タイトルを巡る冒険、あるいは「IT、お前はもう死んでいる?」
ヒトラーの「わが闘争」が、元々は「嘘と愚鈍と臆病に対する四年半の戦い」という、全く売れそうにないタイトルだったことをご存知だろうか?
出版社がこれでは売れないと判断し、本人は不満だったらしいがタイトルを差し替えた。
(講談社現代新書「ヒトラーとナチ・ドイツ」より)
結局「わが闘争」は彼が首相になった1933年には108万部、ナチ時代を通じて累計1245万部も売れた。この印税が政治資金になり、党員集めにも役立った。元々のタイトルのままだったら、彼は政権を取れなかっただろう。
そう、本のタイトルが歴史と何百万人もの命を左右したのだ。
これほどまでに、本にとってタイトルとは重要なものだ。
先日発売された「会社のITをエンジニアに任せるな!」も、タイトルを決めるまでには様々な議論とドラマがあった。
本が出版されるまでの裏側を知る人は少ないと思うので、今日はその辺を紹介したい。
★これだと書店のレジに持って行きづらい
ダイヤモンド社に最初に企画書を持って行ったのは去年の12月。最初に言われたのは、
・本のコンセプト、内容はとても良いと思います。企画を進めましょう。
・でもタイトルは再考が必要です。
・まずは良いタイトルを考えるところからはじめましょう
という話だった。
ダイヤモンド社は「もしドラ」や「嫌われる勇気」など、多くのベストセラーを出している、ビジネス書に強い出版社さんだ。
いい内容のものをきちんと読者に届けるこだわりが強く、当然、タイトル決めには時間もかける。
僕の最初の本「プロジェクトファシリテーション」は、内容が読みやすく万人向けの割に、タイトルが硬くて中身が想像できないからイマイチだったかな、と後悔していた。だから出版社さんがタイトルにこだわってくれるのは、大歓迎だった。
ちなみに企画書に書いたタイトル案はこれ。
「ITオンチのまま、経営への階段を登り始めたあなたへ」
本の「はじめに」にも書いたのだが、この本を書くきっかけになったのは、プロジェクトを一緒にやっていたリーダーが、社長に昇進されたこと。
大変失礼ながら、ITの土地勘はあまりない方だったので、昇進お祝いの代わりに、僕が知っている「知恵」をプレゼントしようと思ったのだ。
それを素直にタイトルにした。
そして、「エンジニアじゃないあなたも、ITに関心を持ってね」という、この本を一番読んで欲しい人へのメッセージも込めたつもりだ。
編集さんに指摘されたこのタイトルの問題は、
・「ITオンチ」と露骨に書いてあると、レジに持って行きづらい
・読んだらどんなメリットがあるのか、よく分からない
ということ。
なるほど。言われてみればそうかもしれない。
僕は一緒に仕事をするプロの言うことには基本的に従うことにしているので、再考することにした。
★数で勝負!
そうして、ひたすらタイトルを考える日々を送った。
書きも書いたり、200個!
何であれ、アイディアを考える時の僕の作戦は、
・ひたすら数を出す
・経験したり本で読んだこととの連想ゲームをやる
・良い物を研究して真似する
・ノウハウ本を読んで参考にする
というあたりを、手当たり次第にやってみること。
具体的には、本屋に行ってひたすら表紙を眺めながら考えた。
全然違う分野でもいいので、タイトルを読んで「これを僕の本に当てはめるとどうなる?」をひたすらやっていく。すると20冊に1回くらいは、まあまあそれっぽいタイトルになるので、メモしておく。
この時に出した200タイトルの一部を(恥を忍んで)紹介すると・・
これから、ITを会社の武器にしよう
経営×ITが会社を変える
脱ITメタボ経営
経営幹部がITについて知るべきたった4つのこと
ITは経営に役立たないと言う前に、経営がITに何ができるかを考えよう
ITを利益に直結できないのは、経営の問題です!
ITの使い倒し方を知らないまま偉くなるつもり?
★「IT」って古い言葉ですか?
このころ悩んでいたのは、タイトルに「IT」とつけるかどうかだ。
普段業務改革やシステム構築に全く関わっていない方からすると、「IT」というのは、例えば「IT革命」という言葉がはやり、そのブームが去ったように「もはや終わった言葉だ」という意見があった。
もちろん僕は普段からお客さんとITについて議論しているので、そう言われてもピンと来ない。
でも本来、「ITって自分には関係ない」と思っている人こそが、この本の真のターゲット。そこに届かない本になっても意味が無い。
例えば、JAVAやPHPみたいなプログラミングの書棚に置かれたら一番困る。でも全国の書店に「経営の棚においてください!」と頼むわけにもいかないし・・。
色々悩んだけれども、結局は「IT」という言葉は入れることにした。
ITを使わないタイトルも考えたのだが、そうすると何の本だか、あまりに分からない。
★「早い話が」をつけて、最後にそれを捨てる
他にも「良いタイトルの付け方」「コピーライティングの基本」みたいな本を読み、書いてあることを取り敢えずやってみた。
例えば「金持ち父さん貧乏父さん」みたいに、反対の言葉をつなげると良いと書かれていたら、取り敢えずやってみる。「イケイケ経営、グダグダIT」とか。もちろん即ボツにしたけど。
その中で、ウォシュレットの「おしりだって洗ってほしい。」で有名なコピーライター仲畑貴志さんが言っていた、
コピーを作る時には「早い話が」と最初に書き、それに続く文を続ける。最後に「早い話が」を捨てる。
という作戦が気に入った。少しアレンジして「要するに」と最初に書き、続く言葉を色々と考えてみた。
そうしてできたのが、
(要するに)経営にとってITとは何なのか?
