると結局高くつくんだよね。俺は顧客には進められないなぁ」と語っていた。
「イノベーションのジレンマ」を読んだ人は分かると思うのだけれども、これは典型的な、破壊的イノベーションを迎える側が、新しい技術を侮ってしまう構図だ。
サービスや商品の提供側(この場合は某SIer)にとっても、顧客側にとっても、価格はソリューション選定で最重要の指標だ。その重要な指標で既存技術(この場合はオンプレミス型のインフラ)に劣っているのだから、クラウドなんて採用できない。
こうして破壊的イノベーションの本当の実力を見誤り、取り組むのが遅れてしまう。
だが、彼らが相手をしている顧客とは別の顧客が、別の用途でこの破壊的イノベーションを活用しだす。例えば、
・彼らは普段、大企業を相手にしているのだが、別の顧客とはベンチャーだったりする
・彼らは普段、基幹システムを作っているが、別の用途とは新規事業用のアプリだったりする
なぜならベンチャーや新規事業用のアプリでは、大規模システムで重要となる「データ処理件数あたりの価格」なんかよりも、重視する指標があるからだ。
例えば、
「小さい金額でスタートできること」
「サービスが軌道に乗った時に、スケールしやすいこと」
「保守運用に専門家を貼り付けなくてもすむこと」
などだ。
こうして破壊的イノベーションは徐々に浸透していく。
浸透するにつれ、技術が洗練されたりスケールメリットが出たりして、元々は既存技術にかなわなかった「データ処理件数あたりの価格」も、既存技術を追い抜いてしまう。
価格だけじゃない。元々クラウドはセキュリティ的に心配、というのが大企業の見解だった。だが今では、中途半端なエンジニアが設定している自社サーバーの方がずっと危険とみなされている。これも、顧客が重視するポイントで、破壊的イノベーションが既存技術を追い抜いてしまった例だろう。
こうして、当初は破壊的イノベーションを使っていなかった大企業における基幹システムでも、採用されるようになっていく。
だがそれに気づいてから、慌てて破壊的イノベーションに取り組んでも、もう遅い。侮っている間に、破壊的イノベーションにずっとうまく適用した新しいプレイヤーが、新しい市場を作ってしまっている。旧態依然とした某SIerにはもう付け入る隙がない。
具体的には、先に書いたように、昔は某SIerみたいな会社に頼むのが当たり前だったシステム構築も、内製でやる企業が増えてきたし、それを手助けするフットワークの良い技術コンサルタントみたいな人たちも増えた。
今はDXブームみたいなものでビジネス全体のパイが大きくなっていて気づきにくいが、某SIerみたいなプレイヤーの存在感は随分と薄くなった。昔は世界の半分以上を手にしていたのにね。
ということで、大好きな「イノベーションのジレンマ」が明らかにした、業界構造を変えるストーリーが、こんなにも自分の身近な業界で起きていた。それがイノベーションのジレンマ的な現象だと肌感覚はあったものの、きちんと言語化できてなかったのは、なんとも迂闊なことだなぁ、という話でした。
*********新刊「システムを作らせる技術」情報
初稿ゲラを編集さんに渡してから、待ちの状態。僕から見える進捗はありません・・。書き終わってから出版まで半年は流石にかかりすぎでしょ・・。