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ITに強いビジネスライターとして、企業システムの開発・運用に関する記事や、ITベンダーの導入事例・顧客向けコラム等を多数書いてきた筆者が、仕事を通じて得た知見をシェアいたします。

数字に関することは直感で納得してはいけない

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人類がいつ頃言語を獲得したかについては、諸説あるうえ、証拠も乏しい。文字の獲得は言語の獲得よりかなり後だろうし、当然ながら録音の方法もなかったのだから、解剖学などの間接的な証拠から考えるしかない。

出典がWikipediaで恐縮だが、「1866年、 パリ言語学協会はこの主題を禁止するまでに至った」のだそうだ。とはいえ、人の好奇心を禁止することはできないので、今日までに諸説出てきている。

アウストラロピテクスやホモ・ハビリスの時代(約200万~150万年前)には言語らしきものがあったという人もいるし、言語といっていいのは現生人類からだろう(約4万年前以降)という人もいる。

ネアンデルタール人(約20万年~2万年前)には埋葬の習慣があったというから、死後の世界というような"抽象的"な概念を持っていたということだ。言語なくして抽象的な概念があるとは考えづらいので、ネアンデルタール人の頃に言語はできたのだろうと、僕は思う。

いずれにしろ、スパンは長いが200万年~4万年前のどこかで、人類は言語を獲得したのだと思われる。いまの人類の言語と連続性があるのかは分からないとはいえ、言語の歴史は長いと言っていいだろう。

 

■ 人間の脳は数字を直感で扱えるほど発達していない

ところが、数字というのは、言語と比較するとかなりの新参者である。数字は記録されてこそ意味があると考えると、その起源は文字の発明とほぼ一致するのではないだろうか。

だとすると、最古の文字である楔形文字やヒエログリフが紀元前3,300年前後といわれているので、たかだか5千数百年の歴史ということになる。

数字の概念自体は先に発明されていたかもしれない。狩猟採集民でも収穫物を分配するのに、必要としたかもしれないからだ。が、どれだけさかのぼっても、せいぜい1万年ぐらいの歴史と見るのが妥当ではなかろうか。

ゼロが数字として認知されたのが、7世紀のインドとされている(ゼロの概念はそれ以前からあったらしい)。小数などはもっと新しい。小数点が発明されたのは16世紀といわれている。

庶民が普通に数字を扱えるようになったのは、それこそ、ここ数百年のことだ。

このように歴史が浅いため、人間の脳は数字を直感的に扱えるほど発達していないのだそうだ。 

 

■ 脳科学者、池谷裕二氏の挙げた例

素人にもわかりやすく脳科学について伝えることで有名な脳科学者・池谷裕二氏は次のような例を挙げている(扶桑社『脳には妙なクセがある』より)。

たとえば、1万人に1人しか感染しない病気があったとする。ある製薬会社が、この病気に感染しているかどうかを判定する、信頼性99%の検査法を発明した。

さて、あなたが検査を受けたら陽性だった。この病気は致死率が高い。あなたは嘆き悲しむべきだろうか?

信頼性99%である。ほぼ確実に感染していると思う人がほとんどだろう。私もそう思った。

ところが......。

分かりやすい数字で説明しよう。100万人が、この検査を受けたとする。

1万人に1人の感染率だから、100人の人が感染しているはずだ。99%の信頼性のある検査法だから、その中の99人を陽性と判定する。

すると、あなたはこの99人の中の1人なのか?

そうとは言えない。感染していない人のことを忘れている。

感染していない人は何人いるだろうか? 100万人から100人を引いた99万9900人である。

信頼性99%の検査法ならば、このうちの1%の9999人を陽性と判定するはずだ。

つまり、先ほどの99人を足すと、10098人を陽性と判定してしまうわけだ。

実際の陽性は、10098人のうちの99人しかいないので、陽性と判定されても1%未満の人しか陽性ではないということになる。

えっ!?こんがらがってしまってついていけない?

99%の信頼性だったのが、1%未満しか正しくないって、何だか変だ。森川・お前、だましているだろう!