というタイトル案だった。
★自分をターゲットにマーケティングしてはいけない
「経営にとってITとは何なのか?」というタイトルは個人的に好きだった。
本の内容を端的に表しているし、直球という感じがする。本質的なことが書いてありそうだ。
そして何より、僕は1人の本読みとして、こういう大上段なタイトルの本が好きだ。
「信長とは何か」とか「ネアンデルタール人は私たちと交配した」とか「人間はどこまでチンパンジーか?」とか。
ところが、これも編集さんの反応はイマイチだった。
あまりに漠然としたタイトルで、読者にとって何のメリットがあるのか分からないと。
たしかに、それもおっしゃるとおり。
「ITは何なのか?」を書いた本なのだが、それだけでは読者にとってメリットがない。
実際には、
「何なのかを理解したら、うまい活用の仕方が理解できます。例えばお金についてはこう、人材についてはこう...」
と、すぐに役に立つこともたくさん書いた。
でも、このタイトルからはそれが伝わらない。
僕自身は読書という行為が純粋に好きで、何の見返りも求めない。「信長とは何か」を知ったところで、人生はハッピーにならない。「ネアンデルタール人と交配したかどうか」を知っても、年俸は1円も上がらない。でも、読むのが快感だから読む。それだけのことだ。
でも、世の中の殆どの人は僕とは違う。
「自分だけをサンプルに市場のことを考えるべからず」はマーケティングの基本だが、自分が本読みなので、この罠に嵌っていた。
自分以外の反応を知るために、プロジェクトで一緒に仕事をしてくださっている方々に4択アンケートをしてみた。
すると、やはり「経営にとってITとは何なのか?」は全然人気がない。さすがにこれで諦めた。
(ちなみに、同僚のコンサルタントには人気があった。偏ったサンプルだからだろう)
★もっとメリットが伝わるように!
出版社さんからずっと言われていた「読者にとってメリットが伝わるタイトルを考えましょう」ということは、今から考えても、すごく大切なことだと思う。
1600円というのは、定食屋さんでお昼ごはんが2回食べられる金額だ。
それだけ払ってもらうには、カツ丼+親子丼を上回る魅力を醸しださなければならない。結構難しい。
そうやって出てきたタイトルは、
カネばかりかかるITを会社の利益に変える方法
という、ベタな案。カネ!利益!
これくらい直球のほうが、伝わるかも...。という意味で、最終的に、これに決定した。
発売日がもう1ヶ月後に迫っていた。
★ところが...
タイトルがようやく決定したあと、文化の日を含めた3連休があった。
その3日間、決まったタイトルを何度も眺めた。
が、どうしても好きになれない。見れば見るほど、違う気がしてくる。
確かにこの本を読めば、会社の業績を上げることはできるのだが、「手っ取り早く利益を上げたい」という人が読んで、満足してもらえる内容でもない。
もっとじっくりと、アスリートが体を鍛えるように、ITと向き合って欲しい、というメッセージの本だからだ。
迷った挙句、
「ITはエンジニアに任せるな!」
という代案を再考していただくように、お願いした。
僕もプロジェクトファシリテーターとして、一度決まったことのちゃぶ台を返すことの影響はよく知っているつもりだ。なにより、関わってくれている方をウンざりさせる。
もう発売日もすぐそこで、出版社内の稟議や、表紙デザインの発注もあるはずだ。
でも、どうしても、これじゃない!という思いが止められなかった。
「ITはエンジニアに任せるな!」というタイトルがいいと思ったのは、
・一般論とは少し違うことを言っているので、ちょっと引っかかりがある
・ITエンジニアに喧嘩を売るタイトルなので、IT技術書の棚には行きにくい
・喧嘩を売っているようで、中身はむしろエンジニアを代弁するような内容
・内容とタイトルがあっていることも、読んだ人には理解してもらえる
・これなら業務担当者にもエンジニアにも読んでもらえるのでは?
・単純にシンプルで、言いやすい
編集さんはたいへん器が大きな方で、僕のワガママに付き合って、再度、会議にかけて下さった。その結果、「エンジニアに任せるな!」を評価する方が多く、最後の最後にタイトルは
「会社のITはエンジニアに任せるな!」
に決まった。
素人の僕が考えただけでなく、出版のプロフェッショナルがお墨付きをくれたのが、大変心強かった。
元々、このタイトルは最初にひたすら考えた200個のうちの1つだった。
勝間和代さんの「お金は銀行に預けるな」から着想したものだ。
でも、考えた当初は特に気に入っておらず、無印のままで、ずっと忘れていた。
それが土壇場になって、急に思い出した。
そしてこれしかない、と思うようになった。
何が正解だったのかは、分からない。
でも、悔いのないタイトル選びができてよかった。
★最後に
タイトルにすごくこだわりを持つダイヤモンド社の方針には、苦しめられたけれども、大変ありがたいことだった。本当に最期まで粘り強く、真剣に検討してくださった。
しかも、タイトルだけでなく、内容もかなり良くなった。
・何を読者に訴えるための本なのか?
・読者にとってのメリットはなんなのか?
・十分そういう内容を書いているか?
ということを突き詰められたからだ。
実際に、その過程で内容もずいぶん見直すこととなった。
本は読者へのプレゼント。タイトルを考える過程を通じて、それを追求できたのは、本当に良かった。
そして、ボツになったタイトル案も、文章を書く上でのキーワードになってくれた。
僕の言いたいことが、より伝わるようになったと思う。
ありがとうございました。
ダイヤモンド社
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