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ヴィジュアル、サウンド、テキスト、コードの間を彷徨いながら、感じたこと考えたことを綴ります。

Bucchusのストラトキャスターが唸る!叫ぶ!日本初の「無香害ライブ」から1年。 ~6弦のカナリア(12)~

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11月のライブを終えて、一息。ギタリスト・大関慶治は、SNSに診断書を公開した。
「このままの空気で、子や孫の世代に悪影響はないのか」という一言を添えて。

傷病名:化学物質過敏症。
過敏?いや、違う、鋭敏だ。炭鉱のカナリアのように、いち早く、有害物質を感知するだけ。
オレを見ろ。オレが苦しみ始めたら、空気を疑え。これ以上、被害者を出すな。犠牲はオレひとりでじゅうぶんだ。倒れる前に、防げ。

この国で、何か恐ろしいことが起きている..........いったい、何が?
アンテナを伸ばして知ろうと努めるバンドマン仲間たち。拡がる理解の輪の中に立ち、大関はピックを手に取る。

12月、3本のライブが待っている。

数呼吸で、声すら変える。日用品の、ブラックボックス。

苦しみは、心の底。滓のように貼り付いている。生来、ポジティブ。いつも、笑顔。頭痛や嘔吐を抑えての、笑顔。

11月の房総は冷える。夜半、ひとり、おごそかに、ビートルズの赤盤に向き合った。メディアが違えば、音も変わるものだ。これまで聴こえていなかった音に、気付かされる。
青盤にも、浸った。まるで奏者がそこにいるかのように、目に映る。
学生時代、ポール・マッカートニーの音楽に触れ、その完成度と、その美しさと、その破壊力に、感じ入った。それから、ポールは背中を追う目標となった。遠い日の熱情が、薄らぐことなく、大関の背を押す。曝露した身体を引きずるようにして、歩く。一本の、長く、曲りくねった道を。

音に包まれるひとときを過ごした翌日。車検という難題が待ち受けていた。

車中への移香を防がなければならない。有害物質が残留しようものなら、運転できなくなってしまう。
シートにゴミ袋を被せた。表面に有害物質が付着する。これを吸い込んでしまい、顔が腫れ、嘔吐に見舞われた。
髪や皮膚に付着した物質を除去するために、入浴。それでも、目をこすると、抗菌臭が漂ってくる。再度入浴するも、除去しきれない。
この数年で、嘔吐には、すっかり慣れた。それほどまでに繰り返しているのだ。

翌日になっても不調は続いた。衣類に付着した有害物質が、室内へ侵入してしまった。なにしろ、「n次移香」するという厄介な性質がある。ゾーニングでは防げない。ウィルス以上に避けにくい。

以前は、日用品に含まれる物質を、気にしたことなどなかった。車検も、免許更新も、深刻に悩むような問題ではなかった。それが化学物質過敏症を発症した途端に激変。日常生活のあらゆる作業が、見上げる崖のようなハードルとなって、立ちはだかるのだ。

11月23日、発症前の無邪気さを懐かしむかのように、1枚の写真を、「X」にポストした。
『TERROR SQUAD』のメンバー4人とサポートのキャッツ氏が佇む、写真(※1)。10年前のその日は、四国へ馳せ参じた。『松山星空ジェット』でのライブ。ノーマスクで、弾けた。熱気に張り裂けそうなハコの空気の記憶。客と共有した時間が蘇る。
それから、わずか10年。どうして、こんな空気に、どうして、こんな国に、なってしまったのか。

問いを繰り返したところで、現実は変わらない。変えるしかない。突き進むしかない。ライブに向けて、スタジオ練習を重ねていく。

とはいえ、それすら、一苦労なのだった。
11月25日には、トイレの芳香剤臭か下水からの柔軟剤臭の逆流かは不明だが、ロビーに悪臭を放つ化学物質が充満。吐き気に見舞われ、早々と帰宅。
12月2日には、早朝から頭痛と吐き気。スタジオ練習を休んだ。ようやく動けるようになってスーパーへ行くと、町の空気は様変わりしていた。急に寒くなったため、多くの人が冬服をひっぱり出したのだろう、除菌スプレーのニオイが迫る。自身がより過敏になったというよりも、製品の有害性が増しているようにおもわれてならない。

