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プロを目指す人限定のワークライフバランス論、あるいはバズワードに惑わされるな

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ワークライフバランスという言葉が好きではない。
好きではない言葉は他にもたくさんあるので(コンプライアンスとか・・)、そのうちの一つだ。


いや、ワークライフバランスという言葉の功績はあると思う。
「仕事以外の生活、趣味とか家族とか勉強も大事だよね」というのは、僕のような元々は仕事が好きではない人間からすると、「何いってんの、今更」という話だが、ワークライフバランスという言葉のおかげで世の中に随分浸透した。こういう話は自分だけで決められない周囲との関係性の話だから、「風潮」は極めて大事だ。


ただ、この言葉が出てくる時ってほぼ必ず「今はバランス取れていないから、残業をやめましょう」となる。ちょっと短絡的じゃないですかね。

今は働き過ぎというより「働かされすぎ」の人が多いのだから、残業を減らす事とバランスを取る事が同じ事なんですよ、という話は分かる。
でもそれなら「バランス」なんて言葉を使わずに、大昔に政府が(外国の圧力で?)流行らせていた「時短」の方が本質を表している。労働時間短縮、略して時短。ピッタリの言葉じゃないですか。


随分前に飲み会で「ライフワークバランスのコンサルタントです」という人が隣になった。
「おお、ライフワークバランスについては、僕のお客さんも、僕個人も結構悩んでるんですよ。どうやってバランスを取るんですか?」
「バランス、という言葉に誤解があるんです。仕事をもっと適切にやれば、生活を豊かにすることに時間を使えるでしょ、という考え方です」
「あれ?それって、普通の業務効率化ですよね。それなら僕も日々取り組んでいますが、業務効率化しても自分の時間が増える訳ではないと思うのですが。その辺はどう考えるんですか?」
「・・・」
みたいな会話をした。

たまたまその人の理解が浅かっただけなのかもしれない。でもそれ以来ライフワークバランスについては1冊の本も読んでいない。他にも読みたい本たくさんあるし。


「1人の労働者として、働かされすぎている。だから会社も自分も、時短を意識しよう」という話は、もっともなので、ぜひやって欲しい。
それとは別に、ここでは「プロフェッショナルにとって、ライフワークバランスってなんだろう?」を考えてみたい。


プロフェッショナルの定義は諸説あるだろうが、ここでは、
1)自分の基準で高みを目指す人
2)自分で自分を管理する人
としてみよう。

トレーニングなどで「プロフェッショナルといって思い浮かぶのは誰?」と聞くと圧倒的多数がイチローを挙げるが、確かにイチローはこの2つを体現している。
「首位打者は相手次第だが、安打数は自分との戦いなので、自分はこちらを追い求める」みたいな事をよく言っていたが、まさに「自分の基準で高みを目指す」だと思う。

そういうプロが、仕事と生活のバランスを取ろうとすると、どうなるのか。


バランスには「低い次元でのバランス」と「高い次元でのバランス」がある。

例えば、
・スタバのコーヒーは高くてうまい。
・自販機のコーヒーは安くてうまくない。
それぞれなりに、価格と品質のバランスがとれている。

そこに登場したセブンイレブンのコーヒーマシーン。値段は自販機と同じ100円だし、どこにでもあるのに、味がかなりうまい。自販機なりにとれていた価格と品質と利便性のバランスを、数段階一気に引き上げたイメージだ。味もスタバよりウマイ、という人もいる(僕はそうは思わないけど)。
そこには機械の改良やら、圧倒的な購買力やら、色々な背景があるのだろう。

プロフェッショナルとは高みを目指す人なので、単に仕事と生活のバランスがとれているというだけでなく、より高い次元でのバランスを目指す。

・仕事での素晴らしい成果

・ハッピーな生活

を両方、高次元で両立させたいと思うのが、プロフェッショナルが追い求めるライフワークバランスだ。自販機のバランスではなく、セブンカフェのバランスを。
しかも上司の指示を受けてやるのではない。自己管理が基本だから、自分で、自分が一番いいと思う落とし所を探っていくしかない。


僕の場合だと、

お客さんとやっているプロジェクトを成功させたい。会社の社員のスキルもあげたい。素晴らしいとみんなが言ってくれる本を、また書きたい。毎年何か新しいことにチャレンジしたい。

という「ワーク」と、

家族と穏やかな休日を過ごしたい。娘の算数みてあげたい。山岳600kmを完走するためにトレーニングしたい。たまには奥さんの代わりに晩御飯作りたい。

という「ライフ」を、高い次元で両立させたい。

当たり前だが、この悩みは、自分で抱えるしかない。自分の時間、というこの世で最も貴重な資源を、どう配分したらハッピーなのか。おそらく何百年も人間が悩んできたテーマである。正解はもちろんない。


元々複雑で悩ましいテーマを、簡単なキーワードに置き換えようとする姿勢には賛成できない。
悩ましいねぇ、複雑だねぇ、と言いながら、向き合うのが人生じゃないですか。





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