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知的好奇心を満たすために、いろいろなことにチャレンジする

"勉強上手"の感想

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副題が”好きなことだけが武器になる”が本書を端的に表現しています。著者は読書家でも有名な成毛 眞氏です。

著者が”努力が必要な勉強などする必要がない”とか”自分の好きなこと、得意なことをやっていれば、努力は必要ない”等を主張しています。これは人間の本質と費用対効果を表していると思うのです。

人が行う作業において、属人的かも知れませんが作業効率が違います。これは得手・不得手というのもありますが、やはり”好きこそ物の上手なれ”なのでしょうね。成功した例でさかなクンの例を上げられています。さかなくんのクニマスの再発見はここまで突き詰めればできることの証明でしょう。

"天才!成功する人々の法則"で1万時間練習などをすれば成功すると言っていますが、そこまで努力できるかもしくは努力が気にならないほど没頭できるかという必要性があります。

私は自分で作っているものを書いていると時間を忘れることがあります。これは努力かどうか微妙なラインですが、効率という面で見ればやはり、好きなことや得意なことのほうがアウトプット量は多いと言わざるを得ないでしょう。

また、勉強関係でアインシュタインの”もし本に書かれていることなら、記憶する必要性はない”ことを例としてあげて、インターネットがある状況下では記憶する必要性は薄いことを提示しています。

私もこの意見には賛成です。大学受験のときに数学の公式とかは覚える必要性がないのではないかとずっと思っていました。数学の問題を解くには必要ですが、使い方だけぼんやり覚えておいて、必要なときに見れたほうが良いのではないかとずっと考えていました。

確かに全て記憶しておいたほうがタイムロスはありません。Javascriptのソースを書くときもDOMやCanvasのAPIは覚えられないのでいつも過去のソースやサイトからコピペしてくるのですが、タイムロスこそあっても、ゴールに到達できないことはありませんでした。それで良いんじゃないかと思うのです。

本当に必要なこともしくは勉強すべきことの本質は、記憶することではないと思うのです。ある程度の知識は頭の片隅に配置しておくべきです(アイデアだしの元になったり、できるか・できないかの判断になったり)が、それがメインじゃないのではないかと。

受験勉強から開放されてから、私は勉強というのが非常苦痛になってきた感じがしています。だからと言っても知識が仕事以外で身についていないかと言うとそうでありません。もし、そうならばアプリをリリースすることも、各種公開しているソースもないのですから。これらは業務で身につけた知識で成り立っているわけではありません(100%仕事関係ではない)。

ですが、後ろめたさもありやっぱり資格試験の勉強とかしないといけないかなぁと思っていたのですが、本書で少し救われた気がします。

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