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今日は週末なので、ちょっと角度を変えた考察を、自分のメモ代わりに記しておきたい。Appleの音楽配信、動画配信事業にインスパアされたことでもある。
ブロードバンドが行き渡ったいま、Blogの普及と、それに続くFeedというメタデータ配信メソッドがスタンダードとなることによって、世界中の情報取得が非常に容易になりつつある。今後の課題と僕が思うのは、今度はあまりにも膨大な情報をどうやって適切に処理することができるか、ということと、玉石混淆的な情報の質を、如何にして見分けるかという2点だ。
つまり、量と質のフィルタリングこそが最大の焦点になっていくと考えている。
これまでは、マスメディアがその2つの機能を担ってきたが、新聞、とかサイト、などのパッケージ(あるいはフレーム)に収まらない情報があふれており、これを処理するためのアプリケーションや新しいサービスが求められていくと思うのである。
現在の情報量は既に、人間の脳の処理能力を超えたレベルに達しているわけだが、逆説的に言うと、脳の処理技術を効果的に増大することを考えることが、このアプリ開発の途である、と僕は考える。
例えば、蝶の羽にはHotspotというのがあって、効率的に熱を逃がすための仕組みがあるのだが、機械の熱効率向上に応用されたりしているそうだ。もちろん蝶の羽は数百度の高熱に耐えるわけではない。同じように、脳の効率的な機能を応用すれば、素晴らしいアプリが生まれると予測できる。(いまさら言うまでもないが。AIだってそうだし)
というわけで、脳の知覚能力のもっとも基本的なことを考えると、記憶という経験を応用して物事の変化を「予測」機能と、そしてその基点とするべき「時間軸」設定の2つのような気がする。
前はこうだったから、次はこうだ、と予測する機能、そして、その変換を時間の流れによって(変わる状況の変化を)適宜修正していくこと、である。
音楽を聞き、一つのフレーズを捉えてから、次のフレーズを予測する。そして全体の曲を考えていく。その予測が悪い方に外れれば気に入らないし、あまりあたりすぎると、つまらないと思う。いい方に少しだけ予測が外れた感じが愉しい(僕だけかもしれない)、そして気に入る。音楽は脳の動きを考えるうえで一番分かりやすいのだが、曲全体を瞬時に知覚することは絶対にできず、時間軸の動きによって次から次へと把握していくが、その都度次のフレーズを予測しながら楽しんでいるわけである。(動画もそうだ)
こういう処理能力は現在のコンピューター、アプリケーションは脳にはるかに及ばない。逆に、処理容量については脳の限界をはるかに超えることができる。
『予測と時間軸』の概念をうまく応用して、擬似的に脳の支援をするようなアプリケーションを作る。そんな愉しいことを一緒にトライしてくれるエンジニアの方、連絡ください(^^;)。
Technorati Tags: Blog, Business, Feed, feedpath, feedsphere
結論から言うと、僕はiPod nanoがビデオ対応するまでは待つ事にした。
僕は前から”カバン内シェア”が、こうした携帯端末の市場を左右しているという独自のセオリー(^_^)を持っている。
カバンの中に入れられるキャパ、容量というものは限りがあって、そこに常に入れておけるモノの数も当然限定されてくる。要は携帯品の数には限界があって、市場そのものの数は、当然絞られてくる。”カバン内シェア”を奪えないカテゴリ/商品は、淘汰されてしまう、という理論だ。また、当然あまり重いものは必要であっても敬遠されていく、という原則がある。
(ポケットの中でも、手の中でも、ぶら下げられる首でも何でもいい、とにかく我々が移動中に持ちうる収納機能のことを言っている)
さっと数えてみよう。財布、カギ、社員証のようなモノ、定期などの必須品。その次には、間違いなくケータイがくる。デジカメや携帯音楽端末、PDAなどはそのあと、ということになるが、デジカメは、カメラ付きケータイの前にほぼ敗れ去った。特に最近のケータイは300万画素+AF付にまで進化しており、わざわざ別にデジカメを持つ必要が無い。だから今は、デジカメ業界はより高機能な一眼レフタイプなどに主力をシフトしつつあるのだが、とにかく最近のケータイはありとあらゆる携帯品の機能を具備し始めている。
PDAについては、事実上Palmが消え、CLIEが消えて、市場そのものがなくなったといっていい。PDAはPIM(スケジューラーなどの個人情報管理機能)としてはケータイのそれに代替され、ミュージックプレーヤーやデジカメ機能などを搭載する事によって、返ってiPodやデジカメ専用機との比較検討にさらされ、その中途半端さがたたって存在価値を減じてしまった。(海外ではスマートフォンという形で生き残り、日本においても702NKやm1000の登場によって新しいジャンルが生まれる可能性は残った)
ちなみに、最近ではB5サイズなどの軽量ノートパソコンに目立ったヒットが無いが、スマートフォンが普及すると、ますますその傾向が増える気がする。PIMもPOPメールもスマートフォンで管理できるし、ブロードバンドでPC Webを見られるようなフルブラウザが登場している。WordやExcel、PowerPointなどのファイルも開けるようになってきたので、パソコンを携帯する必要が減ってきている。事実僕は、愛用のPowerBookを持ち運ばなくなった。
さて。
音楽携帯端末(というよりiPod+その他)は、今のところ成長市場として認知されている。日本においては着うたフルなどの(iTMSに相当する)サービスと連携した音楽再生機能付きケータイと激しい戦いを強いられるだろうが、それでも現在の状態では僕はカバン内シェアで、ケータイの次にiPodは居座れると思う。ケータイも多機能化しているので、バッテリー持続時間の問題もありそうだ。フルブラウザーによるWeb閲覧、メール、そして音楽再生となると・・・。iPodの電源が落ちたとしてもあきらめがつくが、ケータイはライフラインなのだ。
ただ、ビデオiPodは、その本質的な価値よりも、金額が高いことによって爆発的なヒットはしないような気がする。また、サイズがかなり薄くなったとはいってもnanoを見たあとでは、やはり重い。現在iTMSで販売しているのはPIXAR系のショートムービーと、プロモーションビデオだけだが、まだ数が多くないとはいえ、僕はそれを買いたいという需要はあると思う。(僕も一曲買って、iTunes 6.0で再生してみた。PowerBookからはテレビにもつなげるので、結構いい感じだ)
ただ、持ち運びを考えたときに、カバン内シェアのセオリーからすると、液晶を犠牲にしてでも、もっと小さくした方がいい。nanoの液晶の大きさでも十分見られるし、むしろテレビや液晶モニター、プロジェクターなどにOutputする機能をつければいいのではないか?iPodによるビデオ再生は、通勤電車内でのニーズよりも、いつでも見られるところに動画を持ち、必要なときに大きなモニターで再生する、という用途のほうが受ける気がしている。
携帯端末で動画+音声を再生できるという機能は魅力的であるが、常に携帯するための”カバン内シェア”のセオリーに反するようでは普及は難しい。iPod nanoの大きさに押さえたときに、大きな需要を作り出すことができると思う。
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