12月9日、今年最後のスタジオ練習は、ボーカル宇田川が欠席。楽器隊3人での練習となった。密度は高く、手ごたえを感じた、だが、その帰り、入れ違いに来た利用者は、柔軟剤をまとっていた。それは桁外れの強さで大関を襲った。わずか数回の吸気で、声が枯れた。

その状態に、思い至ることがあった。
前回ライブのリハーサルで柔軟剤に曝露した後のこと。「あからさまに声変わってますよ。」と、共演者から指摘されたのだ。そのときと同じ状態が、再び生じたのだ。

ライブではコーラスに参加する程度で、直接の影響は免れている。だが、それは、ギタリストだから。もし、ボーカリストだったら?
帰宅後、「X」の健康被害者たちに、簡易アンケートのかたちで尋ねてみた。226人が回答。その製品で声の枯れる人が2割、それ以外の製品でも枯れる人が4割。
この結果を、どう受け止めればいいのだろう?
有害だということ以外、今の大関にはわからない。化学者ではないから?いや、仮に化学の専門家であったとしても、わからない。日用品の詳しい仕様はブラックボックス、知りようがない。
ただ、目の前に、ライブが、迫っていた。

『SHELLSHOCK Presents ABSTRACT DISCORD Vol.4』2023年12月16日(土)新大久保EARTHDOM

高校生の頃に見た、バンド。30年を経て、いま同じステージに立つ。

SHELLSHOCK』主催の『ABSTRACT DISCORD』が返ってきた。 4回目は、『新大久保EARTHDOM』にて、16時開場、16時半開演。
今回のライブには特典がある。『SHELLSHOCK』のセルフカバー・アルバムが販売されるのだ。

出演者は、『泥虎』、『DISASTER』、『SHADY GLIMPSE』、『TERROR SQUAD』、『324』、そしてトリは主催者の『SHELLSHOCK』。超高速バンドの競演となる。

主催者の『SHELLSHOCK』は、9月16日から早々と告知を開始。facebookでは、Trailer映像を公開。
フライヤーに、香害啓発ポスターや、香害健康被害者有志が制作した安全な洗剤リストも添えて投稿した。

今回、主催者、共演者、ほか関係者たちは、前回の11月11日のライブの啓発方法を踏襲。フライヤーに平塚市の香害啓発ページを併用。
また、「ご来場の方々には下記のURLと添付画像をご参考いただき、ご理解とご協力をお願いいたします。」として、TBS RADIO「化学物質過敏症の当事者が苦しむ『香害』」のページへリンクが張られた。

『SHELLSHOCK』伊藤彰氏によれば、「今回のイベントには特別な思い入れがあって、共演陣の顔ぶれを見ればわかる人にはわかるって感じでしょうか。あえて言うなら"感謝祭"」とのこと。

『SHELLSHOCK』と『TERROR SQUAD』の歴史は古い。
大関は、高校時代に、ボーカル・宇田川の家で、オムニバス・ビデオを見て、『SHELLSHOCK』のカッコよさに惹かれた。すぐさまCDを買い、ライブに足を運んだ。
「ビデオで見た人たちが目の前にいる!!」高校生ふたりは大興奮。「日本のバンド、すげぇな!」
あれから30余年。
自らもステージに立つようになり、共演の機会に恵まれた。そして今日、再び、同じステージに立つ。
その『SHELLSHOCK』が、香害の啓発をしてくれる。先輩たちが、連携して、協力してくれている。

大関は言う。「音楽って愛だよ。」

開催前夜、「X」には、来場予定者たちからのポストが相次いだ。明日届くはずの、『SHELLSHOCK』のリレコ音源が、早々と何人かの手元に届いたのだ。はやる気持ちを抑えきれない、ファンたち。明日は、最高にかっこいいライブを堪能できますように!

付点16分。トリッキーなギタープレイに、客が沸く!

12月16日、その日が来た。

事前の香害啓発に、ぬかりはない。
大関は、願いを込めて「X」にポストした。「良い演奏が出来ますように!」
続けて、1枚のアルバム・ジャケットを投稿した。「主催の『SHELLSHOCK』の92年のアルバムだ。
「ジャケットが今のオレみたいだ。」
そのカバーアートは、防毒マスク姿の人物を描いたもの(※2)。
「このままだとこれが標準になる、我々で阻止しなければ!」
そのポストに、健康被害者のひとりが答える。「声上げていくぞー!」
そうだ、これは、息する権利を賭けた、負けられない闘いなのだ。

事前啓発が吉と出て、マスクなしのステージを実現できるのか。それとも?

