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ITに強いビジネスライターとして、企業システムの開発・運用に関する記事や、ITベンダーの導入事例・顧客向けコラム等を多数書いてきた筆者が、仕事を通じて得た知見をシェアいたします。

"斜陽"産業は得意客のために何かしてきたか?

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2012071201.jpgダイヤモンド社の『MBAマーケティング』という本がある。1997年2月に第1刷が出た。僕が持っているのは、2002年11月の第18刷である。現在は、改訂3版になっている。売れ続けているということだ。

僕のは1997年に出た第1版ということになる。要するに古い本だ。しかし、時代遅れかというとそんなことはない。

「監修者まえがき」にある次の事例など、全然古びていない。コンビニとメーカーの間では、もはやこういうことはなかろうが、置き換えれば成り立つ業界はまだまだたくさんある。

監修者は、あるトイレタリー・メーカーの営業幹部から相談されたことがあるとのこと。こんな内容だ。

あるコンビニから、通常数十枚のパッケージで売っている製品を、小口の包装にするように圧力をかけてきた。"顧客"満足度を上げるために言うことを聞かなくてはいけないのか?

「圧力」、「言うことを聞く」などの言い方に、「コンビニのわがまま」に辟易している様子がありありと見える。

監修者は答える。大体次のような趣旨だ。

コンビニは"顧客"というよりは、パートナーと考えるべきだ。その大前提の上で、コンビニの売りやすさということをまず考えろと。それが普段からできているなら、コンビニに要求される前に、自分からそのような提案ができ、競合他社を出し抜いて、棚のベストポジションが取れるだろう。そうなったら商品回転率が上がり、それがPOSデータとして記録され、さらに棚スペースを拡大できるだろう。

売り手が売り手本位の考え方をしていたら、チャンスを逃す――という話だ。そんなことは既にみんな気づいている、という方もおられるかもしれない。

しかし、実際は、そんなことはない。

※画像はAmazonから拝借しました。書名および画像からのリンク先は、Amazonアソシエイトになっていますのでご注意ください。なおリンク先は改訂3版です。

 

"斜陽"産業と呼ばれる業界がある。

いま、代表的なのは音楽と出版であろう。

音楽業界に関して言えば、アーチストを何人か知っている程度。出版に関しては、編集者を何人か知っている程度。

その程度であるが、僕の知る範囲ではみな志は高い。何とかしたいと思っている。

しかし、年々CDも本も売れなくなり、一部の有名アーチストやプロデューサー、作家に利益が集中し、他はそれだけでは食えないというのが現実だ。

"危機感"を感じた音楽業界がやったことは何か?

CDが売れるように違法ダウンロードを禁止するということ(そのためのロビー活動)だった。

賛否両論あるようだが、少なくともマーケティング的に見ればおかしな話である。完全に"売り手都合"だからだ。

売り手都合はダメ――そんなことはもはや常識なはずなのだが、"斜陽"産業ではそんな常識は通用しない。

こんな法律は、音楽に触れる機会を減らし、業界の斜陽化に拍車をかけるだけだと気付かないのだろうか?

(そんなことはないだろう。やばいと思っている人は業界内にたくさんいるはずだ。ただ、業界内では常識が通用しなくなっているだけなのだろうと思いたい。)

※違法ダウンロード法に関しては、こちらを参考にさせていただきました。>違法ダウンロード法(禁止法)まとめWiki 

 

ーケティングが分かっている人たちは、まったく逆の発想でやっている。

彼らは徹底して、買い手都合で考える。

以下も前掲書に出ていた事例である。

1990年代後半。東京都郊外のXという婦人服ショップは同業他社が軒並み売上不振に苦しんでいる中、ここ数年、年率数十%の成長を果たしている。

しかし、その4、5年前は他店同様、不況の中苦しんでいた。都下有数の婦人服チェーンは、顧客を取り戻すべく、全商品の価格を数十%引き下げるということを宣言していた。このまま価格競争に巻き込まれたらじり貧になるしかない、と社長の小沢氏は悩んだが、その間も売上は落ちる一方だった。

転機は大学の友人に誘われて旅行に行ったサンフランシスコで訪れた。

友人が、紳士服店でけっして安くはないのだが、一度いけば他店で買う気がなくなるような店を紹介してくれたのだ。

何かの予感が走った小沢氏は、さっそくその店に行ってみた。

店員が自然な感じでジャケットを提案してくる。試着すると小沢氏のサイズにピッタリな上、これ以上ないくらい似合っている。店員は、別のジャケット、それにあうパンツやシャツをあっという間に取り出してくる。ヘアスタイルのアドバイスまでしてくれる。

小沢氏はすっかり感激し、翌日オーナーに面談を申し込んだ。

(ここで、店員が提案してきたらうざいと思う人がいるかもしれない。僕も基本的にはそうなのだが、提案スキルの高い店員からだと買ってしまうことがある。つまり、この店員はかなり高い提案スキルを持っているということであり、小沢氏が感激したのも、そこに理由がある。そして、その秘密をオーナーに聞きに行ったのだ。)

