「一億総活躍社会」は苦しいけど「一人ひとりが自分らしく楽しく働く」を目的にすれば、結果的にそうなるのかも
こんにちは、しごとのみらいの竹内義晴です。
首相、新三本の矢を推進 「1億総活躍社会めざす」という記事を読みました。
自民党は24日、党本部で両院議員総会を開き、総裁選で安倍晋三首相が無投票で再選されたことを報告し、正式決定した。首相はこの後、記者会見に臨み「アベノミクスは第2ステージに移る。『1億総活躍社会』をめざす」と述べた。新たな三本の矢として「強い経済」「子育て支援」「社会保障」の3分野を重点的に政策を推進する考えを示した。
出典:首相、新三本の矢を推進 「1億総活躍社会めざす」 | 日本経済新聞
ボクはこの記事を読んで、「1億総活躍社会」「強い経済」という言葉に、なんとなく胸のあたりがザワザワしました。また、
首相は記者会見で「国内総生産(GDP)600兆円の達成を明確な目標に掲げる」と表明した。「これまでの3年間を超える結果を出すことを求められている」とも強調した。
出典:首相、新三本の矢を推進 「1億総活躍社会めざす」 | 日本経済新聞
にある、「GDP600兆円」という言葉にも。
日本国民全員が活躍することは決して悪いことではないし、強い経済も大切だと思うのだけれど、何がひっかかるのだろう......そこで、これらの言葉が、ボクの中にあるどんな価値観に反応したのかを、ノートに書き出して整理してみたくなりました。
まず、「一億総活躍社会」について書き出しました。あぁ、そうか!苦しく感じたのは、「もっと活躍しろ!」「もっとがんばれ!」というような、「しなければならない感」でした。みんながんばっているし、中にはもがいている人もいる。それなのに、「活躍しなければならない」がスローガンなのは、なかなかしんどいことだなぁと。
次に、「強い経済」「GDP600兆円」について書き出しました。ザワザワしたのは、「今、大切なのは"強い経済"なのか」ということでした。たくさん作って、たくさん消費することで経済を回すことも大切かもしれないけど、今も、多くのものを捨てているし、これから、人口が減っていくなかで、そういう方向性しかないのかな。「必要なものだけ作る」みたいにはなれないのかな......と。
続いて、「何が、こう思わせるのか」を考えてみました。そうしたら......
- 人口が減っていく中で、他の筋道があるのでは?
- 「活躍」よりも、一人ひとりの「らしさ」のほうが大切なのでは?
- 「強い経済」のためにがむしゃらにがんばることよりも、一人ひとりがやりたいことができることのほうが大切なのかも
な~んて思ったら、「一億総活躍」とは真逆の、「個が中心の社会。その集合」という言葉が出てきました。そうそう、これならしっくりくる。
続けて、「では、個が中心の社会を実現するためには何が必要なんだろう?」も考えてみたくなりました。すると、次のような言葉が出てきました。
- 自分のマネジメント力
- 自分で考える力
- 問題を解決する力。壁を乗り越える力
- 自分の「軸」を見つける力
- 思考というよりも、感覚に基づい
- ストレスコントロール
- 情報に左右されない
- 「ねばならない」感を減らす
- 自己対話力
- やりたいことができる
- クリエイター
- アーティスト
- 没頭できる
- お金に縛られない
- 捨てるものの循環
- リサイクル
- 金銭以外の交換
- お金はただのシンボル
- 夢を持って働く
- やりたいことをやっている
- 楽しく働いている
- ワクワク感
- 充実感
最後に、「一人ひとりがこのような状態で働くことが出来たら、どうなるだろう?」を考えてみました。
- 一人ひとりが自由に、クリエイティブに働けるのでは?
- その結果、今までになかった発想や、新しい技術が生まれるのでは?
- 誰かや何かに依存するのではなく、「自分で生み出す力」が培われるのでは?
- 自立性、自発性が生まれるのでは?
で、最後に出てきたのは、「不安定な社会を楽しく生きる力」という言葉でした。あ~、なんとなく腑に落ちました。
同時に、「もし、一人ひとりが不安定な社会でも楽しく生きる力を持っていたら、みんな自分らしく活躍しているよな。それって、きっと、一億総活躍社会なんじゃないかな」とも思いました。あれ?元に戻ってる?
つまるところ、「日本国民全員が活躍すること」を目的にすると苦しいけれど、「一人ひとりが自分らしく、楽しく働く」ことを目的にしたら楽しいし、結果的にみんな活躍しているんじゃないか......というところで落ち着きました。