『TERROR SQUAD』のセッティングは、18時30分から。リハーサルなしで、機材を搬入、『SHADY GLIMPSE』の演奏を袖から見た後、ステージに立つというスケジュールだ。

大関は、真新しい黒のTシャツに着替えて、機材を積み込んだ。(※3
11月11日のライブ、『METAL ANARCHY TOUR』で共演した『SHADY GLIMPSE』。そのメンバーたちが企画制作してくれた、オリジナルTシャツだ。
身に着けると、力が湧くようだ。GHSのマークが並ぶそのTシャツは、叫び、力強く、訴える。「香害をぶっ飛ばせ!」

18時前、大関は、会場前に設置された、看板の写真を『X』にポスト。「新大久保到着!楽屋は無臭。街は抗菌系多め。」
新大久保にはコスメの店が多いため、街を覆う空気は臭う。ところが、楽屋は無臭だった。これは幸先がいい。
出番前、すれ違った人から、柔軟剤臭が流れてきた。だが、運が味方した。大関の傍で、冷風扇が稼働しており、有害物質を吹き飛ばしたのだ。一瞬の出来事だった。
安堵するとともに、気をひきしめた。

ステージは、インストゥルメンタル「The Psycho-Gun」から始まった。

『TERROR SQUAD』のインストには、『Soma』と「Black Sun」、そしてこの「The Psycho-Gun」の3曲がある「Black Sun」は、2007年頃の作品で、しばしばライブでも演奏している。一方、この「The Psycho-Gun」は、未完成状態で、2回しか披露していない。愛知県岡崎市と渋谷のライブに足を運んだファンなら、記憶しているかもしれない。
一風変わったリズムを刻む、短く、シンプルな曲だ。ギターは、付点16分音符を放つ。速弾きといえば16分音符や32分音符の連続が定番。付点付き音符はこのリズムを崩す。ミリセコンド単位のピッキングが要求される。難易度が跳ね上がる。
この複雑なリズムを、ジョーカーのドラムが支え、前川のベースが並走する。テクニカルなバンドだからこその、1曲。大関いわく「暴走と狂気と譜割りと知性と演奏力が試される。」
客はどよめき、しかし、そこは『TERROR SQUAD』、独りよがりにはならない。エネルギーを発散できる構成で、すぐに、ハコの中は、熱気で満たされた。

続いて、新曲。といっても、すでに何度となく演奏して、ファンにはおなじみとなった『No Wrong Way』。そして、名曲『Born Defector』。
ボーカル・宇田川のMCを挟んで、盛り上がる『Bastards』からの、人気曲『闇より深く...』。

ふたたびMCを挟み、通常、1曲目で披露することが多い『Straight to Hell』を、ここでぶちかます。

前川、大関ともに、コーラスに参加。コーラスマイクまで進むと、すこし化粧品のニオイが鼻をついた。だが、それに気付くような空気。柔軟剤や抗菌系洗剤の成分は、漂っていなかった。ステージ上は、無香害といってもいい状態だった。

ラストは、定番『Chaosdragon Rising』。ギターソロを意気揚々と弾き終えた大関は、充実した笑顔で、客席を見つめた。

その後の『SHELLSHOCK』のステージでは、『GET INTO THE SHELTER』の演奏に、ボーカル・宇田川がコーラスで参加。吠えて演奏を盛り上げたのだった。

一人の犠牲では終わらない。増える化学物質過敏症の発症者。

『SHELLSHOCK』のステージを、見たかった。ガスマスクを装着して、ステージ袖からでも。だが、マスク姿に、空気事情をいぶかしむ声が上がっては、申し訳ない。
いつも悲しい二択を迫られる。具合が悪くなければ、閉演まで会場にいたい。具合が悪くなれば、一足先に帰宅するしかない。また、二択なのか。

否、今日は、客席の空気が違った。

19時半過ぎ。ネットでつながるファンたちを安心させる1行がポストされた。「無事終了!客席もほぼ無臭!ありがたい!」

客席で見ることができたのだ。
目の前の客が、ヘドバンをした。驚いた。無香料。湯シャンか石けんシャンプーに違いなかった。フレグランス・フリーが浸透してきたことを肌で感した。

