性善説管理 vs. マイクロマネジメント → 職級制
おはようございます。
久々に会社での朝メ作業。やはり会社のPC環境は快適ですね。
===ほぼ毎朝エッセー===
アメリカの大学ではオナーコードというものがあります。基本的に、学生は自らルールに従うことを誓っており、オナーコードを裏切ったら退学もあり、というものです。
オナーコードの存在のためか、MBA校の中は天国のように安全でした。モノが無くなることもなければ、周りの人を信頼できるのです。安心感がある。ところが、一歩学校を出ると、そこはアメリカでした。あるとき、ジャンバーをちょっと外に置き忘れたら、すぐに無くなりました。
私が会社を始めるときには、上記の安心感を醸成したいと強く思いました。私のアプローチとしては性善説。人は自発的に自分を抑制してくれると。私も元々ルールに縛られるのが大嫌いです。人は、ルールありきで、そのルールの存在する意味を考えずに行動するというのが大嫌いだからです。
ところが実際に、ルール無しで会社をスタートしてみると、そこは、出鱈目な行動をとる人たちの集団になってしまいました。残念ながら、野放しのところからは緻密さが必要な事業はできてきませんでした。
そこで、私が取ったアプローチは、細かいルールを作り、それを守って人々に動いてもらうというものでした。実際にはそんなに厳しく細かいルールなのではなく、フレックスタイムを作り、コアタイムがあるというレベルのものでした。驚くことにコアタイムすら守れない人も多いのです。
細かいルールは蓄積していきます。そして、不要になったときに止めればいい。ところが、なかなか止める踏ん切りがつかないものです。人がすぐに低い方に流れていってしまうのではないかという不信感。これとの闘いですから。
テレワークを導入するにあたっても、その人が、本当に働いているのか、サボっていないのか、という不安は大きいものがあります。一方、細かいルールで縛っているという方式の限界も感じます。ここは、原点に立ち戻る必要があるのでしょう。
オナーコードのような、e-Janのメンバーとして守る原則を合意し、日々の行動の原点にして、細かいルールは外していくのです。私はそんな形にしたいと日々思っています。
その一貫で、会社において皆の職級を定めました。給与は原則その職級に応じて決まります。各職級のあるべき姿を明文化することも進めていきます。
今までは、ある程度大まか、多めに昇給されていた給与も、クリアに計算式から出てくるようになります。各人の職級については、この規模ですので、経営会議で決めます。
各職級によるあるべき姿。これを合意した中で、業務を進めるのであれば、それが、自宅だろうが、出張先だろうが、どこで仕事がされていても、いい仕事をしてくれているはずです。そういう形になるものと期待しています。