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『指示待ち社員』はAIに淘汰されるのか?思考停止の罠から組織を救う、経営者の最初の一歩

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「相手からの指示を待つばかりで、自分から積極的に提案できる人材が育たないのです」。

先日、あるSI事業の経営者の方が、嘆息まじりにお話しくださいました。実は、このようなお悩みは決して珍しくなく、多くの企業で共通して聞かれる声です。これはもはや、個人の資質や特定の企業の文化だけの問題ではなさそうです。

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なぜ、自ら考え、行動を起こせる人材が育ちにくいのでしょうか。その根底にある「思考停止」という現代の病と、そこから抜け出すための処方箋について、考えていきたいと思います。

なぜ「思考停止」に陥ってしまうのか?

現代は、かつてないほど情報に満ちあふれています。特にIT業界は情報の奔流の真っただ中にあり、次から次へと新しい技術やサービスが登場します。さらに近年では、生成AIの進化がその流れを決定的に加速させました。簡単な問いを投げかけるだけで、AIは膨大な情報を瞬時に整理し、もっともらしい答えを提示してくれます。

このような環境で最も楽な選択は、自ら考えることをやめてしまう、すなわち「思考停止」に陥ることです。溢れる情報を前に思考を巡らせる必要もなく、お客様や上司からの指示を待つ。AIが提示した答えを鵜呑みにする。そうすれば、これまで通りのやり方で、日々の業務を淡々とこなすことができます。

この姿は、中国の古典『韓-子』に出てくる「守株待兎(しゅしゅたいと)」の逸話を思い起こさせます。

ある農夫が、偶然ウサギが木の切り株にぶつかって死んだのを見て、労せずして獲物を得ました。それ以来、彼は畑を耕すことをやめ、一日中その切り株を見つめて、またウサギがぶつかるのを待ち続けたといいます。(出典:『韓非子・五蠹』)

一度の成功体験や過去のやり方に固執し、変化する状況に対応せず、ただ「待ち」の姿勢に徹する。この農夫の姿は、ITの適用領域が経営や企業文化そのものにまで拡がっているにもかかわらず、旧来のやり方に安住し、指示を待つだけの姿勢と重なって見えないでしょうか。

しかし、「思考停止」は一時的な安らぎと引き換えに、私たちの心に静かな不安を育てます。未来が見通せない焦り、自分の意志で動けないもどかしさ。それらが積み重なり、やがては働く人の心を蝕む原因にもなりかねません。

情報の大海で溺れないために

では、どうすればこの「思考停止」の沼から抜け出せるのでしょうか。その鍵は、「情報過多」の本質を見極めることにあります。

確かに、情報の「量」は爆発的に増え続けています。しかし、その多くは同じ内容の焼き直しや重複であり、本当に価値のある本質的な情報は、実はごくわずかです。生成AIが整理してくれる情報も、元をたどればインターネット上に存在する情報の集約に過ぎません。私たちは、この情報の洪水の表面的な量に惑わされることなく、その底にある「本流」、すなわち時代の大きなトレンドを見つけ出す必要があります。

その本流さえ捉えることができれば、それが羅針盤となり、無数の情報を取捨選択するフィルターとなってくれます。どの情報が重要で、どの情報が枝葉末節なのか。AIに尋ねるべき問いの質も向上し、得られる答えの価値も変わってくるでしょう。情報に振り回されるのではなく、情報を主体的に使いこなすことで、未来に向けた確かな道筋が見えてくるはずです。

変化を恐れず、新しい地図を広げる勇気

ところが、頭では分かっていても、新しいトレンドに正面から向き合うのは簡単なことではありません。なぜなら、それはこれまで築き上げてきた事業や自分自身の成功体験を、自ら否定することにつながるかもしれない、という恐れを生むからです。

その心理は、まるで井戸の中に住むカエルのようです。

井戸の中のカエルに、海のことを語っても理解できない。なぜなら、彼は自分が住む狭い空間(虚)に囚われているからだ。(出典:『荘子・秋水篇』)

私たちは誰もが、自分だけの「井戸」を持っています。しかし、その居心地の良い井戸に安住し、外に広がる大海原(=時代のトレンド)から目を背けていては、やがて潮流から取り残されてしまいます。薄々そのことに気付きながらも、あえて「思考停止」することで自らを守ろうとしてしまう。それこそが、リスク回避や指示待ちといった姿勢の根本原因なのかもしれません。

お客様が本当に求めていること

ITの世界における大きなトレンド、その本流とは何でしょうか。それは、クラウドやAI、自動化といった技術の進化によって加速する、「ビジネスの成果に直接貢献する」という流れです。そして、この大きな潮流を正しく理解し、乗りこなすためには、物事の基礎や基本に立ち返ることが不可欠となります。

