あなたは「3年後も必要な人材」ですか?
ある経営者から、過去にリストラを断行した際のお話をお聞きしたことがあります。苦渋の決断だったそうですが、その際に社員を3つのカテゴリーに分けて評価したと言います。
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3年後に、この会社に絶対にいてもらわないと困る人
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今はいてもらわないと困るが、3年後は分からない人
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今でも代替可能で、3年後には期待できない人
この中で、退職勧奨の対象となったのは(3)の方々でした。めまぐるしく変化する現代において、企業が存続するためには、3年後を見据えた事業と組織の変革が不可欠です。この経営者の判断は、その厳しい現実を浮き彫りにしています。
そして今、生成AIの登場という技術的な地殻変動が、この「3年」という時間軸をかつてないほど圧縮しています。この変化の波は、冒頭の問いを、もはや一部の経営者や特定の社員だけでなく、私たち働くすべての人にとっての「待ったなし」の課題として突きつけているのです。
「自分は、3年後に必要な存在だろうか?」
AIが変える「仕事の常識」
これまでITは、主に業務の効率化や生産性向上のためのツールとして捉えられてきました。しかし、その役割は根本から変わりつつあります。特に2023年頃から急速に普及した生成AIは、私たちの働き方を根底から覆すほどのインパクトを持っています。
さらに、AIの進化は留まることを知りません。自律的にタスクを計画し実行する**「AIエージェント」や「エージェントAI」といった技術が現実のものとなり、将来的には人間と同等かそれ以上の知能を持つAGI(汎用人工知能)**の登場も視野に入ってきています。
このような時代において、私たちは根本的な発想の転換が求められています。
それは、「既存のプロセスをそのままに、AIを使って改善する」ことではなく、「既存のプロセスにこだわらず、AIに最適化されたプロセスに新しく作り変える」という考え方へとシフトすることです。
例えば、経費精算を考えてみましょう。 既存のプロセスをAIで改善する場合、それは「紙の領収書をスマートフォンで撮影すると、AI-OCRが文字を読み取って自動で入力してくれる」といった改善になります。プロセスそのものは変わらず、人間が行っていた入力作業をAIが肩代わりする形です。
これに対し、AIに最適化された新しいプロセスでは、そもそも「人間が領収書を撮影して申請する」という行為自体が不要になります。AIエージェントが、「スマートフォンのカレンダーやメールから出張を検知し、関連する領収書データを自動で収集・分類し、承認申請までを自律的に完了させる」といった、全く新しいプロセスが当たり前になるかもしれません。
古い地図を頼りに進むのではなく、AIという新しい道具を手に、目的地までの最短ルートを新しく描き直す。この発想の転換こそが、今、すべての企業と個人に求められているのです。
「答えを出すAI」と「問いを立てる人間」
かつて、あるSIerで長年マネージャーとして活躍されてきた50代の方が、事業会社への転職面接で不採用になったという話を聞いたことがあります。最終の経営者面接で、こう問われたそうです。
「我が社はITを活かして事業を変革したい。そのために、何をすればいいとお考えですか?」
彼は、この問いに答えることができませんでした。「お客様の要望を聞き、要件を定義し、システムを構築することはできます。しかし、何をすべきかと問われると...」と、肩を落としていたそうです。
AIが高度な「答え」を導き出せるようになった今、この傾向はさらに加速します。AIエージェントに「この業務を自動化して」と指示すれば、最適な答え(プロセス)を生成し、実行までしてくれる時代がすぐそこまで来ています。
では、人間に残された役割は何でしょうか。テクノロジー作家のケビン・ケリーは、著書"これからインターネットに起こる『不可避な12の出来事』"の中で、次のように述べています。
「マシンは答えに特化し、人間はよりよい質問を長期的に生みだすことに力を傾けるべきだ。」
AIが答えを出すことに特化していくからこそ、人間には「より良い質問」、つまり、次のような「問い」を立てる力が求められているのです。
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我々のビジネスが解決すべき、最も重要な課題は何か?
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AIを使って、どのような新しい顧客価値を創造できるか?
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3年後、我々の業界はどう変わっているべきか?
