オルタナティブ・ブログ > 竹内義晴の、しごとのみらい >

「しごと」をもっと楽しくしたい!

マインドマップは収束思考ができる?できない?

»

11/14にひとりセラピーという講座をひらきます。この講座では、トライアングルコミュニケーションモデルというノート法を使います。

この告知サイトにマインドマップについて少し触れているのですが、サイトでは「マインドマップは発散・拡散・具体化はできても、収束・抽象化ができない」と書きました。

私の理解では、マインドマップは「中央から放射状に広げて考えることで、脳の自然な連想やインスピレーションを起こさせる思考発散ツール」なのですが、「マインドマップは、本当に収束・抽象化思考ができないのだろうか?」を改めて考えてみたくなり、「マインドマップ 発散 収束」というキーワードで検索してみたら、いくつかのサイトが出てきました。それによれば、「マインドマップにも収束思考ができる」と書いてありました。

それらの記事によれば

  1. とりあえず1つ目の、マインドマップを書く。発散させる(要素を洗い出す)
  2. 全体を俯瞰してみて、似ているものがあればまとめる
  3. 上下の構造を意識して、改めてマインドマップを書いてみる

とするようです。2と3の部分は、確かに収束思考と言えるのかもしれません。

けれども、なんとなくしっくりきません。

マインドマップについてもう少し調べていたら、小飼弾さんそろそろ「マインドマップ」について一言いっとくかという記事を見つけました。

この記事には、こう書かれています。

「マインドマップ」とは何か。

トポロジー的には、単なる木構造である。プログラマーにはおなじみで、毎日のように扱っているあれである。これがいかに有効なフレームワークであるかは、言うまでもない。あなたの頭が知らなくても、手足が知っているはずだ。

続けて、こうあります。

どちらが書きやすく、そしてどちらが見やすいかはまさに一目瞭然だ。「マインドマップ」とは、より自然に描け、そして自然に見える木構造」以外の何者でもない。そしてそれこそが、「マインドマップ」がマインドをマップできない一番の理由なのである。

木構造は、発散(diverge)はしても収束(converge)はしない。ジャンプとループが存在しないのだ。それでは、マインドにならない。少なくとも私のマインドには。

発散に限っていっても、「マインドマップ」でマップできる分岐深さは浅すぎる。A0版などを使っても、せいぜい二桁だろう。ところが、ちょっとした思索でも三桁ぐらいは平気で行ってしまう。だから「マインドマップ」にそれを転記しようとすると、あらかじめ思索を収束し、不要な枝を刈っておかなければ(prune)ならない。これでは本末転倒なのではないか。

私自身マインドマップは大好きなので、「単なる木構造」とか「浅すぎる」と言うつもりはありません。でも、「マインドマップは収束思考ができる」という言葉を見て、なんとなくしっくりこなかったのは、まさにこの「ジャンプする(1つ上に上がる)」という感覚でした。

具体例を挙げます。

犬を発散思考で考えると


  大型
    ゴールデンレトリバー
    シベリアンハスキー
  中型
    ブルドッグ
    柴犬
  小型
    ポメラニアン
    シーズー
    チワワ

のようなツリー構造になろうかと思います。

続けて、収束思考です。

チワワから見て、その収束は小型犬です。さらにそれを収束させると犬に収束されます。

確かにこれは収束思考なのですが、なんとなく「ジャンプ」という感覚ではありません。

このことについて、私の知人はこう言いました。

問題は、同じレベルから考えていても解決しない。1つ上から考えなければならない。

「1つ上」といっても分かりづらいですね。「ジャンプする」というのは、「価値や目的を明確にする」ということだと思うのですよね。

たとえば、原発問題は「いい/悪い」では解決しにくい課題です。それぞれの方にとっては正しいのですから。この場合の「1つ上」とは、「そもそも、原発の価値って何だっけ?」「原発で得られること(失うこと)って何だっけ?」「地域の振興って、何だっけ?」「私たちにとって、エネルギーって何だっけ?」というのが1つ上にジャンプさせる問いです。

たとえば、仕事でもそうです。転職を考えているときに、「この会社のメリット」「この会社のデメリット」を考えていると、条件だけの判断になりますが、この場合の「1つ上」とは、「仕事から何を得ている(失っている)んだっけ?」「本当にやりたいことって何だっけ?」「自分にとって働くことの価値って何だっけ?」というようなものが、「1つ上」にジャンプさせる問いです。

つまり、

「その意味や目的は何か?」
「それによって、何が得られるのか?」
「それがあると、どんな価値があるのか?」

というような感覚が収束や抽象化にほしいなと。

Tcmimg_4

例えば、先ほどの犬の例を、「1つ上」にジャンプして収束、抽象化させるためには

「チワワ・シーズー・ポメラニアンなどの小型犬をを飼うことによって、何が得られるか?」

という問いが必要で、それに対する答えは

「毎日の癒し」
「家族関係の強化」
「子供の教育」

というような感じになるでしょうか。

中型犬のところを、「1つ上」にジャンプして収束、抽象化させるためには

「ブルドッグや柴犬などの中型犬を飼うことによって、何が得られるのか?」

それに対する答えは、小型犬を収束・抽象化したものも含まれるかもしれませんが、そのほかに

「番犬にすれば、家族の安全が守れる。安心して暮らせる」

というような、中型犬ならではの価値を見いだすことになるのでしょう(私は犬の知識がないので、ブルドッグや柴犬が、本当に番犬に向いているか否かはわかりませんが・・・)

大型犬のところを、「1つ上」にジャンプして収束、抽象化させるためには

「ゴールデンレトリバーやシベリアンハスキーなどの大型犬を飼うことによって、何が得られるのか?」

それに対する答えは、小型犬や中型犬の要素も含まれるかもしれませんが

「力の強い大型犬と一緒に散歩することで健康になる」

というような、大型犬ならではの価値を見いだす感じになるでしょうか。

さらにまとめて、「小型犬や中型犬、大型犬(つまり、犬ですね)を飼うことによって、何が得られるのか?」を収束・抽象化して考えてみると

「家族愛」
「動物と人の信頼関係」
「ペットを飼うことについての責任感」

などのようになるにかもしれません。

つまり、「1つ上にジャンプする」とは、「グルーピングする」「構造化する」に加えて、その存在が持つ、「アイデンティティ」や「価値」を見出すことなんじゃないかと思います。私たち自身の「存在価値」「自己認識」「それが持つ意味」「本当に大切なこと」に触れる。そう、本当の意味で「マインド」に触れたい、「腑に落ちた感じ」が欲しいんですね、きっと。

「アイデンティティ」や「価値」を見出すという点で、マインドマップは収束・抽象思考ができないと思っているのですが、どうでしょうか。もし、私の見解が異なっていましたらご指摘ください。

Comment(0)