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あるいはファシリテーションが得意なコンサルタントによるノウハウとか失敗とか教訓とか

1冊の本が書き上がるまでの波乱万丈、あるいはなぜ2倍の厚さになったのか?

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実務家(変革プロジェクトの成功請負人)として普段仕事をしている僕にとって、本を1冊書くというのは、
・自分がやっている暗黙的なノウハウを棚卸し、他人に教えられるようにすること
・やってきた仕事を整理し、自分や会社や社会にとっての意味を考え直すこと
・あんな話、こんな体験を、1つの文脈でつなぎ合わせること
みたいな営みである。

経営者が期末に決算をまとめるのと同じように、それまで自分がやったことと考えたことが問われる。前回本を出した時以降のエピソードの充実度合いはP/Lっぽいし、これまでのキャリア全体の成果が問われるという意味ではB/Sっぽい。

【構想期:2016年4月~】
12/17に発売になる「リーダーが育つ 変革プロジェクトの教科書」を最初に構想したのは、2年半前のことだ。
3冊目の本(会社のITはエンジニアに任せるな!)を出したのが2015年12月。出してしばらくは宣伝のための記事を書いたり、講演したり、忙しくしていた。半年くらいたったあと、文章を書くのに興味がある会社のメンバーを集めて、「コンテンツ生み出し合宿」を伊豆の温泉旅館で開いた。いま、僕らが社外の人々に教えてあげたいこと、教えたら世の中が良くなるようなナレッジってなんだろうか?を議論するために。

その時に「これは絶対に出すべき」と皆の意見が一致し、僕が執筆担当になったのが「人材を育成しながらプロジェクトを成功させる、育成型プロジェクトの本」だった。
育成型プロジェクトは、ウチの会社で10年前からやっているプロジェクトの形式である。コンサルタントを5人も6人も投入するのではなく少人数でお客さんを訪問し、僕らの変革プロジェクトの方法論を社員の皆さんに教え込み、その方々が中心となって成功させる。
もちろん変革プロジェクトは難しいものなので、最初に理屈を教えただけではどうにもならない。座学をやるだけでなく、プロジェクトの推進力がつくように、様々な仕掛けを作り込んでいく。普段から僕らがやっていることなので、事例も豊富にあるし、やり方も分かっているし、その割に他にやっている人たちもいないから新規性もある。これはいい本になりそうだ!


【倦怠期:2016年7月~
だが、温泉での合宿で1回盛り上がったくらいで本が書けたら世話はない。その後、実際に本を書き始めるまでに1年半ほどかかった。理由は、僕のやる気が出なかったからだ。
声を大にしていいたいのだが、本を書くのって、めちゃくちゃめんどくさい。その辺の本から内容引っ張ってきてツギハギするような本ならいざしらず、誰も書いていないようなこと、自分もまだうまく言語化しきれていないことを紡ぎ出すのは本当にシンドイのだ。なので、やる気がその面倒くささを超えなければ、書き始められない。誰かに命令されてやる仕事じゃないから。

執筆のやる気がでない間も、もちろんお客さんとのプロジェクトは普段どおり一生懸命やっていたのだが、僕の「クリエイティブマインド」はそれとは別に存在しているので、本から逃避して他の物をほそぼそと作っていた。例えば、
・前から不足を感じていた方法論についての社内トレーニングを勝手に改定した
・プロジェクトの立ち上げに関する社内トレーニングを作った
オフィスとして「ファシリテーターの殿堂」を作った
・オフィスの壁面に書くために、13のカルチャーワードの解釈を作文し直した


みたいな、まあ、会社のための些細な書き物だ。村上春樹は長編と長編の合間に短編やエッセイを書いて物書きとしての実験をしたり、モチベーションが湧き上がるのを待つ、みたいなことを言っている。それに似ているといえば似ているが、僕の場合はもう少しダイレクトに「逃避」ですね。

とは言っても、この期間中も新しい本に向けたアンテナは立てておいた。プロジェクトや読書中に「あっこれは新しい本に書いたほうがいいかも」というネタは拾い続け、スマホのメモ帳にためていく。同僚やお客さんの些細な一言だったり、自分が大事にしている価値観に気づいたり、1つ1つは本当にかけらみたいなこと。これは本を書く際に1つの章やコラムになることもあるし、2行だけ書くときもある。もちろんボツになるネタも多い。だが、こういうネタを500くらいは積み重ねないと、読み応えのある本にはならない。

皆さんも、例えば「部下の育成で気をつけるべき10のこと」みたいなのをひたすら水で薄めて1冊の本にしたようなのを読んだことありませんか?あれは圧倒的にネタにするエピソードや読者に伝えたいことが不足しているからつまらないのだ。僕はそういう本を書きたくないから、ひたすらネタを集め、いざ書く段になったらそれを文章に投入する。