『論語』に「君子は本を務(つと)む、本立ちて道生ず」という言葉があります。(出典:『論語・学而篇』) これは、「優れた人物は物事の根本を大切にする。根本がしっかりすれば、進むべき道は自ずと開ける」という意味です。

この教えは、変化の激しいITの世界にこそ当てはまります。例えば、コンピューターサイエンスやソフトウェアエンジニアリングといった領域で培われてきた原理原則は、まさにこの「本(もと)」に他なりません。どれほど新しい技術やサービスが登場しようとも、その根底にある原則が揺らぐことはありません。この揺るぎない土台があるからこそ、未知の技術を正しく理解し、その本質を見抜くことができるのです。例えば、単に生成AIのAPIを呼び出すだけでなく、その裏にある大規模言語モデルの仕組みやデータ構造の基礎を理解していればこそ、「なぜこのタスクでは精度が出ないのか」「どうすれば自社のデータで価値を最大化できるのか」といった、一歩踏み込んだ本質的な提案が可能になるのです。

もはや、お客様は単なる製品や開発・運用といった「手段」の提供を求めてはいません。求めに応じて提案するだけでなく、未来を先取りし、お客様の「あるべき姿」を提言すること。変化の激しい時代にあって、お客様が私たちにそう期待するのは当然のことと言えるでしょう。

指示待ちの「思考停止」は、確かに楽な生き方かもしれません。しかし、私たちは、そのような姿勢の人間から真っ先にAIに置き換えられていく時代に突入したという現実を、もっと真摯に受け止めるべきです。

だからこそ、私たちに求められるのは、お客様の課題を聞いて解決策を提示する「御用聞き」の姿勢ではありません。時代の本流を踏まえ、お客様自身もまだ見えていない未来の「あるべき姿」を共に描き、そこへ至る物語を語ること。そして、「一緒になってその未来を創っていきましょう」と働きかける「共創」の関係を築くことなのです。

正解をお客様から与えられるのを待つのではなく、こちらから正解の「たたき台」を提言し、実践への道を共に探る。案件とは、その結果として生まれてくるものなのです。

「提案できる人材」は、育つ環境から生まれる

冒頭の経営者の言葉に戻りましょう。

「積極的にこちらから仕掛け、提案できる人材を育てたい」。

この願いを実現するために本当に必要なのは、個人の意識改革だけではありません。むしろ、経営者自身がテクノロジーのトレンドから目を背けず、会社全体でその潮流に向き合う姿勢を示すことです。

時代遅れのビジネスモデルに固執し、社員が自らを守るために「思考停止」せざるを得ないような環境のままで、「提案力を高めろ」と号令をかけても、それは筋が通りません。

望むと望まずとにかかわらず、変化の潮流はやってきます。その現実から目を背ければ、優秀な人材は自らの未来を求めて会社を去っていくでしょう。もちろん、日々の業務に追われる中で、こうした本質的な課題に向き合うのは容易なことではありません。しかし、それでもなお、「提案できる人材がいない」という悩みは、経営やマネジメントへの静かな警鐘として受け止めるべきではないでしょうか。

経営者が勇気を持って新しい時代の地図を広げ、進むべき方向を示す。そのとき初めて、社員一人ひとりが「思考停止」という名の切り株から立ち上がり、未来を創るための能動的な一歩を踏み出すことができるのです。まずは、次の会議で「我々がお客様に示すべき未来(あるべき姿)とは何か?」と、チームに問いかけることから始めてみてはいかがでしょうか。

【募集開始】次期・ITソリューション塾・第50期

次期・ITソリューション塾・第50期(2025年10月8日[水]開講)の募集を始めました。

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次期は、50期の節目でもあり、内容を大幅に見直し、皆さんのビジネスやキャリアを見通すための確かな材料を提供したいと思っています。

次のような皆さんには、お役に立つはずです。
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詳しくはこちらをご覧下さい。

神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO(やまと)会員の皆さんは、参加費が無料となります。申し込みに際しましては、その旨、通信欄にご記入ください。

期間:2025年10月8日(水)~最終回12月17日(水) 全10回+特別補講
時間:毎週 水曜日18:30~20:30の2時間
方法:オンライン(Zoom)
費用:90,000円(税込み 99,000円)
内容:

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  • ビジネス基盤となったIoT
  • 既存の常識の書き換え前提を再定義するAI
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  • 【特別講師】クラウド/DevOpsの実践
  • 【特別講師】アジャイルの実践とアジャイルワーク
  • 【特別講師】経営のためのセキュリティの基礎と本質
  • 総括・これからのITビジネス戦略
  • 【特別講師】特別補講 (選人中)

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神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO

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