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裁量労働制度の現場から、あるいは残業代をコミコミにするとホワイトカラーの生産性は上がるか?

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残業代を基本給にコミコミにしても、ホワイトカラーの生産性は上がらないと僕は思っている。少なくとも短期的には。
この問題について、世の中全体としていいのか悪いのかを論じるのは僕の能力を超えているので、「残業代が基本給コミコミの会社で起きていること」をレポートしたい。


僕の会社は現時点で既に裁量労働制である。コンサルティングは労働基準法に定められた、裁量労働制を適用できる業種なので。
残業時間によって給与が変動しない。予め決めた「毎月こんくらい残業するでしょ」というみなし時間の通り支払われる。
ちなみに予め決めたみなし時間と、実績の残業時間は会社全体では、ほぼ同じ。もちろん多い人と少ない人、多い月と少ない月があるが、ならせば同じである。つまり会社にとっての人件費としては、裁量労働制であっても普通の制度でも変わらない。それでも裁量労働制を採用しているのは、そちらのほうがポリシーに合っているからだ。



★裁量労働では、時間の管理を社員個人に任せることになる
残業時間と人件費が密接にリンクしている普通の会社では、当然コスト管理の一貫として、会社側が残業時間を管理するだろう。原材料を腐らせて原価が上がらないように管理するのとおなじ感覚で、無駄な人件費を抑制するためだ。

裁量労働制の世界では、時間管理はプロフェッショナルである個々の社員に任される。
プロフェッショナルとは、自分の事は自分で管理する人のこと。アレやれコレやれ、何時までにやれ、終わらなかったら残業しろ・・とイチイチ指図はされないでも成果を出せる人。

もちろん新入社員もいるし、全社員が100%プロフェッショナルではない。だからサポートはするし、必要であれば「今日はもう帰れ」と言うが、同時に「自分で時間管理できないヤツは半人前。早くプロフェッショナルになれ」とプレッシャーもかける。

なぜこういう事をやっているかといえば、自分の時間を自分で管理出来る人になったほうが、いい仕事ができるからだ。例えばコンビニのシフト勤務の様に「その時間にいること自体に価値がある」という商売であれば、話は全然違う。あくまでコンサルティング、プロジェクトワークという仕事の特性上、それがベストだということ。
(だから裁量労働制をどの職種に適用するか、という議論は極めて重要で、慎重にならないといけないと思う)

僕らの仕事は「どこまでやればOK」が決まってない。そのくせ時間をかければいいモノが出来る訳でも無い。3時間かけて作ったモノがゴミである事なんてザラだ。そういったシンドイ状況に慣れ、その中で成果を出せるようにならなければならない。多分デザイナーや企画職も同じだろう。
もちろん、上司はそういうドロ沼から抜け出す支援はする。残業代が惜しいからではなく、そうしないと期限に間に合わないし、成功体験がないと学べないから。
でも、あくまで「自分で自分の時間を管理できるプロフェッショナル」になることが当面の目標になる。



★コストではなく、ハッピーか?を管理するようになる
「裁量労働制を適用すると、会社が社員を搾取するようになる」という意見もある。僕はこれは、ちょっと一面的に過ぎると思う。または、「搾取構造になってしまう業界業種もある」という話なのかもしれない。少なくともウチの会社ではそうはなっていない。


そもそも論になるが、快適な労働時間、快適な仕事との関わり方は人によって違う
「バリバリやって評価されたい、ノッている時は時間を忘れて仕事したい」というマッチョな傾向の人もいるし、「充分休みをとらないといい仕事ができない」「仕事よりも家族が大事」という人もいる。同じ人でも「看病等で一時的に家庭を最優先にしたい」「今は調子が悪い、気分が乗らない」など、時と場合によって変わる。

つまり、「残業時間が多いか少ないか?」という一つの尺度だけに注目するのは無理がある。
だから時間ではなく「仕事との関係はハッピーなの?」を気にする。本人がハッピーなのであれば多少遅くまで仕事していても放っておくし、体調が悪かったりやらプライベートが気になるような時は「さっさと帰れ」という時もある(本当は言わなくても自分でさっさと帰って欲しい)。


残業代によるコスト管理の必要がないのに、なぜ社員はお互いを気遣うか?
温情だけではない。冷静な経営判断の結果である。

それは、社員がハッピーじゃないと、いい成果が出ないからだ。
難しい仕事だから、とことん考える必要がある。やらされ仕事だとそうはならない。
サービス業・お客さん商売だから、社員がハッピーじゃないと、お客さんにもいいプロジェクト経験をプレゼントできない。プロジェクトを楽しめないと、プロジェクトは成功しない。


