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人間中心のデジタル先進国、デンマークのスマートシティ

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情報システム学会の秋講演会が1010日にオンラインで開催され、『デンマークのスマートシティ ーデータを活用した人間中心の都市づくり』の著者、中島健祐さんのお話をじっくり聞くことができた。中島さんは三菱UFJリサーチ&コンサルティングに勤務されているが、2008年から2019年までデンマーク大使館投資部部門長(デンマーク外務省投資局所属)として活躍された。

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2009年11月、わたしを含む国際大学GLOCOM研究員チームは、中島さんの事前レクチャーを受けて、初めてデンマークのデジタル化について現地調査を行った。現在のデジタル化庁の前身であるデジタルタスクフォースを訪ね、電子政府についてヒアリングを行ったのだが、その時すでに電子政府で世界最先端にいることを実感した。その後わたしたちはデンマークをはじめとする北欧調査を重ねて、GLOCOMのホームページや論文などで情報を発信してきた(http://www.issj.net/journal/jissj/Vol7_No2_Open/A3V7N2.pdf)。

今回あらためて中島さんの本と講演に接して気づかされたことは、デンマークでは国や地方自治体の行政のみならず、エネルギー、環境・水、交通、農業、医療、福祉介護、教育といった、あらゆる分野でIT活用が進み、デジタル統合された社会インフラを形成しつつあるということだ。ジェレミー・リフキンは『限界費用ゼロ社会』で、①情報・コミュニケーション、②動力・エネルギー、③輸送・交通の3つの社会インフラがIoTによって融合していくと予測したが、デンマークではまさにそれが現実になりつつある。いわば、国全体でデジタルツインが構築されようとしているのだ。

そして、こうしたデジタル統合基盤のうえで展開されているのがスマートシティなのである。本に詳しく書かれているが、スマートシティといっても、日本とはアプローチが大きく異なっている。日本はエネルギーや交通分野の効率化をめざす部分最適型であるのに対し、デンマークはあらゆる分野がITで融合し、さらに持続的成長(グリーン成長)と市民の幸福度が結びついた全体最適型である。また、日本は自治体、電力会社、ITサービス会社、ゼネコン、ハウスメーカーなど産業・技術を中心とした関係機関が中心となって推進するのに対し、デンマークは国・自治体・企業だけでなく、大学・研究機関、市民、デザイナー、文化人類学者なども参画し、市民が主役の「人間中心のアプロ―チ」が採用されている。

中島さんは「スマートシティをCaaS(City as a Service)と呼ぼうとするならば、公共の利益や社会福祉についても考えなければならない。外国人や障がい者、高齢者にもサービスを提供する必要がある。北欧モデルはそういう点も考慮したNaaS(Nation as a Service)と言えるもので、統制型国家のNaaM(Nation as a Management)とは異なっている」と話す。

デンマークは人間中心のアプローチを具体化する手段としてデザインをきわめて重視している。デザインは、単に空間・身体・モノを美しく快適にする意匠として意味があるだけでなく、人や社会が抱える課題を解決する手段として機能している。その事例として、中島さんが紹介しているのが、20173月にコペンハーゲンにオープンした「アマー資源センター(AMR)」だ。通常は住民に嫌がられる廃棄物処理の施設なのだが、建物に斜面をつくり、夏はトレッキング、冬はスキーを楽しめるスポーツリゾートとしても利用できるようにして、廃棄物処理施設のイメージを一新した。

デンマークの人口は日本の20分1にも満たない。北欧諸国やエストニアがデジタル先進国になれたのは小国だからと考える日本人は少なくない。むろん、技術の具体的な社会実装を考えるさいには人口規模や社会文化の違いは無視することのできない要因である。しかし、デジタル化の目的やビジョン、基本的な考え方や方法論などで先進的な小国から学べることは少なくないと私は考えている。とりわけ人口減少が止まらない日本にとっては、大国よりもむしろ小国が世界で存在価値を高めようとする戦略が参考になるのではないだろうか。

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