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御手洗経団連に期待しよう、IT政策の新機軸

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 社団法人日本経済団体連合会(略称:日本経団連)は11月7日、現在の奥田碩会長(トヨタ自動車会長)が来年5月に退任するのに伴い、新会長に御手洗冨士夫副会長(キヤノン社長)が内定したと発表した。IT業界出身では初めての会長就任と話題になっている。

 日本経済新聞の社説によれば、経団連会長職は新日鉄、東京電力、トヨタ自動車、東芝など一貫して重厚長大の基幹産業の出身者が占めてきたので、「政治とは比較的縁遠いエレクトロニクス業界から初めての会長になる」点が異色らしい。そして、「ITが世界を覆う時代の動きを反映したもの」だと解説している。

 ずいぶん古い体質だなあ。おそらく、この社説を読む限り、そう感じる人が多いのではないだろうか。日本でエレクトロニクス産業が急成長してから30年以上経っているし、最近では「IT業界は沈みゆく船なのか」という不安さえ出ているほどなのだから、経団連会長人事の感覚はちょうど一世代ずれているような印象を受けてしまうのだ。

 でも、せっかくIT業界から初めて“異色”の会長が誕生するのだから、リストラ大流行の日本で終身雇用の合理性を主張して一躍注目された御手洗さんらしく、ここは思いっきり、新時代にふさわしい経済団体へと改革を進めていただきたいと思う。

 とくに新機軸を期待したいのがやはりIT政策だ。日本経団連のホームページを見ると、会長人事と相前後して政府のIT政策に関する提言がいくつも発表されている。  

たとえば、10月18日には「次期ICT国家戦略の策定に向けて」と題したA4版33ページに及ぶレポート(PDF)を公表して、e-Japan戦略について「情報通信インフラの整備は進んだものの、利活用は十分でない」との評価を下している。また、IT人材の育成の遅れやデジタルデバイドなどの問題を解決することや、日本が実験場となって日本発の技術、製品、システムの普及や国際標準化を進め、産業競争力の強化と国際協調を図ることの必要性を強調している。

 11月8日には企業献金を行うさいの政党評価基準となる「優先政策事項」10項目を発表。IT関連では「世界最先端のICT利活用国家の実現に向け、利用者の視点から成果目標が明確に記された次期ICT国家戦略を策定する。わが国発の良質なコンテンツの内外への発信と多面的な活用を推進する」と明記した。

 そして、11月11日には同団体の情報通信委員会が「政府機関の情報セキュリティ対策のための統一基準に関する意見」を公表した。政府機関における情報セキュリティレベルを統一的に向上させ、それを民間の参考となるものにすべきだと主張している。

 こう書いていくと、あたかも新会長人事とIT政策提言の時期が重なっていて、なんだか関係ありそうに見えてしまうが、それは誤解だろう。そもそも、経団連は日本の情報産業振興に初期の段階から積極的に関わってきた歴史をもっている。

 日本のIT業界で政官財の「鉄の三角形」が形成されたのは1969年だった。

 東京大学安田講堂で学生と機動隊が衝突してから10日後の1969年1月28日、自民党は「情報産業振興議員連盟」(初代会長:橋本登美三郎)の設立総会を開催した。これを機に、三角形の一角を占める「政」の体制がつくられたわけだ。それから半年足らずの7月1日、通産省の中に情報政策の中枢を担うことになる「電子政策課」が発足し、「官」の体制も整った。

 「財」は経団連(会長:植村甲午郎)だった。議員連盟が財界のなかでもとりわけ経団連との関係を重視し、1969年4月と6月の2度にわたって懇談会を開催した。この席で、経団連側は次の二つの要求を出したといわれている。

 一つ目は、総理大臣が任命した「情報産業委員会」をつくり担当大臣を置いてほしいというものだった。いうまでもなく、通信行政を担当する郵政省と情報産業政策を担当する通産省との縦割りの弊害をなくしたいとの狙いが込められている。しかし、これは実現せず、その後の歴史が示すように両省の対立はたびたび繰り返されることになる。

 二つ目は、ソフトウェアの研究開発のために米国政府のような大型予算を組んでほしいという提案だった。これはすぐに実行され、翌1970年には情報処理振興事業協会(情報処理推進機構の前身、略称IPA)が設立されている。

 過去のエピソードを持ち出したのは、経団連がこの時点ですでに、先見性のある思い切った提案をしたり政府予算に影響力を行使したりする力を備えていた、というかむしろ当時は三者の中で最も強力な存在だったことを言いたかったからだ。