【始動:2018年3月~】
今年1月に無事オフィスが完成し、「良いものを作った」という一定の達成感があった。そうしたらようやく「次に取り掛かるか・・」という気が出てきたので、放り投げていた4冊目の本に取り掛かることにした。いつものように、「本で訴えたいこと」「想定読者」などを企画書の形でまとめ、出版社に持ち込んで編集さんと議論を始めた。

タイミングって面白いなと思ったのは、本格的に書きはじめ、どんな本にしたいかの妄想が次々と膨らんでいる頃に「プロジェクトマネジメントについて、エンジニア向けの本を書きませんか?」と言ってくれる編集者さんが現れたこと。もし2ヶ月ほど前に声をかけてくれたら、そちらの本をそちらの出版社で書いていたかもしれない。でも、もう雪だるまが転がり始めた後だった。



この時期にやってすごく良かったのは、過去に一緒に育成型プロジェクトをやったお客さんを訪問して、当時の様子を振り返ったり、プロジェクト後の進展をインタビューしたことだ。セミナーでもWebの記事でも、やはり理屈より、実際のプロジェクト事例の方が好まれる。生々しい事例からは学ぶことが多い。
「僕らのようなコンサルタントが来た時に、社員の方々がそれをどういう目線で受け止めたのか」を後から聞くのはスリリングだ。そして「僕らが支援を終えた後、教えたことをベースにどう発展させていったか」というアフターストーリーを聞けたのも、コンサルタント冥利に尽きる体験だった。

読者に聞かせたいのはもちろん、ウチの社員全員にも聞かせたい。僕らがやってきたことを、こんなに活かしてくださっているよ、僕ら誇れる仕事したぜ!という意味で。今度の本の3つの章は、この時の3社へのインタビューがベースとなっている。お客さんの生の声は素材がいいので、そのままですぐに本の1章になる。読者にとっても、僕の話よりも興味があるだろうし。


1年半も倦怠期があったおかげで、書きたいことはだいたい整理されていたし、細かいネタも溜まっていた。こうなると書く作業は比較的早い。4月下旬に書きはじめて、6月中には書き終わっていた。GWの半分くらいを1人執筆合宿にあてたのがうまくいった。今回は湯沢のリゾートマンションを借りて籠もったのだが、残雪がとてもきれいで、スキーシーズンでもなく静かで最高だった。

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【柔らかな一撃:2018年7月】
このころ、とある方々が僕の過去の本を読んで、オフィスを訪れてくれた。社内で業務を改革したい。だがそういうことに不慣れなメンバーがほとんどなので、業務フローの書き方などをレクチャーしたいと思っているのだが・・。というような相談だったので、僕の方からもアドバイスをした。
本があらかた書き終わってテンションが上がっていた僕は、そのついでに「ちょうど、今のあなた方みたいな人々に向けた本を書き終わったところなんですよ。多分役に立つと思うんで、原稿読んでみませんか?」と原稿のPDFを送りつけた。しかも「できれば感想をフィードバックしてくださいね」と図々しく申し出た。初めてお会いしたにも関わらず、大量の原稿レビューを(ただで)お願いするなんて、ホントすいませんでした・・。


本にストレートなフィードバックの重要性を書いたからか、原稿の感想は率直なものだった。
・育成型プロジェクトを本当のところ、どう立ち上げたら良いのか分からない
・ケンブリッジさんに仕事を頼めばできるんでしょうけど、頼めない場合はどうしたら良いのか分からない
要は、今の自分達にはあまり役にたたない本だった、ということだろう(そこまでは書いていなかったが)。

この「柔らかな一撃」は効いた。
このフィードバックをもらうまでは「僕らがやっていることは、間違いなく素晴らしいことなので、それを素直に伝えよう」と思って本を書いてきた。だがそれだけだと、読者にとっては役に立たない。そんな本を読みたい人がいるだろうか?
僕が(くそ面倒くさいのを承知で)本を書くのは、読者の仕事に何か役に立ちたいからだ。1冊目は「世の中にはこんなプロジェクトがあるんだよ」を知ってもらい、1歩を踏み出す勇気をもってもらいたかった。2冊めはシンプルに業務改革やプロジェクト計画立案について、僕らのノウハウを徹底的に教えたかった(だからタイトルは教科書にした)。3冊目はIT関係者以外にITとの付き合い方を教えたかった(結果としてエンジニアが経営者と話す時の教科書にもなったようだ)。
でも、今の原稿はなんの役に立つのだろうか・・。
「顧客目線で仕事しろ」などと言うのは簡単だ。だが、うっかりするとすぐに自分目線になってしまう。本の場合は、著者が書きたいことを書く、というマスターベーションに陥ってしまう。自分を大好きな人(家族や友人)だけが読む本を自費出版するなら何でもいい。でもそれより広げようとするなら、「読書にどうなって欲しいか」は必要。本って読者へのプレゼントだから。


