AI時代に市場価値を上げ続けるIT人材とは? 40代・50代の「転職ミスマッチ」から考える、本当の「転職力」
最近、人材紹介を手がける方から、非常に興味深いお話を聞きました。
「今、IT系の企業からユーザー企業への転職需要が、かつてないほど増えているんです」
DXの流れが加速し、さらに2023年頃からの生成AIの爆発的な普及を受けて、多くの企業が「ITやAIを自社の武器にしたい」と本気で考え、内製化やデジタル戦略部門の強化に乗り出しています。まさに「IT・AI人材の売り手市場」と言えるでしょう。
しかし、その方はこう続けました。
「売り手市場だからといって、すべてがうまくいくわけではないんです。特に、デジタル戦略を担ってほしい幹部候補、つまり40代から50代のベテラン層と、企業の期待とのミスマッチが深刻化しています」
いったい、何が起きているのでしょうか。
期待される「ベテラン像」とのギャップ
転職市場で厳しい評価に直面してしまうベテランIT人材。彼らには、大手IT企業で難しいプロジェクトを成功させてきた、輝かしい実績がある場合も多いです。
しかし、その多くが「依頼された仕事(システム)を、納期通り・予算通りに確実にやり遂げる」という「実行力」の評価でした。
一方、ユーザー企業の経営者がベテランに期待しているのは、テクノロジーを経営や事業に結びつける「戦略策定能力」と、それを推進する「イニシアティブ」です。
面接で「当社の事業を踏まえ、AIを使ってどのようなデジタル戦略を提言しますか?」と問われたとき、彼らの多くが明確に答えられないというのです。
ミスマッチの正体1:手段の「実行」か、目的の「戦略」か
人材紹介の方は、受け入れ先の経営者が漏らした言葉を教えてくれました。
「彼らは、ITという『手段』を高いレベルで使いこなせること自体を、ご自身の価値だと考えているようです。私たちが知りたいのは、そのITを使って『何をするか』です。経営や事業をどう変革し、どう収益を上げるか。その『目的』が語れない方は、残念ながら難しいですね」
これは、AI時代になって、さらに顕著になっています。
多くの企業が「生成AIを導入したい」と考えていますが、それは「ChatGPTを全社導入すること」が目的ではありません。
「AIを使って顧客体験をどう向上させるか?」
「AIでどの業務プロセスを自動化・最適化し、コスト削減や新しい価値創出につなげるか?」
こうした「経営アジェンダ」に、技術を翻訳して答えられる人材が求められています。過去の経験や実績が「手段の実行」に偏っていると、この期待に応えるのは難しいのかもしれません。
ミスマッチの正体2:「過去の常識」と「現在の常識」
もうひとつの大きなギャップは、「テクノロジーの常識」です。
ユーザー企業が今まさに求めているのは、AI(特に生成AI)、クラウド、アジャイル開発、データ基盤といった、現在のビジネスを動かす技術です。
しかし、ベテラン層の中には、これらの新しい常識を深く理解・体得していない方が少なくない、と前述の方は指摘します。
もちろん、彼らがキャリアを築いてきた時代の「常識」は異なりました。大規模なウォーターフォール開発で、オンプレミスのレガシーシステムを構築・運用することが、IT部門の主なミッションだった時代もあります。
その経験や実績が不要になったわけではありません。むしろ、その「業務知識」や「レガシーシステムを動かしてきた経験」は、AI時代において非常に貴重です。
問題は、その貴重な経験と、「AI」という最新の強力な武器を、頭の中で結びつけられているかどうかです。
過去の成功体験に頼るあまり、
「AIなんて、まだおもちゃだろう」
「アジャイル開発は、うちのような大規模システムには向かない」
と、新しい学びを怠ってしまってはいないでしょうか。
企業側は、既存のレガシーシステムを刷新し、AIを活用した次世代のデジタル戦略を担ってほしいと考えています。その時、過去の経験を「転職バリュー」だと考える人材と、「過去の経験」と「最新のAI知識」を組み合わせて未来を語れる人材とでは、評価が分かれてしまうのは当然のことかもしれません。
終身雇用が前提だった「会社任せの学び」の終焉
なぜ、このようなミスマッチが起きてしまうのでしょうか。
背景には、日本の雇用慣行がありました。かつては終身雇用を前提に、会社が用意する研修を受け、会社の中での経験を積むことがスキルアップにつながっていました。その「会社の文脈」で評価されれば、定年まで食べていくことに困らなかったのです。
しかし、米国などでは、スキルアップは「自己責任」という考え方が主流です。会社が手厚い研修を用意してくれるとは限りません。自腹を切って高額なイベントやトレーニングに参加し、常に自分の市場価値を高めておかないと、いつキャリアが途絶えるか分からないという危機感があります。
どちらが良いという単純な比較はできません。ただ、日本においても状況は激変しました。
経済界のトップから「終身雇用は維持できない」という発言が相次ぎ、45歳以上を対象とした希望退職のニュースも珍しくなくなりました。 そして何より、AIの登場により、スキルの陳腐化するスピードが劇的に早まっています。昨日まで「最新」だった知識が、今日にはもう古くなっている。そんな時代に、「会社が教えてくれるのを待つ」という姿勢では、あっという間に取り残されてしまいます。