オーナーの話はとても長いのだが、一番肝心なことだけ書く。それは、顧客を満足させ、リピーターにするためにどうしたらいいかということだけを、このオーナーは考え続けたということである。

そのためにインセンティブのシステムも変えた。リピーターの売上高を評価基準に含めた。

店員がファッションアドバイスができるようにと、そのための勉強費用をかなり補助した。

日本風のQCサークルも立ち上げた。最初は勤務時間外に有志が集まるだけだったが、彼らが売上を上げ始めると、我も我もと参加するようになった。

そして販売員の提案で、顧客の購入履歴が分かるようなデータベースも導入した。

それらの努力が結実して、小沢氏のようなブラっと来店したお客にも最大の満足が与えれらるようになり、当然のようにリピーターになるようになったのだという。

 

舗に来てくれて、顧客情報が取れるからできるのだと、レコード会社や出版社の営業は反論するだろう。

では、なぜ顧客情報を取ろうとしないのだろう?

そして、その顧客のために何かしようと思わないのだろう?

たとえば、本というのは買う人は買う。年300冊ぐらい買う人がいる。もっと買う人もいる。僕でも100冊以上買っている。

1冊平均1000円としても、年間に数十万円を出す人は出している。

そういう人たちが、出版業界を支えているはずだ。しかし、出版業界はそのような人たちのために何かしたことはあったのだろうか?

それは小売である本屋の仕事だというのかもしれない。

しかし、業界全体が斜陽なのに、そんなことを言っている場合なのだろうか?

CDも同じ。年間数十万円から数百万円をCD購入に費やす人は多い。そういう人に対して音楽業界は何かしてきたのだろうか?

特定の作家、アーチストのファンではなく、本やCDのヘビー購買層に対して、まずはサービスし、そのような層を拡大することに業界全体で取り組むべき時期のはず。

全体のパイを増やさないと話にならない、と自分たちで嘆いていたのではなかったか?

だったら、売り手都合を言っている場合ではない。

僕は好きではないが、AKB48の投票券つきCDは、顧客サービスだと捉えると理にかなっている。秋元康氏は、マーケティングについて知悉している(注)。

(注)秋元氏がマーケティングについて知悉しているのは、「秋元康が語る「AKB、ももクロ、モー娘。の違い」」という記事を読めば分かる。「秋元「AKBは、音楽的なクオリティっていうよりも、みんなが楽しめる音楽はどのへんかってことでいくじゃないですか」」という部分が、それを物語っている。僕は、AKBが音楽文化に貢献していないという考えを持っていたが、あのような音楽ばかりになるのに対してノーなのであって、パイを広げるという意味では絶大な貢献をしていると思うようになった。

 

はいえ、本やCDで顧客情報が取れるのだろうか?

まずはほしいのは、ヘビー購買層の情報なのだから、そこに絞ればやりようはいくらでもある。

出版業界もただ手をこまねいているだけではなく、書店チェーンと共同でイベントを仕掛けてきた。

古くからあるサイン会もそうだし、最近は著者を講師にしたセミナーも盛んである。

そういう努力はしているのは認めるが、単品の商品の販促でしかないところがいけない。

いま考えるべきことはパイを増やすことなので、業界全体でコラボレーションして、本を買うと嬉しくなるしくみを作るべきなのだ。

たとえば、「本好きの会」のようなものを作る。日本中どこの書店でも使える会員証を発行する。

本の購買履歴などが分かるので、いろいろなお勧めができる。イベントの案内や優先券なども発行する。

書評を書くためのサイトを用意し、そこでポイントに応じて、またサービスをする。サービスは金銭に換算できるものもありだが、どちらかというと他の本好きに自慢できるようなものがよいだろう。

CDに関しても同じようなことは可能だろう。

ポイントは、マニアの心をくすぐるようなサービス。マニアが他の人に自慢できるような企画。

それを実現するために個人情報と購買履歴が取れるようにする。そのインフラの構築費用は、コンテンツ提供側と小売側で集まって負担する。日販、東販などの流通業者も参加してくれるかもしれない。

 

上は思いつきであり、これがベストだなどとは言わない。また、言うは易く、行うは難しかもしれない。

たくさんの知恵ある人、志のある人がいる出版業界や音楽業界全体で真剣に考えれば、もっといいアイデアや実現性の高い案が出てくるはずだ。

著作権法を盾にとって売上を伸ばそうなどと考えたら、多くの人の反発を買うのは当然だ。

たしかにアーチストの権利は守るべきだろうが、それが販促努力だとすれば、実に安易で、しかも逆効果だと多くの人が感じている。きちっとした販促努力が先だろうと、多くの人が思っている。

本やCDが売れないというなら、業界全体で本やCDを売るためにはどうしたらいいかを考えるべきだ。

そして、売り手都合ではなく買い手都合でいかなければダメだという、いまどきのマーケティングの常識で考えれば、必ず打開策はあるはずなのだ。

また、その考えでいけば、電子書籍や音楽のダウンロード販売に関して何をするべきかも明らかになるはずだ。

 

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