【全面的な考え直し:2018年8月~】
正直いって元々の本にもある程度自信があり、十分、出版する価値があると思っていたので、このフィードバックを素直に受け止めるまでに時間がかかった(フィードバックをくださった方にも「考えます」としか、返せなかった)。

この時、編集者の方に言われたことは、「プロジェクトの立ち上げ方をちゃんと書きなさい。そうしないと読者にとっては育成どころじゃないから」。
正直言って、これが気乗りしなかった。プロジェクトの立ち上げ方は2冊めの本のメインテーマだったからだ。同じことを別な本で繰り返すのは、読者に失礼だと思う。そういう本の書き方をする人は多いけど、本読みとしての僕は、作家を信用して好きな作家の本を端から読んだりするので、前の本と同じ事が書いてあったらがっかりする。
だが編集者からすると、別な本で書いたかどうかなど、知ったこっちゃない。新しい本の読者にとってベストな本にするのが編集者の仕事だ。

もう一つ言われたのは「ケンブリッジの社員は育成が染み付いているから、あなた方が普通にやっていることをもっと書けばいい。それは他の人から見たら、十分育成に役立つ内容になるから」。このコメントにはハッとさせられた。たしかに、僕らは、特に育成を謳っていないプロジェクトであっても、自然に人を育ているための仕掛けをやっている(プロジェクトの成功とメンバー育成は実は密接な関係があるから)。なるほど、僕らに取っての常識は他の人にとっての非常識か・・。

こうして、「ケンブリッジ抜きでも、やりながらリーダーを育てるプロジェクトを作る方法を書く」という新たな方針を定め、全面的に書き直した。
いったんコンセプトが決まると、やるべきことが芋づる式に見つかる。そして世の不思議を感じるのは、この時に僕を助けてくれたのは、倦怠期に逃避的に書いていたコンテンツ達だった。
「プロジェクトの立ち上げに関する社内トレーニング」は2冊めを書いた時点では充分言語化できていなかった方法論をトレーニングにしたものだったので、そのまま原稿にした。この本だけを読む人にとっても、2冊めをすでに読んでくれた人にとっても価値のあることをガッツリ書けた時は本当に嬉しかった。

ちなみに以前ブログで紹介したこのプロジェクトの事例も、ずっと中身に踏み込んで、「変革プロジェクトの立ち上げ方」「普段変革慣れしていない人々を引っ張り上げてプロジェクトに巻き込む方法」として紹介している。

もう一つ、「ケンブリッジ抜きでリーダーが育つプロジェクトを作る」という文脈でポイントになったのが、方法論だ。ウチがプロジェクトに参加する場合、変革プロジェクトの立ち上げ方、成功させ方の方法論を教えることを学びのきっかけにできる。でも、僕らがいなかったら?そもそも、方法論がない場合、どこに向けて育成すればいいのか?
そこで、コンサルタントがいなくても方法論を作る方法を書くことにしたのだが、この時に、以前趣味的に改定した「方法論についての社内トレーニング」がベースとなった。方法論とはそもそも何なのか?どうして役に立つのか?限界は?どう作っていくのか?を自分の会社について一回じっくり考えてあったから。
さらに、新しいオフィスに飾るためにお客さんに書いてもらったメッセージカードも、育成型プロジェクトに参加したお客さんの生の声を伝える重要な役割を本では果たしてもらうことになった。

こうして新しい方針のもと、読者のために僕の脳みそから吐き出すべきことがアレもコレもと浮かび上がった。実は「5冊目か6冊目はこれを書こうかな・・」と思っていたことも、かなり投入してしまった。まあ、印税で飯食ってる訳ではないので出し惜しみする必要はないんだけど。
そして、長めに取った2回の夏休みも、秋にたくさんあった連休も、土日も、全て本を書くことで塗りつぶされた。自転車に乗るための時間と気力も持っていかれたので、この1年で368ページと同じ厚さの皮下脂肪を蓄えてしまった・・。

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スティーブ・ジョブズの「connecting the dots」という言葉の重要性は、年齢を重ねると思い知る。ブログを書きながらも実感する。今回もまた、逃避のつもりでやっていたことが、本を豊かにするために役にたった。最近は座右の銘的なことを聞かれると「人間万事塞翁が馬」や「禍福は糾える縄の如し」と答えたりするようになった。


という訳で、4冊目の原稿は書き直しというか、大幅加筆のような形になった。多分分量的には2倍弱になっている。僕がこれまで書いた本と比較すると、あれだけみっちり書いた2冊めよりも更に36%多い。先日見本刷りが来たが、ずっしりと物理的にも重い。

本当に必要な人が、じっくりと読み込むような本になったと思う。
育成の本なので、フィードバック(あなたこう見えますよ、私はこう思いますよ、を送り合う習慣)の重要性にも1章割いたのだが、この本も的確なフィードバックをいただいたことで、本当に良い本にすることができたと思う。

Amazonで予約できるようになりました。Kindleも同時発売です。

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