終演後、共演の『324』のメンバーと話すことができた。彼らの客の中に、化学物質過敏症の発症者がいるという。
発症者の多くは、曝露を防ぐために、人のいる場所を避け、引きこもりがちになる。そのため、社会から隔絶され、忘れ去られていく。
身近に発症者が出ることで、その存在は、リアリティを持ち始めるのだ。
「去年の11月から、『TERROR SQUAD』がいない時でも、話題になっているよ。バンドマンたちに浸透してきているとおもう。」
理解される喜びをかみしめ、その反面、恐ろしい現実におののきながら、大関は、子どもやペットにも及ぶ影響を説いた。
深い、頷き。「これからもっと増えるよね。」

継続した啓発の効果が表れ始めている。諦めなくてよかった。症状は悪化の一途だが、悪化した症状によって、気付きを与えることができている―――遠くに視線を向けて、大関も頷き返した。

賭けのような、パラドックスだ。症状が悪化すれば、『TERROR SQUAD』の出演機会は失われる可能性がある。かといって、症状の悪化を防ぐためにフレグランス・フリ―を強く訴えると、それらの製品のユーザーは足を運びにくくなるかもしれない。ライブハウス側も、アメニティをフレグランス・フリー製品に変えるとなると、手間がかかる。現状維持。そう考えても不思議ではない。

しかしながら、状況は、あきらかに、変わってきている。
「今は追い風すら感じる。バンドマンという仲間たちのおかげで。」

23時過ぎ。「顔の痺れは無いけど舌がチリチリ痺れるという初めての感覚」があるも、「ライブより無事帰宅!ダメージ少ない」

あふれる感謝を、Xとfacebookに記した。

「主催の『SHELLSHOCK』みずからの香害啓発のおかげで、ほぼノーダメージでした。
これまでは、出番が終わったら先に帰ることばかりだったけれど、今日は、客席にも行けたし、物販も出来た。ライブハウスから日本中の無香料化が広がりますように!
ギターケースに付いたニオイは、『EARTHDOM』のニオイでした。10年前にタイムスリップしたような気分です。
『SHELLSHOCK』、対バンのみんな、『EARTHDOM』のスタッフさん、お客さん、ほんとありがとう!」

『Black X'mas』2023年12月22日(金)新大久保 EARTHDOM

加速する、事前啓発。大晦日のライブ関係者までもが、協力体制。

風向きが、変わった。
あきらかに、変わった。
12月16日のライブ翌日から、Xやfacebookでは、次回ライブ予告が流れ始めた。主催者、共演者はじめ、ファンたちまでもが、それぞれのできることを考えて実行。香害情報を発信し始めたのだ。

17日には、インディーズレーベル半田商会が、フライヤーと平塚市の香害啓発ページをポスト。

さらに、その翌日、『Forward』ヴォーカル・ISHIYA氏が投稿。
ISHIYA氏は、昨冬も、啓発に尽力している。大晦日のライブ『BURNING SPIRITS』で共演の『TERROR SQUAD』を慮って、注意喚起を促したのだ。そして今年も、大晦日の共演に向けて、早々と啓発を開始したのだった。
12月18日には、『BURNING SPIRITS』のタイムテーブルに、自らまとめた注意事項を添付して、投稿。(※4
「ご来場予定の方は、ご一読をお願いいたします。」
同氏はライターでもあり、そのテキストは的確。効果に期待がかかる。

実は、ISHIYA氏自身も、移香の除去に苦戦しているのだ。化学物質過敏症を発症していなくとも、嗅覚が機能していれば、ニオイを放つ有害物質には気付くことができる。
「普段から柔軟剤を使って洗濯していると、匂いはなかなか取れない。もう毎日天日干し、重曹、セスキで消毒、鍋で煮沸など、あらゆる方法使っても、今からだと匂いは取れないかもしれないが、薄まることはある。」
日を改めて、注意事項を何度も投稿、浸透を図った。

『TERROR SQUAD』の長年のファンも、日消連の最新のポスターや香害Xデモで使われたポスターを用いて、「X」で注意喚起。

12月18日には、大晦日の『BURNING SPIRITS』を開催するライブハウス『新宿 ANTIKNOCK』までもが、「ご来場予定の方へ」と呼びかける、ダメ押しのポスト。

