特許庁が責任を果たすために、あるいはNo More失敗プロジェクト
特許庁のプロジェクトが中断になりそうな件が関心を集めている。
僕も気になっている。僕は社会人1年生の時から「失敗プロジェクトの事例研究」を細々やっているし、失敗原因が技術的なことより要件定義に関することだったらなおさらだ。
僕は本件については全くの部外者で、ほとんどの方と同じくニュース記事や公表されている報告書でしか状況を知る立場にない。もちろん、あの会社が悪いとかユーザーが悪いとか、言える立場にはない。恐らくおきまりのパターンで、あんなことやこんなことがあったんだろうな~と推測はできるけど、そして多分結構あたっているだろうけど、あくまで憶測にすぎない。
そこで、現時点の公開情報だけを元に考えたことをメモしておきたい。
★おさらい
・特許庁が5年前から進めている基幹系システム刷新プロジェクトを中止へ
・要件定義と設計が難航しているのが原因
・ベンダーは東芝ソリューション。落札価格は約99億
・途中からPMO支援としてアクセンチュアと30億の契約
・プロジェクトの今後は現在も検討中とのことだが、中断ないし無期延期の方向らしい
ITPro記事のリンクを貼っておきます。記事1、記事2
特許庁からも技術検証報告書が出ている。
★明確なプロジェクト中断は結構珍しい
話題を集めているのは、額が巨額だし、全員が納税者として(ゆるやかな)関係者だからかもしれない。それに加えて「プロジェクトの中断自体が珍しいから」もあるのではないだろうか。
より正確に言えば、プロジェクトの中断はしょっちゅうある。プロジェクトの成功よりよほどたくさんある。
・何となくうやむやになる
・単にだれも参加しなくなる
・ごく小さい成果をだしてお茶を濁して終了
・予算や人を確保できなくて中断
・経営者からダメ出しをされて中断
しょっちゅうあるのだが、最後の「経営者からダメ出し」の様に、明確に中断するケースは実は少ない(もちろんないわけではなく、どこどこで何十億のプロジェクトが・・とか、たまには聞く)。
それより圧倒的に多いのが「何となくうやむやに」というケースだ。
責任の所在をはっきりさせたくないという日本的組織風土のせいもあるだろうし、中断もなにも、始まりすら不明瞭だった、というケースも多いからだ。
今回は「特許庁情報システムに関する技術検証委員会」が明確な形で、中断が妥当と報告書にまとめている(らしい)。かなりの期間とお金を使ってのプロジェクトが中断するのだから、言い逃れのしようがない「失敗」である。
★ポジティブに考えてみよう
1人の納税者として税金が無駄になることには憤慨している。そしてITやコンサルティングのプロフェッショナルの1人として、未だにこういったことが起こることへの無力感も感じる。でも僕は当事者ではないので反省はしようがない。
そこで、今回の件を「貴重な学習機会」として活かすことを無理矢理考えてみたい。
★役所の無謬性
上記のように民間企業でも「プロジェクトの明確な中断」は珍しい。ましてお役所というのは一般的に仕事の中止や失敗を認めることが構造的にやりにくい。
お役所は間違えてはいけない
↓
あれは間違えではない。だって役所は間違えないのだから
↓
このプロジェクトもうまくいっていない様に見えるが、本当はうまくいっている
↓
中断?とんでもない。うまくいってるのになぜ中断の必要があるのだ
みたいな思考パターンのことだ。これはお役人1人1人が誠実ではないとか、無能だとかということではないと思う(僕は何人かお役人さんの知り合いがいるが、とても優秀である)。組織的思考パターンの問題なのだ。だから優秀であればあるほどそのパターンにはまり易い。
今回、役所の内外でどの様な力学が働いたのかは不明だが、この無謬性パターンから抜け出て「失敗」を組織として宣言しようとしている。もちろん宣言したくてしているのではないだろうが、これは、大変画期的だし、ある意味健全なことなのではないだろうか?
今回のことも一つの契機として、この「過去の過ちを認められない」という悪習が改まっていけばこの失敗も無駄ではなくなる。
今回どのくらいの損失があったのかは僕は知らないが、何十億という金額だろう。でもそれが安く思えるほど、組織にとって「過去の過ちを認めて修正ができない」というのは致命的なことだ。
★プロジェクト失敗の研究材料に
実現が難しいことを承知で提言したい。
特許庁は今回のプロジェクトで作成した議事録や中間成果物を、公共物として全て公開してはどうか?
プロジェクトはご存じの様にしょっちゅう失敗する。今回のようなITプロジェクトの場合、だいたい3割程度しか予定通りの納期と予算と成果でプロジェクトを終了できない。
飛行機が墜落してしまったときの様に、本来は失敗プロジェクトについては徹底的に調査・分析して、次回以降への教訓とすべきだ。
だが、通常はそれは行われない。関わった人の将来を心配するケースもあるし、「あのツライ経験を早く忘れたい」とみんなが思っているから傷口に塩を塗れない、というケースもある。
僕はプロジェクトを、前プロジェクトの反省会(サンセットミーティング)からはじめることがある。前身のプロジェクトがあまりうまく行っていなかった場合、あえてそれに向き合い、良かった点も反省すべき点も一回全部吐き出す。そうやってスッキリすることで前向きになれるし、その会社特有の、プロジェクト推進上の注意点も全員で認識できる。結構いいものである。前任者の個人攻撃にならないように、建設的な議論になるように、かなり会議運営には気を使いますけれど。
民間企業の場合、そのように内輪で振り返るのが精一杯だ。だが今回の特許庁の様に、税金を使ってやった国家プロジェクトの場合、プロジェクト失敗事例データベースとして公開することはできるのではないか(もちろん契約や裁判の絡みで実際には極めて難しいのだが)。
今回行われているような「第三者委員会」による調査報告にとどまらず、研究者やIT企業がその事例を色々な角度で研究すれば、計り知れない貢献をもたらすかもしれない。研究のアプローチだって、プロジェクトマネジメント論、組織経営学、リーダーシップ論、心理学、ITの技術論、商法、などなど色々ありそうだ。
そうやって得た知見を日本のビジネス界が享受できれば、これまた数十億は安い授業料だった、と言える日が来るかもしれない。一種の産業育成政策?
よく言われる「納税者への責任」は、こうやって果たす方法もあるのではないか?
是非特許庁の中の人は真剣に検討して頂きたい。失敗したプロジェクトの成果物だって国民の財産なのだから。
★2012/1/27追記
「今回のプロジェクトは税金使ってないよ」というご指摘を頂きました。コメント欄だと読まないかたもいらっしゃると思いますので、こちらにも転記させて頂きます。ありがとうございました。
今回のプロジェクトでは税金は使われていません。
特許庁の会計は、税金を使う一般会計ではなく、特別会計(特許特別会計)です。特許を出願する人が支払う出願料などをやりくりして特許庁は動いています。今回のプロジェクト費用もそのお金から捻出されています。なので、記事中の「納税者への責任」はちょっと違うのかもしれません。特許を出願してお金を払っている人たちに対して責任を果たす必要はありますけどね。