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クリエイティビティとモチベーションの深い関係、あるいはアイドリング思考について

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先日、「クリエイティビティとは脱思考停止のことである」について書いた。その続編。
以前あるコラムニストが
「才能の枯渇などない。あるのはモチベーションの枯渇だけである」
と書いていた。
慧眼だと思う。だが、才能とモチベーションの関係については少し解説が必要だろう。

本であれ芸術作品であれ「作品としてのプロジェクト」であれ、なにかをクリエイトする作業とは、作品を素晴らしいものにする方法をずーっと考え続けることである。

例えば僕は本を書くとき、文章化する作業は半年程度で終わるのだが、その前に1年間くらいずっと「どんな本にするか」「コンテンツとしてどんな方法論、エピソード、比喩、図表を詰め込むか」ということを考え続ける期間がある。
考え続ける、というのは比喩ではなくて、仕事の打ち合わせをしていても、自転車に乗っていても、書く本とは関係ない内容の本を読んでいるときも、電車の広告を眺めているときも、脳みその10%くらいは本について考えている。
すると、「あ、いまお客さんがおっしゃったことを本のあのパートに書こう」「あ、彼らがいまやっていることって、本当はあの章に書くべきなのに、忘れてた。後で書こう」とひらめきがやってくる。

「目の間に展開されている何気ない光景」×「本で書きたいテーマ」
⇒「本にこういうコンテンツを入れよう」

という感じだ。


これについてもう少し丁寧に、比較的ささいな具体例で説明してみよう。
ある時、英会話のGABAの広告で
「GABAの教室はLS(Learning Studio)と呼んでいます。中身が違うから名前が違うのです」
という(ような感じの)コピーがあった。

僕はその時「お客さんのプロジェクトに僕らの方法論を持ち込む時の機微」について本に書こうと思っていた。だから「ああ、僕らが要件定義をやるフェーズをScopeフェーズと呼ぶことにこだわるのは、中身が違うからだ。別なことをやっているのに使い古された名前を使わないほうがいい」ということに気づいた。

結局この話は実際に本を書くときにはボツにしたのだが(読者にとって価値が低いから)、それは結果論。本を書くことの本質はPCをパチパチ入力することではなく、この手のコンテンツを500個とか1000個とか集めることなのだ。大量に集め、分かりやすく編集し、価値が低かったり流れに乗らないコンテンツは大量に捨てる。
そうしないと良質な本にはならない。結論を水で薄めて200ページにふやかしたような本になる。

良い本を書くためにはコンテンツを大量に集める必要がある。
そのためには生活しながら常にそれを意識し続ける必要がある。そうしないと、先に説明した「あ、これって今書いているこの話と関係があるんじゃない?」に気づけないから。
僕はこういう頭の使い方を「アイドリング思考」と呼んでいる。低回転で良いから、エンジンを止めずにずっと回転し続けるイメージだ。
多くの(仕事ができる)ビジネスマンが「お風呂の中でアイディアを思いつく」と証言しているが、これもお風呂に特別な仕掛けがあるというよりも、とにかくずっと思考を止めずに考えているので何かのきっかけで他の要素とテーマが結合してひらめきにつながるからだろう。
僕の1冊目の本「反常識の業務改革ドキュメント」で共著者の関さんが通勤電車の中でプロジェクトの危機を救うアイディアを思いつくシーンがある。これももちろん、当時この危機が関さんの圧倒的な関心事で、ずーっと考えていたからこそ起きたことだ。


そしてようやくモチベーションの話に戻るのだが、この、「常にあるテーマについて脳みその10%程度で考え続ける」というのは、とても疲れる(ずっとアイドリングしていたらガソリンが消費される)。それでも考えることをやめないのは、大きなモチベーションに支えられているからだ。
プロジェクトをなんとかしたい、大事なことを本を通じて伝えたい、ちょっとでもいい会社にしたい・・。そういうモチベーションがないとアイドリング思考は続けられない

だから僕は冒頭に挙げた
「才能の枯渇などない。あるのはモチベーションの枯渇だけである」
に深くうなずく。
元々才能があるんじゃない。モチベーションが高くてずっと考えているからいろんなものとつながってアイディアが出てくるだけだ。他人からは「才能溢れた人が次々とアイディアを生み出す様子」に見えるかもしれない。でも当事者としては、単にガソリンを大量投入してずっとエンジン回しているだけの話なのだ。

クリエイティブな仕事には給与や地位のような外部報酬(インセンティブ)はあまり役にたたない。大事なのは内発的動機(モチベーション)だ、とも良く言われる。これもこの「アイドリング思考にはモチベーションという燃料が必要」という話で説明できる。
経済的見返りが全くないとモチベーションは破壊されるが、普通の人はちょっとした人参をぶら下げられたくらいでは「ずっとあるテーマについて考える」は続けられない。やったことがない人には分からないかもしれないが、それくらいシンドイことなのだ。自分自身の願望として心から求めていて、ようやく考え続けられる。
(お金目当てでブログ記事を大量生産している人もたまにいるが、あれはあれで化け物じみている。真似したいとは思わないけど)

僕自身がクリエイティビティを発揮するのはトレーニングや本を作ることなので、この記事ではそれを例に説明したが、おそらく映画だろうが、会社の制度だろうが、何かを作ることにかけては同じはずだ。僕の今のメインの関心は会社をもっと良くすることなので、サイクリング中や読書中によくちょっとしたことを思いつく。
クリエイティブな仕事をしたいと思ったら、まずは心からやりたいことを見出すしかないんじゃないかなぁ。

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