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人事領域(上流/elearing/ERP)コンサルでの人材開発/人事の一歩先の動向を考えます!

長く働ける社会より、「長く働かなくても成果が出る」社会へ ――時間の自由ではなく、時間"あたり"の価値に舵を切る

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毎日新聞の記事(https://mainichi.jp/articles/20251022/k00/00m/010/034000c)を読みましたが、「労働時間をもっと柔軟に選べるべき」という主張には賛同していません。日本が向き合うべき本丸は、労働時間の総量ではなく、時間"あたり"の生産性です。

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■ 事実認識:日本は「時間は長いのに、時間あたりの価値が低い」
・日本の時間あたり労働生産性はOECDで下位(2023年は38カ国中29位)。(日本生産性本部の国際比較要約: https://www.japantimes.co.jp/news/2024/12/17/japan/japan-labor-productivity/ /データ解説:nippon.com https://www.nippon.com/en/japan-data/h02240/
・「長く働けば成果が上がる」のは誤信です。労働時間と産出の関係は非線形で、一定の閾値を超えると時間当たり生産性は急低下します(Pencavel 2014, IZA DP 8129: https://ftp.iza.org/dp8129.pdf )。
・長時間労働を是とする制度・文化・評価(在席や残業の"努力"を評価)は、時間あたりの生産性をむしろ毀損します(JILPTの働き方・長期雇用の概説: https://www.jil.go.jp/english/jli/documents/2024/047-05.pdf )。

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■ 30年言われ続けた「Pay for Time → Pay for Performance」への転換が進まない理由
・年功・在席・残業姿勢が評価軸に残存し、成果・価値創出の計測と報酬の接続が弱い(RIETIの人事評価・賃金慣行論考: https://www.rieti.go.jp/en/columns/a01_0156.html /賃金プロファイルの硬直性: https://www.rieti.go.jp/en/papers/contribution/kawaguchi/05.html )。
・結果として、「時間を増やすこと」が"安全な選択"になり、制度が生産性の更新を阻害。構造停滞はIMFやOECDの各種報告でも指摘されています(IMF 2024 Article IV: https://www.elibrary.imf.org/downloadpdf/view/journals/002/2024/118/article-A001-en.pdf )。

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■ では、何で"時間あたりの価値"を上げるのか?:AI × 再設計の実証
・生成AIの実験で、ミドルスキルの文章タスクにおける生産性が顕著に向上(所要時間▲40%、品質↑)。(MIT Noy & Zhang 2023: https://economics.mit.edu/sites/default/files/inline-files/Noy_Zhang_1.pdf /同ワーキング版: https://shakkednoy.com/Noy%20Zhang%20NBER%20SI.pdf )
・一方で、AIは"うまく使えば"生産性を押し上げるが、設計・ガバナンスが不十分だと品質を毀損する(BCG×研究者によるコンサル実験: https://www.bcg.com/publications/2023/how-people-create-and-destroy-value-with-gen-ai /要点整理: Axios https://www.axios.com/2023/09/29/ai-mistakes-consulting-bcg-study )。
・要するに、人は"健康に・創造的に・意思決定に集中"し、AIは"反復・要約・素案・探索"を肩代わりする設計が鍵。AIは人の時間を拡張する"インフラ"であって、長時間労働の置換ではない。

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■ ポリシー&人事制度の示唆:時間を増やす自由ではなく、時間依存からの自由
1) 賃金と評価
 ・「在席・残業」加点の撤廃。成果・顧客価値・再利用可能な資産(コード、テンプレ、知識)の創出を評価単位に。
 ・個人だけでなく"チーム生産性"と"再現性(プロセス化)"も報酬に反映。
2) 目標と測定
 ・時間ベースKPIから、アウトカムKPI(品質、スループット、欠陥率、顧客満足、収益貢献)へ。
 ・生成AIの活用率・リビュー率・再学習(リスキリング)進捗を可視化。
3) 働き方と健康
・長時間の抑制は"目的"ではなく"手段"。睡眠・休養・集中ブロックの設計が成果に直結(Pencavel 2014の非線形性の再確認: https://ftp.iza.org/dp8129.pdf)。
4) スキルと役割
 ・「AIで増幅されるスキル」(要約、調査、初稿、データ整形)を人から切り離し、人は企画・判断・信頼構築へ再配置。
5) ガバナンス
 ・AIの品質・セキュリティ・著作権リスクをルール化。レビュー/人間の最終責任を前提に「使い方のプロ」を育てる。
6) マクロ視点
 ・「労働時間を伸ばして埋める」政策ではなく、時間当たり価値を引き上げる投資(教育、標準化、データ連携、生成AIの企業内実装)に振り向ける(OECDの時間データ: https://data-explorer.oecd.org/s/27a /指標解説: https://www.oecd.org/en/data/indicators/hours-worked.html )。

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■ 反論への先回り
Q: 「長く働きたい人の選択肢を奪うのか?」
A: 重要なのは選択肢の"有無"ではなく、構造の"誘因設計"。長時間に報酬が付く限り、制度は"時間"に流れます。評価が成果に結びつけば、自然と人は生産性に向かう。

Q: 「AIは雇用を奪うのでは?」
A: 実験は"使い方次第"で生産性が上がることを示しました(MIT、BCGの両研究)。雇用の総量ではなく"仕事の内訳"が変わる。目的は人の健康と創造性を守り、時間を価値活動へ再配分することです。

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■ 結論
・日本が議論すべきは「どれだけ長く働けるか」ではなく、「同じ1時間でどれだけ価値を生めるか」。
・賃金と評価のアンカーを"時間"から"成果"へ移し、AIを前提とした業務設計に更新する。
・人は健康に働き、AIが代わりに働く――この分業こそ、時間あたり生産性を最大化する最短ルートです。

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