啓発に協力するひとが増えた今、無香害ライブは、不可能な夢ではなく、実現可能な目標となった。

今回の会場は、前回ライブと同じ、『新大久保 EARTHDOM』。
『DIE YOU BASTARD!』と『TERROR SQUAD』のツーマンだ。
『DIE YOU BASTARD!』は、「あるようでなかった待望の2マン‼️」と今回企画の希少性をうたい、プレゼントを発表した。それはフライヤーをリデザインしたクールな手ぬぐいだ!黒字に白の文字。かっこよさに、ネットのあちこちから、垂涎の声があがる。これはチケット・セールスに良い効果をもたらしそうだ。

12月22日、当日の午後。大関は、期待と不安を、ユーモラスに「X」にポストした。
「さて本日、ライブです。ツーマン。持ち時間が双方1時間。海外でも長くて50分+アンコールのところ、運動不足のオレ、体力心配w」

事実、運動不足なのだ。この1年、大関の行動半径は、極端に狭くなっている。
大関は自身の化学物質過敏症を軽症だとおもっているが、医師によれば重症。これ以上悪化させて、音楽活動に影響が及ぶことだけは避けたい。
安全策で自宅に引きこもっているため、運動量は激減。ウォーキングで補おうにも、外出すれば、いつ、どこで、香害の空気の塊に遭遇するかわからない。曝露すれば寝込むことになり、逆効果。これまで何度も、その憂き目にあってきている。
筋力も体力も衰えた。

その身体で、全11曲プラス、アンコール。アルバム2枚フルに近いボリューム感。
ステージの無香害を祈るばかりだ。

18時過ぎ。大関は「X」にタイムテーブルの写真をポスト、到着を伝えた。
ネットでつながる、ファンたちや香害啓発者たちが声援をおくる。

曲順は、いつも通り、ベース・前川が決定。前日、リストを受け取った大関は、一工夫を凝らした。
実は、大関は老眼。ギターアンプのツマミの文字が読めなくなり、コンタクトレンズをやめたところ、今度は、遠くの曲順表が見えないときた。そこで、ギターのボディサイドに曲順表を貼ることにした。尊敬する、ポール・マッカートニーの方法を真似た方法だ。(※5

このアイデアは、上手くいった。わかりやすく、安心できる。

そして、ステージが、始まった。

突発事項発生か!?体力勝負のツーマン1時間、完奏に挑む!

ボーカル・宇田川の第一声から、『Straight to Hell』で、幕を開けた。『Helldozer』、『Order of Lone Wolf』と、アルバムでおなじみの曲が続く。
MCを挟んで、『Born Defector』。
曲の構成に自信ありの名曲。ライブで披露するのは、ショート・バージョン。4曲目でもあり、後半を盛り上げるための、肝となる曲だ。

いつも通り、ボーカル・宇田川が、客席になだれ込む。客たちは大盛り上がり、取り囲み、歓声を上げる。宇田川が、指差し、叫ぶ。激情に突き動かされるように、客たちが大きく揺れた。

そのときだった、衣類が擦れあったのだろう、抗菌系の物質が一直線にステージに向かってきた。避ける余裕などない。大関を突き刺した。
予期せぬ、頭痛、しばらくすると、脚の力が奪われた。骨も筋肉もバラバラになったかのように、膝が震えた。今にも折れそうな脚。傾きながらも、ギターを支えた。

「まだ4曲目だぞ、おい!」

自身を鼓舞して、後ずさり。「落ち着け!ミスるんじゃない!」
憶えこんだポジション。左手は自動的に動く。同期するはずの、ピッキング。集中しようとした。だが、抗菌剤は容赦ない。
高速で流れる音。わずかなズレでも、生じる、ミス。
熱気を帯びた客たちは気付かない。それがせめてもの救いだった。
プロギタリストは、唇を噛んだ。演奏を妨げる香害に対して。自身の運命に対して。胸の奥で、叫んだ。悲嘆が、現れては消えた。

なんとかやり過ごして、5曲目『Bastards』に突入。
そして、『Black Sun』。インストゥルメンタルだ。宇田川のパフォーマンスによるカバーは期待できない。耳を澄ませ、心を澄ませて、音に集中。無事弾き終えて、新曲『No Wrong Way』。
シンガロングで盛り上がり、ここで、ふたたびMC。巧妙なトークを繰り出す宇田川の背後で、このとき、大関は嘔吐感と闘っていた。

