子供から「神様はいるの?どうして人は殺されるの?」と質問されたら
こんにちは、しごとのみらいの竹内義晴です。
昨日、小学生6年の娘と話していたら、神様の話になりました。
娘:「ねぇ、パパ。神様っているの?」
父:「いるよ」
ちょっと脱線して......ここで、「いるよ」の解説。
神様がいるのか、いないのか、本当のところはボクにも分かりません(見たことないですからね)。少なくとも、「もっとお金が手に入りますように。神様お願い!」とお願いして、叶えられた経験はない(笑)ので、あんちょこな願いを叶えてくれる都合のいい神様はいないのだろうな......とは、思っています。
でも、天地ができるには、創造主のような何かしらの存在はあったのでしょうし、食物の種や埋蔵されている鉱物は、人間が「発見した」のであって、「作り出した」のではないから、何かしらの存在はいるのだろうとは思っています。また、仕事をしている中でも、「あれよあれよと言う間に上手くいく」みたいな経験はよくしているし、朝起きたら神棚に手を合わせ、寝るときは「あ~、今日もふとんがあったかい。神様、ありがとう!」なんて心の中でつぶやいて寝ているので、いるかいないかはともかく、少なくとも、ボクの中にはいます。
脱線終わり。続けます。
娘:「じゃあさ、どうしてテロとか起きるの?神様がいるなら、人を殺しあったりしないんじゃないの?」
父:「そうだね。それは、パパにも今の段階では分からないけど、長い目でみたときに必要だから起こっているんだと思うよ」
娘:(なんとなく、腑に落ちない様子)
父:「たとえばさ、急いでいるときに、赤信号で止まったとするよね。すると、『あ~、急いでいるのについてないな~』と思うでしょう?でも、もし、その先で事故が起こったらどうする?『赤信号で止まって良かった』ってことになるでしょう?『今、ここ』だけを見たら、よくないことのように思えることでも、長い目で見たら、それがよかったことになることだってある。だから、どんなによくないことのように見えることでも、『きっとこれも、必要だから起こっているんだな。それって、何だろう?』と、長い目で見て、考えることが大切なんじゃない?だとえば、神様がいるのにテロが起きるのはなぜだろう?『やっぱり、殺しあってはいけないな。平和が大事だな』ということをみんなが学んでいくために必要だから、起きてるんじゃないかなぁ。」
娘:「うん。まぁそうだけど......じゃあさ、テロで死んじゃった人の命の犠牲の上に私たちの命があるってこと?死んじゃった人の家族は悲しんでいるのに?」
父:「そうだね。もし、○○(娘の名前)が誰かに殺されたら、パパはきっと殺した人を恨むと思う。ひょっとしたら、仕返しをしに行くかもしれない。『○○(娘の名前)の上にパパの命がある』なんて、きっと思えないだろう。だけど、幸い今はそういう状況じゃないし、どんな人だって遅かれ早かれ死ぬことを考えると、すべての人が誰かの命の上に成り立っているってことじゃない?それなら、テロがどうのこうのというよりも、テロをどう捉えて、そして、自分はどうしていくかを考えることが、大事なんじゃないかな。パパはそう思うけど」
娘:「まぁ、そうだね」
父:「どんなことでも、短い『ここ』だけをとらえるんじゃなくて、長い目でとらえることが大事だと思うな」
娘:「うん、わかった」
そんな会話になりました。
神様がいるか、いないかはボクにも分かんないし、これがベストな答えなのかも分からない。でも、少なくとも、ボクはこう思っています。あと、「あ~、子供もいろんな矛盾をどう理解するか、考えているんだなぁ」ということはよく分かりました。そうやって、大人になっていくのかな?大人の世界って、矛盾だらけだもんね。もっとシンプルだったらいいけど。
もし、あなたが子供から、「神様はいるの?それなら、どうして人は殺されるの?」と質問されたら、何と答えますか?