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ビジネスモバイルITベンチャー実録【朝メール】から抜粋します

ITでも素材でも、開発の根っこにあるものって共通しています

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おはようございます。

形のないグレーの雲で覆われていて、眺めても今一つ楽しくない空です。

今朝は東レ時代に体験したジェットコースターのような素材開発体験について。

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■「ケブラー」というアラミド繊維

東レ時代に面白い開発に携わることができました。それは、「ケブラー」というアラミド繊維という高強力繊維をカットして紙にして電子基板にするというものでした。携帯電話とかに入っているあの、部品がのっかっている緑色のものです。電子基板とはその土台です。

アラミド繊維というのは、黄色くてとても強くて、切れづらい繊維です。用途はロープからタイヤの中身、耐切創手袋、タイミングベルトの芯、スペースシャトルの圧力容器まで、果てはすりつぶせばアスベストの代わりに使えて、ブレーキシューなどにも入っています。

製造プロセスは大まかに次のようなものです。

とても硬いポリマーを、高濃度の酸で溶かしてドロドロにします。それを口金という穴の空いた金属を通してトコロテンのように押しだして糸状にします。その糸を、水で洗ってアルカリで中和して、乾燥してワインダーで巻き取ります。

1995年から1999年までの間に自分がチャレンジしたのは、その糸の新たな用途を探して実用化するということでした。そこに電子基板用途の開発というものに巡り合いました。

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■「ケブラー」が電子基板に使えなかった理由

電子基板には一般的にはガラス繊維とエポキシ樹脂とを使った複合体、通称ガラエポを使います。そのガラエポをアラミド繊維とエポキシ樹脂との複合体に代えると、レーザーで穴が開けられるというメリットが出るのです。

電子基板は多層化していて、その層と層とをつなぐのに穴をあけて導電性のあるもので上下の回路をつなぐわけです。ガラスはレーザーでは融けてしまうので、溶融物が穴に残るという問題があったのですね。一方アラミドは有機物なので、燃えてしまい、それでいてガラスのように固い。好都合なわけです。

電子基板には高温多湿の状態での絶縁性、つまり電気を通さないことが求められます。夏のワイシャツの胸ポケットに入った携帯電話を想像してみてください。結構過酷な状況ですよね。

ところが、「ケブラー」は、酸で溶かしてアルカリで中和するプロセスです。当然のことながら大量の塩(えん)を包含しています。それを素材に電子基板を作れば、塩が残ったままになります。高温多湿なところに塩があると、イオンに分かれて電気を通してしまうわけです。当時は「ケブラー」は電子基板用途には使えないと、そんな論文まで出ていました。

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■塩を落とす大胆な発想と実践

工場配属になって間もなく自分がチャレンジしたのは、トータルプロセスとして塩を落とせないかという仮説でした。

電子基板になるまでのプロセスで、「ケブラー」はカットして紙状にしてからエポキシと合わせて複合化していました。その紙にするプロセスで大量の水が使われます。そこで塩を洗い流してしまったらいいと考えたのですね。

繊維を乾燥せずに巻き取ってカットして紙にする。それだと繊維が緻密化する前に大量の水と接触できるので、中の塩まで洗いだされるはずだと。工場での素人ならではの大胆な発想です。

実際に無理やり紡糸のプロセス改造してもらいました。現場の人たちの協力があってのことです。濡れたままの繊維をトン単位で作って、それをギロチンカッターで切って、紙にするという壮大なプロセスです。塩の値は見事に減りました。

通常の開発であれば、これで大成果です。

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■自分のプロセスだけではダメ

精密さが求められる電子基板という用途では、カット時に入るゴミが大問題になりました。ギロチンカッターという、ギロチンを落として、ガチョンガチョンと糸を切るものを使っていました。現場には大量の他の糸くずが浮遊しています。またカットするスピードも遅く、糸が乾燥してしまう問題もありました。これでは塩を洗い流すのにムラがでてしまいます。

「高速で糸を切ることができないのか。」

そもそも高強力繊維であるアラミドはカットがしづらいことでも有名でした。悩んで多方面に相談します。ある日、断片的な情報がきます。

「アラミド繊維が短く切れるという特許がありますよ。」

東レの愛媛の研究所からでした。早速にその特許を出した京都の機械メーカーにコンタクトします。試しに糸を送って切ってもらうときれいに切れているではないですか。京都に出向いて、カッターを見せてもらいます。プロトタイプのカッターがありました。

紙にするにはトン単位の試作品が必要です。そこで、その機械メーカーにトン単位の糸を送って、カッターを置いてある工場(こうば)でカットします。糸まみれ、汗まみれになりながら必要量を確保します。カッターから直接ビニール袋に詰めます。さすがにゴミの混入も少ないです。

何度かそれを繰り返し、徐々に欲しい品質の紙、さらには電子基板が作れます。

同時に、東レの工場で、そのカッターの本設備を設置してもらうことを発案します。何億円もの設備投資でしたがすぐに承認してくれます。愛知で濡れたままの糸を作り、愛媛に送って新カッター設備でカットして、それを富士の製紙メーカーで紙にする。その紙は、郡山でエポキシ樹脂と複合化され、大阪で電子基板になる。その全プロセスに突っ込む日々が始まります。

2メートル幅にもなる紙が何百メートルも巻き取られていくことには興奮を覚えます。作業中は髪の毛などのゴミが入ってはいけないので、今の福島で使われているタイベック(不織布)の白いつなぎを着ていました。あれ、本当に中が暑いです。

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■開発の根っこにあるものって同じだな

結果的には、満足いく品質のものが完成して、iモードの初代機にその電子基板が採用されました。

その後、自分は起業をして、ITの世界へと没頭していきます。そしてこの用途はしばらくは好調だったのですが、残念ながらまたガラス繊維に巻き返されてしまいました。素材開発もダイナミックなのですよ。

今はITの製品を開発していますが、開発の根っこには共通点が多いと考えます。

・品質は全プロセスを通して合格しないとダメ
・ラボレベルから生産レベルまで技術者が自分のこととして見る

姿勢としては次のようなことでしょう。
・好奇心を絶やさない
・何とか良くする、良くできるという思いをもつ
・粘る
・諦めない
・いつもそのことを考えている
・必ずうまくいくと信じている

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