と思う人もいるかもしれないが、僕はだましていないし、この例を挙げた池谷氏もだましてはいない。このロジックはまったく正しい。

もしついていけなかったとしても嘆くことはない。あなたも数字に弱い「普通の人間」だということである(かくいう僕も3回ぐらい読み返して、ようやく理解した)。

池谷氏は、脳科学者である前に薬学博士である。実際、薬の効き目や検査法の信頼性などで、怪しい数字がまかり通っていることに問題を感じておられるという。

人間、生存に関わるようなことは、意外と直感に頼ってもいいのだそうだ。いちいち熟考していたら、その間に死んでしまうことが多いからだ。

しかし、こと数字に関することだけは、直感で判断しないほうがいいようだ。

 

■ 昨日テレビで見聞した例

こういう話はいくらでもある。

昨日のテレビのニュースでも、怪しい数字が一人歩きしていた。

円安が進行して、原油価格が高騰している。当然ガソリンも値上がりしている。一時期に比べると10円程度上がっている。ガソリンスタンドで満タンにしたときに、請求額を見るのは僕でもいやだ。

だから、ガソリン代の値上がりが庶民に打撃を与えているという意見には、僕も賛成だ。

しかし、何度も何度も繰り返し流されていた、次のような「庶民」の意見はいかがなものだろうか?

「庶民にとっては、たとえ1リッターあたり1円の値上がりでも痛いです」

彼は、「庶民」というからには、燃費のいい車に乗っているのだろう。「庶民」がリッター3~4kmぐらいしか走らないスポーツカーを乗り回しているのならつじつまが合わない。少なくとも「庶民代表」として取り上げるべきではない。最低でもリッター10kmの燃費の車に乗っていると考えていいだろう。

では、庶民にとって痛い額とはどのぐらいだろうか?

月500円ということはなかろう。それぐらいなら、いくらでもやりくりできる。これが本当に痛いのなら、その前に車の所有をやめるべきだ。

月3000円ならどうだろうか? 1日約100円だが、年間にすれば3万6千円だ。痛いといえば痛い。では、月3000円としよう。

さて、1リッター1円の値上がりを痛いという彼は、月にどれぐらい車を運転しなければならないのか?

簡単な計算だ。月3万km。1日1千kmだ。東京―京都間が約500kmだから、彼は毎日その距離を往復していることになる。

実際には、1リッターあたり1円の値上げで痛い思いをしているのは、運輸・運送会社を経営している社長か、スポーツカーを乗り回している人かどちらかである。どちらも、その多くは富裕層であろう。「庶民」ではない(ただし、漁業関係者が言うのであれば話は分かる。漁船は車など比較にならないぐらい燃費が悪そうだ)。

 

■ 数字で人をだますのは簡単

マスコミは、これぞ庶民の声と思って、ヘビーローテーションで取り上げたのだろう。

彼も「庶民の代表」はこういうことを言うべきと思って答えたのだろう。

そして、テレビの前で「これこそ庶民の声。よく言ってくれた」と納得する人も多いのだろう。

しかし、上のような簡単な計算をしてみれば、「庶民の代表」の声にはふさわしくないと分かるわけである。ただ、計算する人は少ない。

(本来は日本の高すぎるガソリン代、そしてその多くの部分が税金だということが問題のはず。このような報道は、円安でガソリン代を値上げする業者に対する不満や、円安そのものへの不満などにミスリードすることになりがちなので、僕は問題だと感じる。)

僕が計算してみたのは、賢いからではない。ただ単に、数字に関することは直感で判断してはいけないということを知っていただけのことである。

実際に、もっともらしい数字で人をだます(意図しているかどうかは別として)ということは簡単だし、だからこそ横行している。

広告宣伝は言うに及ばず、政府広報でも、マスコミでも、あるいは尊い気持ちでやっていると思われる市民運動でも、"あやしい"数字を駆使して、人を説得しようとしている。

データやグラフなどは、正しい説得にも必要なことである。しかしながら、人をだます道具としても使える。

データやグラフを駆使して説得しようとしている人をみたら、簡単な数字を適用して検算することをお勧めしたい。

 

■ 実際にビジネスで使われている手法

嘘かどうかは微妙なところではあるが、ビジネスでよく使われる事例集なども相当あやしい。

たとえば、「当社の製品を導入することで、A社様は費用対効果を15%向上させました」などという売り文句をよく見かける。

計算してみると、たしかに15%向上している。しかし、その額は月あたりわずか1万5千円だった――というようなことはよくある。

もちろん我々の財布であれば、1万5千円は大きい。でも、月商10億円の会社だったらどうだろうか? 微々たるものである。

それでも、コストカットを積み上げるのは大切だという反論もあるだろう。僕も、それには異論はない。ただ、売り文句として「15%向上」はいかかがなものかと言っているだけである。

逆のケースもある。

「当社の資産管理ツールの導入で、B社様は、年間10億円のシステム投資の削減に成功しました」

10億円は巨額である。しかし、この会社の年間のシステム投資額が1000億円だったとしたらどうだろうか?