そしてもちろん、社員を大切にする会社じゃないと、いい人材を確保できない
「会社が労働者を搾取する」というのは、労働者が弱く、会社が強大なことが前提だろう。だが、僕が仕事を始めた20年前より、労使はかなり対等な関係になってきていると思っている。それは人材の流動性が上がったからだ。
僕は大企業の人事部とのお付き合いが多いが、どこも人材の確保や流出は悩みのタネである。本当に自社にあった人材は、常に希少資源なのだ。それは大企業でも中小企業でも同じだ。



★さて、生産性はどうだろう?
残業代を基本給にコミコミにする、つまり個人管理に任せるようになると、生産性は上がるのだろうか?

短期的には下がるケースがほとんどだろう。
個人管理にすると、仕事が好きな人は納得行くまで仕事をしたり、仕事のための勉強をしたり、仕事なのか勉強なのか趣味なのか判断つかないような事をし始める。例えばブログを書くとか、勉強会を開くとか、仕事改善の企画書を書くとか、みんなが便利に使えるツールを作るとか。
あくまで「仕事が好きなプロフェッショナルが集まっている会社であれば」ですが。
これらは、日銭を稼ぐ以外の事に時間を使うことになる。だから当然、短期的には生産性が落ちる。


同じ現象を長期的にみればどうだろう?
経験則として強く思っている事がある。寄り道をしない社員は成長しない。目の前の仕事とは直接関係のないことについて、
・調べる
・読みこむ
・考える
・勉強会を開く
こういう事をやる人だけが成長する。これは上記で挙げた「時間管理を個人任せにしたことによって、社員が勝手にやる様になること」である。これが成長の糧になるのだ。

もちろん、成長すれば生産性は高まる。
単に同じ事が短い時間でできる様になる、という話ではない。以前の自分では何時間かけても出来なかった事ができる様になる、ということだ。
「残業時間をコストとしてきっちり会社が管理するけど、こういう活動も奨励する」という方針もあり得るけど、実際にはそれほど盛んにならないと思いますよ。「俺の時間なんだから好きにさせろ」という気分はかなり大事です。


この「仕事と趣味の境界線の活動」の話を除外すれば、残業代の払い方と生産性は無関係だと思う。僕の会社は昔から裁量労働制だが、10年前はもっとずっと労働時間が長かったし、生産性も低かった。
そして残業代の支払い方は変えずに、生産性を高め、労働時間が短くなるように地道な努力をしてきた。ナレッジの活用の仕方だったり、手戻りを防ぐ仕事の仕方だったり、仕事のとり方だったり、まあ普通の経営努力である。

今現在も、努力の最中であって、完璧ではない。仕事がハマって、どうしても無理をせざるを得ない時もある。「後ちょっと頑張ればずっと良くなるので・・」という時もある。
逆に、こいつ夜遅いなぁと思って「もっと早く帰れない?助けられる事ある?」と声をかけてたら、「白川さんに帰れ帰れ言われて、違和感あります!」とか言われる事もある。

でもこういう労働時間削減のための努力って、何度も言うけど、残業代の払い方とは関係ない。労働時間が長すぎて優秀な人材がやめてしまうのが怖いので、やっているだけだ。



★まとめよう
 

・残業がコミコミでも、短期的な生産性は上がらない。下がるケースもある
・長期的な生産性は上がるケースがある
・残業代があろうがなかろうが、人材獲得競争にさらされている企業は、人のケアをせざるを得ない
・残業を減らす努力は、残業代とは別に、やった方がいい
・業種や業務によって、かなりこの辺の事情は違う。混ぜて議論しない方がいい



社員をプロフェッショナルとして尊重しつつも、1人の個人として大事にする事が両立する条件は、
・残業代がコミコミで、労働時間が社員の裁量によって決まること

・人材獲得競争が激しい
が共にあるあることではないだろうか。

労働者の理不尽な待遇を改善するには、労働契約の規制よりも、「こんな会社辞めてやる!」と言える(一度辞めても次の職が見つかる)世の中を作る方が王道だと思います。
それなしに規制を解除するだけだったら、そりゃ、過酷な労働環境は増えますよね。



★おまけ
ここまで書いてから気づいたのですが・・。
「残業代がコミコミだと、ホワイトカラーの生産性は上がるか?」という命題に答えるだけなら、既に残業代がコミコミな人たちの生産性が高いのかを見ればいいだけですよね?
つまり、管理職です。

管理職の生産性って、高いんでしたっけ?

そんじゃーね(最後だけちきりん風)

 

 

 

 

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