 むろん、「鉄の三角形」はIT業界特有のものではない。ただ、米国政府にはIT業界がとりわけ強力に見えたようだ。米商務省は1972年2月に『Japan; The Government-Business Relationship(邦訳『株式会社・日本』)』と題する報告書を発表し、その中で、コンピュータ・鉄鋼・自動車の三つの産業を詳細に分析し、国会・経団連・通産省の密着度が最も高いのはコンピュータ産業であるという結論を導き出している。 米国政府が警戒したとおり、日本のIT産業は1970年代から80年代にかけて順調に成長していった。

 しかし、1993年になって突然、転機が訪れる。クリントン政権が誕生すると、IT市場はインターネット商用化へ向けて急回転しはじめた。日本の大手IT企業はその急激な変化についていけず、レースから取り残されてしまった。

 政治の世界にも激変が起こった。1993年に細川政権が誕生し自民党一党支配に終止符が打たれると、「鉄の三角形」の威力も急速に失われていった。そして、この年、政治とカネをめぐる汚職への批判の高まりも加わって、経団連は政治献金のあっせんを中止した。

 企業活動が国際化し、政治と財界の関係にも変化が起こった。経団連は2002年5月、日本経営者団体連盟(略称:日経連)と合併して「日本経団連」として新発足したが、献金中止にともない政治への影響力は低下し続けた(毎日新聞の解説を参照)

 この流れを変えようとする動きが2004年の政治献金再開だった。そして、日本経団連は構造改革を進める小泉政権への支持を明確に打ち出した。

 日本経団連が今年10月11日に公表した政策評価結果を見ると、自民党への評価は民主党と比べてかなり高くなっている。そして、「小泉チルドレン」と呼ばれる自民党新人議員たちが11月10日、研修の一環として、首相官邸に続いて日本経団連を訪問したことからも現政権との密接な関係がうかがえる。

 支持する政策の中身は「改革」なのかもしれない。でも、それを実現する手法はなんとなく「鉄の三角形」時代に逆行しているように見えるなあ、というのが正直な感想だ。

 IT化には、活動内容やプロセスの透明性を高めるという特性がある。

 もし、日本経団連のホームページで、どの企業がいつどこへいくらの政治献金をしたのかという情報を簡単に調べることができるならば、政治献金に対する国民の見る目は大きく変わる可能性がある。

 また、政府からの受注や助成金を受け取っている企業に関する情報がもっとネットでたやすく調べられるようになれば、献金の多い企業や日本経団連の主要メンバー企業にばかり政府のカネが流れているのではないかといった下衆の勘繰りに対しても、根拠を示してきっぱりと否定できるだろう。

 これまで日本経団連はたびたび、国民や消費者の利益に反する企業は市場で淘汰されるという原則を主張してきた。しかし、そもそもかつてのような「鉄の三角形」のもとでは市場原理が働かないケースもあると思われる。

 とすれば、業界と行政の縦割構造を前提とした旧来の三角形を壊し、もっと国民に目を向けた産業界の改革を進められないものだろうか。企業の社会的責任を高めるために、会員企業の不祥事についての情報公開を促すとか、内部告発の制度化を検討する方向へと方針転換をしてもいいかもしれない。ネット時代に消費者が求める商品やサービスを開発するために、業界横断的な企業や行政の連携の音頭をとってもいいだろう。

 そのような改革のリーダーシップを日本経団連がとることができれば、時代に逆行しているなどといった失礼な感想をわたしも抱かないと思う。

 ところで、IT業界出身の御手洗・経団連次期会長には「IT政策」での新機軸を期待したいとはじめに言ったが、それには次の二つの意味をこめている。

 一つは、すでに述べたような、日本経団連自身のIT活用政策である。情報公開など経済界の活動の透明性を高めるためにITを積極的に活用する政策をとってほしいということだ。

 そして、もう一つは、国のIT政策への提言や評価を公表するだけでなく、むしろ政府案とは異なるオルタナティブを提案してほしいということだ。36年前、自民党議員に「情報産業委員会」の設置を提案したように、官庁や政党からは出にくいアイデアや智恵を産業界はたくさん持っているはずだ。お金を出して自らの意見を通そうとするよりも、もっとさまざまな智恵を出して政策競争が起こるような環境をつくっていただきたい。日本の経済界はその能力を十分備えていると思う。

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