あるようでなかった「販売の教科書」
井上健哉さんの『売れる販売員の全技術』という本に感心しました。
販売について学び直したい人、新人に販売を教育したい人などにお薦めします。あるようでなかった販売の網羅的かつ模範的な教科書だからです。
販売本はダイエット本か?
販売に関する本は既に多数出ていて、数々の名著もあります。それなのに、毎年新しい本が多数出ています。
「何でそんなに販売本ってあるの?」と知り合いの編集者に尋ねたところ、「コンスタントに部数が出るから」との答え。
ダイエット本のようなものなのでしょう。書いてあることはだいたい同じですが、少しずつ違います。「あの本ではダメだったので、この本に賭ける」ということなのでしょう。
市場環境は激動していても、売るコツなど大して変わらないはず。ダイエットだって原理は、摂取カロリーよりも消費カロリーのほうが大きければ痩せる、そのための習慣を身につける――それだけです。
『売れる販売員の全技術』も「ダイエット本」かもしれません。しかし、ダイエットしたい人がまず読むべき本があるとしたら、この本も売れるようになりたい人がまず読むべき本かもしれません。
略歴に驚嘆
オビには、赤字で「「小さな売れるコツ」100」と書いてあります。
よくある小手先のテクニック本かと最初は思いました。
僕は、小手先のテクニックがあまり好きになれません。ただ、その前に書かれていた「18年連続で世界トップクラスの売上を誇るカリスマ」という惹句には少々興味を持ちました。それで、著者略歴を拝見したのです。
簡単にまとめます。
著者の井上健哉さんは、新卒で入行した京都銀行で優秀な営業成績を上げたあと、1997年にソニー生命に転職。転職初年から世界の保険販売のトップ6%しか登録できないMDRTに登録、2014年まで17年連続で登録し続けています。
現在は独立し、生保営業を続けるかたわら、経営コンサルタントや講師としても活躍中。多数の業種で販売指導をしています。
僕は、営業コンサルタントのセミナーのプロデュースもやっていたので、生保営業の人も何人か知っています。なので、この経歴はすごいと直感しました。
銀行では法人向けの融資をしていたようですが、法人融資といい生保営業といい、新規開拓は門前払いが普通の仕事です。しかし、新規開拓しなければトップクラスには入れません。
銀行時代も優秀だったようなので、1991年から都合24年間、4半世紀にわたって「売るのが一番大変な業界」でトップ営業を続けてきたということになります。
「構成」に納得
次に見るのは、「まえがき」か目次ですが、僕は「まえがき」を読みます。読みやすいかどうかは「まえがき」でわかるからです。
読みやすさは問題なく、井上さんの経歴も分かって面白く読めました。やや、実績自慢のところもありますが、それは仕方がない。実績がない人の書いた販売本を買う人はいないからです。
目次を見ると、3章構成になっています。第1章は販売員の基本的なスタンスについて、第2章は売れるためのポイント、第3章はさらに踏み込んだ実践テクニックとなっています。これは、納得できる構成です。
ただ、それぞれの章にいくつかのポイントがあります。第1章は3つ、第2章は4つ、第3章は7つです。
なぜ、この数なのか?
多くの販売本で僕が不満に思うのが、網羅性や体系性のなさです。ぶっちゃけ、思い付きで挙がったものを書いているだけじゃないの?と感じてしまうのです。
実は僕がこの本に一番感心したところは、この点です。
各章にリードの部分があり、そこに僕の疑問への答えが明確に書いてあったのです。
詳しくは書きませんが、1章のポイントが3つであり、2章のポイントが4つであり、3章のポイントが7つである理由が、実に「論理的」(論理そのものの整合性は措くとしても)に書いてありました。
こういう論理を作る努力を放棄している著者が多いなか、実際に論理構築をしている人がいたのには、とてもうれしくなりました。
考え方、エピソード、テクニックのバランスがいい
以前、セミナー講師を育成するセミナーに参加したことがあります。今でも頭に残っていることが1つあります。
「良いセミナーは、理論、事例、方法論がバランスよく組み合わされている」ということです。
ビジネス本も一緒だと考えます。
理論は考え方、事例はエピソード、方法論はテクニックと置き換えてもいいでしょう。
『売れる販売員の全技術』は、この3つのバランスがとてもいいなと感じました。
都合14のポイントがあるわけですが、そのすべてにエピソードがあり、そのエピソードの意味を説明した考え方の部分があり、「小さな売れるコツ」というテクニックが書かれています。
「小さな売れるコツ」に関していうと、これは無理やり100個にしようとしたフシがあり、重複するようなものもありますが、テクニックを100個挙げたと思えば、その努力には頭が下がります。
中にはありきたりと思えるものもありますが、おどろくべきものもあります。このあたりは初心者を意識しているわけだから、両方あるべきでしょう。
先に「僕は、小手先のテクニックがあまり好きになれません」と書きました。
しかし、考え方と事例だけの本も多数ありますが、これらも役に立つとは思えません。少なくとも初心者や迷っている人の役には立たないでしょう。
そういう意味で、「小手先のテクニック」も必要なのです。バランスが肝心ということです。
著者はみな販売のトッププロだから、どの販売本もノウハウには感嘆するわけですが、構成や内容のバランスに納得感のある販売本というのは、僕にとっては初めてのものです。
そして、これは教科書にこそほしい納得感なのです。
冒頭に「販売について学び直したい人、新人に販売を教育したい人などにお薦め」する「あるようでなかった販売の網羅的かつ模範的な教科書」と書いたのは、このような理由からです。
お店に1冊、中小企業ならば会社に1冊、大企業ならば営業部門ごとに1冊(元々井上さんはBtoB営業が得意なようなので、BtoBにもヒントになります)置いておきたい本ではないでしょうか。
全部読み通して経営全般を見直すもよし、行き詰っているときにパラっとめくって出てきたページの内容を実践するもよし。とにかく手元にほしい本です。
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