不調を見せまいと踏ん張り、複雑な構成の『Hellbound Deathboogie』を弾き終えた。すこし持ち直し始めたような、感覚があった。
ここで、身体が憶えこんでいる『闇より深く...』。ホッとしたのもつかの間、客たちが弾む『Blood Fire Metal』。 大関ただひとりを置き去りにして、ハコの中は熱くなる。

ようやくラスト、『Chaosdragon Rising』。
宇田川は、さらに客たちを巻き込んで、大暴れ。屋台骨、ドラム・ジョーカーは、ひたすら高速を刻み、奔流を支える。ベース・前川の力強い低音が響く。
一方、大関は、それどころではない。定位置で踏ん張り、ひたすら、演奏に集中。なんとかソロを弾ききった。

あと1曲!
アンコールは、『Motorhead』のカバーで『Ace of Spades』
10月1日の『Nutty's』ライブでも披露し、客たちが沸きに湧いた。海外ツアーでもアンコールで演奏する、万国共通の人気曲だ。

力を振り絞った。
ピックを振り抜くと、全身の力が抜けたかのように、右腕をおろした。

知られ始めた、香料のリスク。忘れ去られる、抗菌・消臭・防臭製品のリスク。

機材を撤収、車に積むために、裏口から出た。
忘年会の記念撮影を楽しむ集団がいた。その数、10数名。にもかかわらず、におわない。
1年前、無香害化を訴え始めた頃と違い、ライブハウス内の空気は、あきらかに、変わった。 一方、町の空気事情は。深刻化している。
汚れた空気の中の、無香害の集団の出現は、意外だった。町を覆う空気と、その中で動くひとびと、楽屋、ステージ、客席、それぞれがの空気事情が違うのだ。
柔軟剤香料が漂ってくることもあれば、抗菌系合成洗剤のニオイが滞留していることもある。香害は、複雑化している。啓発の難しさを突きつけられたような気がした。

21時過ぎ。「X」に、結果をポストした。
「なんとか無事。抗菌系にちょいちょいやられた。コレはオレらしかわからないのかも。楽屋は平和だった。」
そして、0時をまわって、「無事帰宅。」

明けて翌日、感謝と、今後への注意事項を、発信した。

「今日のライブ、主催者や会場の香害啓発のおかげで柔軟剤や香水系は感じませんでした。ありがたい!!」

香料の有害性は、「香害」の二文字で知られるところとなった。香り長持ち技術も「香料マイクロカプセル」の言葉で、知られ始めている。
だが、香りのリスクが強調されるにつれ、反比例するかのように、抗菌・消臭・防臭機能をもつ化学物質のリスクが、霞んでいく。
抗菌系洗剤の放つニオイは、柔軟剤の香りとは全く別物だ。何割かの嗅覚の持ち主は、「悪臭」として捉えることができる。
誰もが臭うわけではない物質の有害性を、いかに伝えるか。大関は悩んでいる。だから、「香害」よりも「洗濯公害」という言葉を使うのだ。

メーカーは、すすぎ回数減をうたう。健康被害者によって、それは、まやかしだ。発症者も増えるおそれがある。「せめて2回濯いでほしい。」それが、大関の最低限の願いである。

『BURNING SPIRITS』2023年12月31日(日)新宿 ANTIKNOCK

全国に点在する、化学物質過敏症者たち。ネットでつながり、メディアの援護を受けて。

『新大久保 EARTHDOM』での2回のライブ、12月16日『ABSTRACT DISCORD』と12月22日『Black X'mas』を終えた、『TERROR SQUAD』。
その音楽は、あえてジャンル分けするなら、スラッシュメタルに分類される。だが、実際は、ノンジャンル。結成当時は、スラッシュメタルに分類される楽曲を演奏していた。だが、時を経るごとに、「ジャンルの壁を壊せ!」という信念が、強固になっていったという。
スラッシュメタルから飛び出した4人を、ハードコアパンク恒例の年越しイベント『BURNING SPIRITS』が迎え入れた。大晦日のステージに立つようになった。

そして、今年も。
1年を『BURNING SPIRITS NEW YEAR EVE 2024』で締めくくる。
主催者のKatsuta Noriyuki氏によれば、35年ほど、この年越しライブを開催しているという。
『新宿 ANTIKNOCK』の収容人数は300人、毎年、満員御礼だ。

