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ビジネスモバイルITベンチャー実録【朝メール】から抜粋します

本業で震災復興のお役に立つ。CACHATTOを安定稼働させます。

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おはようございます。

今回の災害のひどさには言葉が出ません。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

首都圏のJRですが、日曜日はいったん正常になっていました。ところが、月曜日からの計画停電で止まってしまいます。通勤は大混乱となりました。今朝は、JRが運行範囲を広げてくれたため、また普段の横須賀線始発に乗れました。

普段、当たり前に繰り返しやっていることに戻れる。なんとありがたいことか。

ところで、インドへの出張は急きょ取りやめにしました。計画停電や原発事故のことなど、不安定要因が多すぎると判断したからです。

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■箱根でも大きな地鳴りとともに大揺れしていました

今回の震災は、娘の卒業祝いにとお休みをいただいて、小家族旅行にでかけていた、箱根のトスラブ(健康保険寮)で迎えました。3時チェックインの前、2時過ぎに早めに到着して、ロビーでのんびりと待っていた時に発生しました。

ビンっ、ジジジジ。バイブレーションを感じます。

「ん、地震?」と言ったところで、ゴゴゴゴゴ。地鳴りとともに大きな揺れがやってきます。

すぐさまに、職員の方がやってきます。「ご安心ください」

トスラブの建物は周りよりも極端に揺れが少ないしっかりしたものだといいます。落ち着いて座って様子を見ます。上から何も落ちてくるものがないことを確認します。

再び大きな地響きと揺れがやってきます。長時間続きます。

さすがに恐怖感を覚えます。皆で外に出ます。外では箱根のあちらこちらからの地響きが聞こえます。木や電柱も今までに見たことがない揺れをしています。

「人生で体験した一番大きな揺れと長さだよ、これは。」

恐怖心からか、自分に言い聞かせます。何度も繰り返し続く揺れに、何度も外に出たり中に入ったり。

富士山あるいは近場の小涌谷から噴火でもするのではないかと思いました。

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■radikoで情報収集

何が起きたのかと、GALAXY Tabでradikoアプリを再生してみます。宮城沖の地震だとわかります。

宮城沖の震源地で箱根のこの揺れ。すぐさまに千代田区の会社が心配になります。会社メンバーにTwitterで様子を聞いてみます。すぐに返事がきて、職場は大丈夫であることがわかります。TLも一挙に激しく地震のことを伝え始めています。

一段落したと思い、部屋に入ります。テレビをつけてみます。

宮城沖の地震。かなり大きいようです。津波警報が出ています。もう少し詳しく様子を把握しようとテレビに近づくと再び大きな地鳴りとともに揺れがきます。

「これは危ない。」

ロビーに戻ることにしました。皆でいる方がまだ安心です。

ところで、ロビーはテレビがありません。radikoの音を最大にします。ロビーのテーブルにGALAXY Tabを置いてラジオ放送に聞き入ります。周りにいる人たちも寄ってきて一緒に聞いています。情報は大切です。

大型の地震が発生して津波の危険性がある。都内でもかなりの揺れだ。九段会館で天井が崩落した。同時平行的に様々な情報が入ります。

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■インターネットは災害に強い

地震発生当初は携帯も使えました。両親など近い親戚も大丈夫であることが携帯のメールでわかります。別に持っていたiPhoneで、Twitterを見つづけます。Twitterでの知り合いは大丈夫だということもわかります。

手元の端末で、緊急の情報には不自由せずに最初からアクセスできていたのです。考えてみるとすごいことです。

しばらくすると、携帯電話のメールや通話はキャパシティを超えたようです。伝わらなくなっています。一方、TwitterやSkypeは全く問題なく使えています。また、社内メールで連絡を取ってくる、社外にいた人、自宅で休んでいた人たちについてもCACHATTO経由で安否がわかりました。

しばらくすると関係者全員の無事が確認できました。まずは一安心です。

「インターネットは災害に強い」

良く聞く言葉ですが、首都圏を巻き込んだ大地震です。情報量の多さは世界最大級でしょう。それでも、耐えたインフラとサービスたち。おかげで事故の当初から情報不足に陥ることは無かったです。これはとても大切だと痛感しました。

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■複数の通信手段と通信先を研究・確保しておくことは重要

今回、知り合いの社長さんで私をTwitterに巻き込んだ、@nori_takaさんが出会ったケースも挙げてみましょう。彼は普段から奥さんとTwitterでお互いに何をしているかの情報発信をしています。彼は職場、奥さんは1歳の娘さんと長野から出てきたお母さんとお姉さんとデパート。そこに地震。

すぐさま会社メンバーの無事を確認して解散。新宿にいた奥さんとは、Twitterで合流。さらにはお母さんやお姉さんを知り合いに引き取ってもらいながら、子連れ避難場所として京王デパートが提供してくれた育児室のことを知り、そこで一晩退避した様子です。Twitterが無ければ、得られないような動きができたとのことでした。

ふと思い出します。16年前、神戸の震災時にはアメリカに住んでいました。震災後、見つからない親戚を案じて、アメリカの自宅から電話回線経由、学校のインターネット経由でCompuserverにアクセスし、データローミング先のNiftyにアクセスしていたのです。

得られた情報は、残念ながら訃報でした。ただ、そのときにネットの威力を痛感したのです。日本にいる人たちよりも早く正確な情報を知ることができたのです。携帯電話も普及していない時代です。インターネットは距離をも克服できるものだと、そのすごさを痛感したのです。

だから、今もやっています。

普段から、「もの好き」と揶揄されていますが、無線端末を5台持ち歩いて、いろいろな場でアクセス手段の研究をしています。でも、たまには役に立ちますね。

また、こういった緊急時にも、落ちることなく安定稼働しているCACHATTOのサービス。誇りに思いました。Twitterを見る限り、様々な場面でお役に立てている様子です。今、震災は復興の段階に入っています。計画停電などの不慮の事態も発生しています。その時にも、安定してサービスが提供できるように会社の皆で全力を尽くしています。

震災週明けの昨日にはお客様から、緊急でCACHATTOの人数追加をしたいとの依頼を受けています。もちろん、緊急対応させてもらっています。本業のサービスを安定提供しながら、震災の復興に貢献する。こういったスタイルもあります。

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