この「学びのギャップ」が引き起こす問題は、2025年の今、まさに現実のものとなっています。 例えば、Linux Foundationが2025年6月に発表した日本の技術人材に関するレポートでは、日本の組織の70%以上が主要な技術分野で「人材が不足している」と回答しており、これは他地域より52%も高い数値です。特にAI関連のスキルギャップは深刻だと指摘されています。 また、ヘイズの「2025年アジア給与ガイド」によれば、日本の雇用主の71%が「スキル不足」を実感している一方で、驚くべきことに専門家の4人のうち3人(75%)が「AI技術を業務に統合するためのトレーニングやサポートを雇用主から受けていない」と回答しています。
かつてはクラウド化やアジャイル開発への対応の遅れが問題視されていましたが、これらの調査結果が示すように、現在はAIへの対応の遅れが、さらに深刻な「スキル不足」と、優秀な人材の流出を加速させているように見えます。
優秀な若手ほど、古い価値観のまま変革できない組織に留まることを「自分の将来にとってのリスクだ」と敏感に感じ取り、AIの活用に積極的な企業へと移っていきます。
磨くべきは「社内的価値」ではなく「社会的価値」
では、私たちはどうすればいいのでしょうか。
それは、自分の「世界を拡げる」こと、そして「社内的価値」ではなく「社会的価値」を磨くことだと、私は考えています。
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社内的価値: その会社の中でしか通用しない論理や評価基準。
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社会的価値: どの会社に行っても通用するスキル、能力、常識。
「社会的価値」が高い人、つまり「転職力」がある人とは、どのような人でしょうか。
それは、「〇〇会社の□□さん」ではなく、「□□さん」という「バイネーム(個人名)」で社外からも認知されている人です。
「AIを使った業務改革なら、□□さんに相談すれば何かヒントをくれる」
そう世間の人が思い浮かべてくれる存在であるかどうか。
バイネームで知られる人たちには、共通点があります。
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社外に多くの人のつながり(チャネル)を持っている。
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ブログやSNS、講演などで、自分の知見を積極的にアウトプットしている。
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直接の仕事以外のこと(経営、異業種、そして最新技術)を幅広く勉強し続けている。
こうした人は、会社という枠を超えた「社会的価値」を持っています。だから、終身雇用が終わると言われても、「そうですか」と冷静に受け止められるのです。
もちろん、そのような人は、今の会社にとっても絶対に手放したくない貴重な人材であるはずです。
「決心」より、まず「行動」を
40代、50代のベテランIT人材にとって、AIは脅威ではなく、最大のチャンスです。
なぜなら、AI自体は「何でも知っている新人」に過ぎず、「どの業務に、どう使えば価値が出るか」を知らないからです。
その「業務知識」や「課題の本質」を深く理解しているのは、長年の経験を積んだベテランの皆さんです。
皆さんの「過去の経験」と「AIという最新の武器」を掛け算できれば、それこそが最強の「社会的価値」となります。
「よし、決心して勉強しよう」
そう考える必要はありません。その考え方は、かえって行動を鈍らせてしまいます。
まずは、どんな小さなことでもいいから「世界を拡げる」ための行動を「今日」から始めてみませんか。
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AIに関するニュースを1日1つ、SNSで要約して発信してみる。
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社外のオンライン勉強会に、まずは「聞くだけ」でも参加してみる。
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気になった技術書を、1冊買ってみる。
その小さな行動の「習慣化」こそが、あなたの「社会的価値」を静かに、しかし確実に高めていきます。
「まだ大丈夫。いつになっても人間は変われる」
これは、勇気と慰めを与えてくれる良い言葉です。
しかし、その言葉に甘えて行動を先延ばしにし、本当に「大丈夫」でいられるのか。それは誰にも保証できない、というのが今の時代の厳しい現実なのだと思います。
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