年間1%の削減と書いたとしたら、売り文句としては明らかに弱い。しかし、それが真実なのだ。

1000兆円の借金のある国で、年間100億円ほどムダを削減しましたと胸を張られても、本当はおかしい。1000万円持っている人が、100円も寄付しましたと威張っているのと同じだ。でも、人は100億円という数字に反応するのである。

本当に信頼できるのは、割合と金額を併記している会社だけだろう。

 

■ まとめ

人は数字にだまされやすい。脳が数字を直感的に扱えるほど発達していないからだ。

だから、データやグラフでは簡単に説得されないように、自分なりに検算する習慣をつけるのがよい。

逆に、数字で簡単に人をだませるからといって、それだけはやらないことだ。バレたときが怖い。

 

※今回の内容は、2013年1月31日に発行したメルマガとほぼ同様の内容です。このような内容を定期的に書いていますので、興味のある方はこちらへ。

 

■ 補足

数字に関しては、直感も論理思考も両方必要というご意見があったので、それへの反論ではないのだが、補足しておきたいと思う。

両方あれば越したことはないと思う。ただ、論理思考はある程度訓練できるが、数字に対する直感については難しいというのが、僕(だけではないが)の意見である。

というのは、人は教育さえ生き届けば合理的に行動するという考えが昔は主流だったようだが、いまはどうもそうではなさそうだというのが主流になりつつあるようだからだ。特に数字に関してはそうだ。

たとえば、期待値でいえば明らかに小さいほうを人は選択しがちだということが、心理学や社会学などの実験で確かめられている。

同じ100人を集めるにしても、全員に1000円を差し上げるというオファーのほうが、80人に1500円を差し上げるというオファーより人を集めやすいのだそうだ。

期待値でいえば、前者が1000円×100%=1000円、後者が1500円×80%=1200円で、後者のほうが得なのにだ。掛け算1回すれば分かることでも人は間違える(もちろん、外れる20人のほうになりたくないという心理的欲求が、200円の損失を補って余りあるという意見もあろう。でも、大半の人はこのような計算をしないと思う)。

なぜ人間の判断は数字的にみれば非合理なことが多いのかを脳科学的にみると、どうも脳は数字に弱いからだということが分かってきた、ということなのらしい(それだけだとは思っていないということは付け加えておく)。

経営学には、経済学、心理学、社会学の3つの流れがあるそうだが、この中で経営者が経済合理的に(つまり数字的に合理的に)行動するという前提(モデル)で考えるのは、経済学の流れをくむ人だけで、その他はそうは考えないのだそうだ。どちらかというと経営者は不合理に動くのだが、それにも一定の法則がありそうなので、それを研究しているという感じらしい。

だからと言って、人間は数字に弱いというのが真実だと決めつけているのかというとそうではないし(あくまで仮説である)、経済合理的に行動するというモデルでものを考えてはいけないということを言っているのではない。

多くの人が数字に対する直感が弱いというのは事実であり、それをきちっと自覚したうえで、自分なりに検算するなど対策を取ろうというのが、今回の記事でもっとも言いたいことである。悪用して人をだますなんてとんでもない、というのは、付け足しと思ってください(とはいえ、これが書き始めた動機ではあったのだが)。

ただし、「数字に関しては、直感も論理思考も両方必要というご意見」をくださった方は、もっと違うことをおっしゃりたいのだと思う。

たとえば、生まれつきの直感がない人でも、毎日帳簿をつけていたりしたら、だんだんと感覚は磨かれていくだろう。社会人になったばかりの新人も、最初は契約書の変な数字に違和感を持てなくても、経験を積むうちに分かるようになるだろう。このように訓練で磨かれる部分もあるのだから、脳が数字に弱いなどとあきらめないで、努力すべきだということを、彼は言いたいのだと思う。

となると、彼も僕も言いたいことは一緒なのである。

検算する習慣をつけることは、そのような感覚を磨くためでもあるのだ。

ただ、僕はそれを「直感」とは呼ばない。それだけのことである。数字感覚とか直観とか、そういう用語で呼ぶようなものだと思うのである。

※なお、ご意見をくださった方も、僕のこの補足を読む前に、自分の言うことは「直感」ではなく「直観」と表記すべきだったとツイートしてこられたことを、さらに追記しておく。

記事に共感した方は、ぜひ下記のサイトにもお立ち寄りください。

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