ICHRA(個人向け健康保険償還制度)は日本でどう位置づけられるか?
ICHRA(個人向け健康保険償還制度)は日本でどう位置づけられるか?
近年、米国では ICHRA(Individual Coverage Health Reimbursement Arrangement)――つまり、企業が従業員個人の選んだ保険に対して費用を償還する仕組み――が急速に注目されています。
この制度は従来の「企業が一括契約する団体保険」から、「従業員が自ら選ぶ個人保険」への転換を意味し、より柔軟でパーソナライズされた福利厚生設計を可能にします。
一方で、日本において同様の仕組みを導入することには多くの制度的・文化的な課題があります。
ここでは、国内外の複数の研究やレポートをもとに、ICHRAsが日本においてどのように適用可能かを考えてみたいと思います。
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日本と海外の違いを理解する
日本では国民皆保険制度のもと、すべての人が何らかの公的医療保険に加入しています。
そのため、企業が従業員ごとに保険を個別契約させる米国型モデルは、法制度的にも文化的にもそのまま適用することができません。
ただし、企業が「補助」や「追加保障」という形で個人選択を支援する動きは広がりつつあります。
例えば、日本生命総合研究所のレポートでは、企業の医療保障制度が多様化し、福利厚生の一部として医療支援の柔軟化が進んでいると指摘されています。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=58038
健康保険組合連合会の調査では、医療費の上昇や少子高齢化を背景に、保険制度の持続性や補完的仕組みの必要性が議論されています。
https://www.kenporen.com/include/outline/pdf/chosa_r04_01-1.pdf
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国際的な潮流と比較
Mercer のレポートでは、ICHRA が企業のコスト予見性と従業員の選択の自由を両立させる仕組みとして注目されています。
https://www.mercer.com/en-us/insights/us-health-news/wondering-if-ichras-have-a-role-in-your-program-what-you-need-to-know/?sf278614903=1
KFF(Kaiser Family Foundation)の2024年報告では、ICHRA導入企業の多くが「人材多様化」や「リモートワーカーへの公平性確保」を目的として導入していると報告されています。
https://kffhealthnews.org/news/article/ichra-benefit-trend-employers-health-plan-allowance-individual-insurance/
また、Brookings Institution の論考では、個人選択型医療保険制度の拡大が労働市場の柔軟性を高め、非正規雇用層や副業者のセーフティネットとして機能し得ると分析されています。
https://www.brookings.edu/articles/from-health-care-to-health-the-next-agenda/
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日本での研究的視点
日本の研究では、医療保障制度の充実だけでなく「従業員ウェルビーング」全体のバランスが成果や満足度に強く影響することが示されています。
国際ウェルビーング学会誌の論文では、「意味ある仕事」「人間関係」「評価制度」などがウェルビーングの主要因であり、単なる健康支援だけでは十分でないと論じられています。
https://www.internationaljournalofwellbeing.org/index.php/ijow/article/download/2177/1113/10007
また、組織文化と従業員の適合(Person-Organization Fit)に関する研究では、日本的なクラン型文化が従業員の心理的安定や持続的貢献に大きく関与することが示唆されています。
https://link.springer.com/article/10.1007/s12144-023-05389-0
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日本企業への示唆
こうした知見を踏まえると、日本でICHRAsに類する仕組みを導入する場合は「完全移行」ではなく、公的保険をベースとしたハイブリッド型制度が現実的です。
さらに、医療や保障の範囲を超えて、従業員の「選択」「自己決定」「生活設計支援」といったウェルビーングの概念を包括的に扱う必要があります。
その意味で、福利厚生を"コスト"ではなく"人的資本への投資"として再定義する流れが加速しています。
企業の医療支援・健康経営・柔軟な働き方の取り組みは、もはや分離したテーマではなく、一体的な人事戦略の一部です。
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私たちが向き合うべき問いは「どの制度を導入するか」ではなく「従業員一人ひとりにとっての"選べる安心"をどう設計するか」だと思います。