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オープンソースのフィードバックはしなければならないもの?

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昨日、広がるオープンソース、広がらないオープンソースという記事を書きました。

この記事に対して、Twitterでのコメントで、「疑念があるときにソースコードを見て検証できるのがオープンソースのメリットなのに、曖昧なまま放置はもったいない」「そのソフトを良くするための行動は何か取ったか?」「疑念を払拭した方がいいという意見の作者へのフィードバックをしたか?」

などのご意見をいただきました。意見を下さった方は、オープンソースの発展のために、積極的に関わっていらっしゃっているのかもしれません。すばらしいご意見ですね。

考察の機会をいただきまして、ありがとうございました。

私の意見では、フィードバックするか否かは、抱いた疑念がどこにあるかだと思うんですね。1つは、「ソフトウエアへの疑念」、もう1つは、「思いへの疑念」です。

まず、ソフトウエアの疑念についてですが、これまで、いくつかのオープンソースを使わせていただいて、見つけた不具合を自分で直して使ったこともありますし、フィードバックさせていただいたこともあります。フィードバックしようと思うのは、「いいソフトウエアになる協力がしたい」と思うからです。フィードバックしたくなるソフトウエアの多くは、サポートの姿勢やユーザとのやり取りの中に、開発者(開発会社)さんの人柄や「いいものにしたい」という思いを感じます。それに応えたいと思うのでしょうね。自然と、使わせていただけることに感謝の気持ちや、「他の方へも教えてあげたい」という思いも生まれます。

もう1つの「思いへの疑念」ですが、一言で言えば「『ちょっと嫌だな』と思った人への協力はあまりしようと思わない」ということですね。煽るような言葉を使って「何とか広まらせよう」という思いには、どんなに機能や性能がよいオープンソースであっても、私の場合、あまり協力したい気持ちが芽生えません。協力したいとは思わないので、ソースコードを見る気も起きなければ、フィードバックもしたいと思いません。

それぞれの意見もあありかと思いますが、私が感じたのは「思いへの疑念」でした。

昨日の記事の最後に、「検索すれば過去の履歴がすぐに出てくる時代、オープンソースに限らず、商品やサービスをどのように広めていくのかは、今まで以上に長い目で考えていく必要がありそうです。」と書きました。いろんなツールやテクニックを使うことで、一時流行らせることはできるのかもしれませんが、逆に、その弊害もあるのではないかと思います。

ユーザのサポートをきちんとすることや、「なぜ、その商品をを作ろうと思ったのか?」という思いを伝えていくこと・・・一見地味で時間もかかる作業かもしれませんが、検索すれば過去の情報が分かるからこそ、それが信頼や強みになっていくのではないかと思います。

なお、これは個人的な思いですが、以前、見た目はよさそうなメールマガジンスタンドを使い、メールアドレスを収集される被害にあったことがあることが、 メールマガジンの配信システムの選択を、より慎重にさせている一つの要因かもしれません。

コメントをいただきましてありがとうございました!

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