文章は言い切れ!日本人よ恐れるな!!
こんにちは、最近土曜日はお昼はジム・サウナ→午後はカフェでPCをカタカタしつつ東京を歩いている穂苅(@tomoyanhokarin)です。
昨日は自分の好きな夕方の東京駅丸の内側をぶらぶらしてきました。
風が強くて寒かったですが、空がだんだん暗くなってきている雰囲気と暖色の灯りの調和が素晴らしかったです。
皆さん、文章を書くときは語尾を曖昧にせず言い切っていますか?
「〜と思う。」「〜だと考えている。」ばかりになっていませんか?
はっきり言います。
文章は言い切れ!
曖昧な語尾は読まれたときにろくなことがない
文章を書くという行為は、他の人に何かを伝えたい時、もう少し突っ込むと読んだ人に何かの行動をしてもらいたいときに行います。
最近文章の書き方に関する本を読んだり、様々な人の文章を意識的に見るようにしているのですが、
語尾が曖昧だと
「結局何が言いたいの?」
という後読感しか残らないという残念なことになると実感しました。
自分の文章を見ても、「思う」がかなり使われており、
「自信ないなコイツ・・・」
と読者目線で思ってしまいました。
例えば、1月8日の「僕のかばんの最適解」という投稿では、言い切るべき主張として、
かばんの中でリュックが最適です!
と言い切れば良いところを、「〜だと思っています。」としてしまっています。
(↑ 記事内のキャプチャ)
反省です。
ベジータ風に言うと、「「思う」のバーゲンセール」状態でした。
更にたちが悪い文章だと、曖昧さを隠そうとダラダラ長い文章になっており、
読者が辟易するということを強いているものもありました。
人に伝えたいのであれば、
文章ははっきりしっかり言い切るべきです。
言い切ると良いことが多い(その分摩擦や誤解を生む可能性があるが)
言い切るということは実はかなり心理的ハードルが高いです。
特に日本人は義務教育により、曖昧さと謙虚さと忖度で構成されていると言っても過言ではありません。
と、こう書くと
「そんなこと無いよ!日本人をバカにするな!」
などという意見が出るかもしれませんが、実際その側面はありますよね。
もちろんはっきりとは判明していない事実や調べきれないこともありますが、周辺情報から言い切れるようにしていくことは可能なはずです。
日本人よ、恐れるな!
他人と意見が違うことは当然のこと。意見が違うのであれば話し合えばいいしそれぞれの意見を分かりあえばいいだけです。
心の問題です。
言い切れるには、書く内容の理解が重要
とはいえ、言い切るためには欠かせないことがあります。
証拠・エビデンスです。
証拠・エビデンスで自分の言い切った意見を強固なものにするのです。
そのためには調査したり人に話を聞いたり、体験してみたりということも必要です。
一番良いのは体験や経験を元に主張を持っていくことですが、多くの人が見て「だよね。」と思うような証拠をしっかりと用意し、書く内容への理解がないと弱気になってしまいます。
この記事で言えば、自分で読んだ本やブログ記事を見てきて感じたことがエビデンスです。
そのため、自信を持って
文章は言い切れ!
と言えるわけです。
文章は言い切れ!
さあ、自分で書いた文章を言い切りましょう!
そのために、恐れず文章を書き続けましょう!
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