このような、ビジネスの未来を描き、自らテーマを設定し、本質的な「問い」を立てられる人材こそ、AIには代替できません。AIが優秀な「実行者」であればあるほど、「指揮者」である人間の「問いの質」が、企業の、あるいは人間の未来を左右するのです。
社内の評価から「社会の評価」へ
これからの時代、個人の価値は、会社の中での役職や経歴といった「社内のモノサシ」だけでは測れなくなります。IBMには、「技術理事(Distinguished Engineer)」という技術専門職の最高位の役職があります。これは単なる上級エンジニアではなく、会社の技術戦略を方向づけ、極めて難易度の高いお客様の課題を解決に導く、トップレベルの技術的リーダーです。
技術理事になるためには、卓越した技術力や多くの特許取得実績などは当然のこととして、さらに重要な評価基準があります。それは、書籍の出版、ブログでの発信、学会での論文発表、オープンソースコミュニティへの貢献といった「社外への影響力」です。彼らは社外に向けて積極的に情報を発信し、業界の標準作りをリードすることで、IBMの技術的優位性を社会に示す役割を担っています。個人の専門性が、会社のブランド価値そのものを高めているのです。
これは、これからのキャリアを考える上で非常に示唆に富んでいます。会社という枠組みを超えて、一人のプロフェッショナルとして社会からどう評価されているか。会社の看板がなくても、自分の名前で語れるものは何か。
テクノロジーの進化は、人間にしかできないことを私たちに求めます。それは、本質を捉え、人格を高め、創造力を磨くことです。AIが出した答えを鵜呑みにするのではなく、その答えが本当に正しいのかを吟味し、さらに良い問いを立てていく。
そのような探求心と、事業や社会に対する広い見識を身につけた人材こそが、AI時代における「3年後も必要とされる存在」であり続けることができるのではないでしょうか。
この記事を閉じた後、ぜひ自問してみてください。『もし明日、AIが自分の業務を完璧にこなせるようになったら、自分は何で価値を提供するだろうか?』その答えを探し始めることこそが、「3年後に必要とされる人材」になるための第一歩となるはずです。
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第50期
次期・ITソリューション塾・第50期(2025年10月8日[水]開講)の募集を始めました。
2008年に開講したITソリューション塾は、18年目を迎えました。その間、4000名を超える皆さんがこの塾で学び、学んだことを活かして、いまや第一線で活躍されています。
次期は、50期の節目でもあり、内容を大幅に見直し、皆さんのビジネスやキャリアを見通すための確かな材料を提供したいと思っています。
次のような皆さんには、お役に立つはずです。
・SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
・ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
・デジタルを武器に事業の改革や新規開発に取り組もうとされている皆さん
・IT業界以外から、SI事業者/ITベンダー企業に転職された皆さん
・デジタル人材/DX人材の育成に関わられる皆さん
詳しくはこちらをご覧下さい。
※神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO(やまと)会員の皆さんは、参加費が無料となります。申し込みに際しましては、その旨、通信欄にご記入ください。
期間:2025年10月8日(水)~最終回12月17日(水) 全10回+特別補講
時間:毎週 水曜日18:30~20:30の2時間
方法:オンライン(Zoom)
費用:90,000円(税込み 99,000円)
内容:
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- ITの前提となるクラウド・ネイティブ
- ビジネス基盤となったIoT
- 既存の常識の書き換え前提を再定義するAI
- コンピューティングの常識を転換する量子コンピュータ
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- 【特別講師】クラウド/DevOpsの実践
- 【特別講師】アジャイルの実践とアジャイルワーク
- 【特別講師】経営のためのセキュリティの基礎と本質
- 総括・これからのITビジネス戦略
- 【特別講師】特別補講 (選人中)
*「すぐに参加を確定できないが、参加の意向はある」という方は、まずはメールでご一報ください。事前に参加枠を確保します。決定致しましたらお知らせください。
8月8日!新著・「システムインテグレーション革命」出版!
AI前提の世の中になろうとしている今、SIビジネスもまたAI前提に舵を切らなくてはなりません。しかし、どこに向かって、どのように舵を切ればいいのでしょうか。
本書は、「システムインテグレーション崩壊」、「システムインテグレーション再生の戦略」に続く第三弾としてとして。AIの大波を乗り越えるシナリオを描いています。是非、手に取ってご覧下さい。
【図解】これ1枚でわかる最新ITトレンド・改訂第5版
生成AIを使えば、業務の効率爆上がり?
このソフトウェアを導入すれば、DXができる?
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神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。