出演者は、『NO PROBLEM』、『#STDRUMS』、『FINAL BOMBS』、『ゲンドウミサイル』、『Limited Express (has gone?)』、『SYSTEMATIC DEATH』、『TERROR SQUAD』、『WARHEAD』、『FORWARD』、『九狼吽(名古屋)』、『HAT TRICKERS』『 己是(会津)』、『HAZARD』、『FLiPOUT A.A』、『KANDARIVAS』、『ハモンセラーノ』。16バンドによる、賑やかなイベントだ。

昨年も、大晦日に開催された。この時は、関係者が開催日直前まで啓発に奔走。香料は漂ってきたが、大関は持ち堪えて出番を終えた。今年は、早くから啓発が活発化。「無香害」での締めくくりが期待される。

今年最後のライブに向けて、体調管理は万全。のはずが、クリスマスイブ、大関は自宅でひとり咳と闘っていた。
インフルエンザではない。寒暖差と疲労から来る感冒だ。
24日には咳だけだったが、翌日には発熱。早く治さねば。焦りは募る。ライブ前に、約束していたイベントがあるのだ。

昨年も開催した、化学物質過敏症者たちが参加する、Xの「忘年会スペース」を、今年も開催予定。大関は、もうひとりの発症者と共に、ホストを務める。
不特定多数の集まる場所どころか、行きつけの飲食店でさえ香害に阻まれて、発症者たちは、外出を控えて耐えている。全国に、点在する、孤立した彼らの中で、デバイスを使える者たちは、ネットでつながっている。「X」のスペースは、希少な、困難を共感し合える場なのだ。

12月27日、先立って「おはようCS」というスペースが開催された。大関は、主催者からホストを引き継ぎ、まだ体調が万全ではない中、なごやかな場を作りあげた。これには、380人が参加した。
翌28日に、ようやく風邪から完全回復、29日19時開始の「忘年会スペース」に間に合った。
スペースは夜を徹して翌日に持ち越され、3次会までに、557人が参加、14時に、ホストを仲間に引き継いで、大関は休養。その後も、交替したホストが頑張り、翌昼まで続いた。
目前にライブが迫る。不安視する声。だが、大関本人はいたって平静。香害への曝露さえなければ、人一倍、元気なのだ。シフトにも、オールナイトにも、対応できる。

12月29日、予想していなかったメディアの援護が展開された。
大関を取材した、2023年4月6日の、朝日新聞デジタルの記事、「香りに襲われ体調不良に... その時、仲間は動いた」。
これをもとに、2023年6月7日、振り返りの朝日新聞ポッドキャストが収録され、公開されている。「柔軟剤などの香りに含まれる化学物質に苦しめられている人がいます。・・・・・・音楽仲間たちは化学物質過敏症について学び、動き出しました。」

このポッドキャストを、伊藤絵里奈記者がリポストしたのだ。
「取材後、人工香料が気になって仕方ない。私は『嫌だな』ぐらいですが、それで日常生活が送れない人たちが大勢います。来年こそは東北のCS被害者駆け込み寺の一つ、盛岡医療センターを取材したい。」
「柔軟剤や整髪料のにおいで体調不良になる化学物質過敏症。推計患者が70万~100万人という数字にも驚きました。苦しむ人を減らすために、まずは無香料のものを探してみましょう。」

追い風、それも強く吹いている。この動きを、さらに、大きく!
事前の啓発に、力がこもる。

12月31日、当日。
『TERROR SQUAD』サポート・メンバーのキャッツ氏が、ISHIYA氏作成の注意事項をフライヤーに添えて、Xにポスト。
午後、当のISHIYA氏も、再ポスト。「さて今年も終わりです。日本の年越しはBURNING SPIRITSだろ!千円+ドリンクでこのメンツ!!!皆様お誘い合わせの上ご来場お待ちしております。注意事項あり。ご一読願います。」
さらに、主催者のKatsuta 氏が、だめ押しのポスト。「ライブ見ながら 年を越す、マジ 最高だろ!」
そう!最高さ!!あとは、ステージを待つばかりだ。

Chaosdragon Rising!大晦日、ストラトキャスターから龍が舞う!

20時前、『TERROR SQUAD』は会場入り。大関は、ライブハウス前の看板の写真をポストした。「新宿到着!」(※6

事前の啓発は、これ以上は不可能というほど、万全。だがしかし、客数が多い。外国人もいる。言語の壁がある。すべての客に伝わっているわけではないだろう。

大関はギターを持ってライブハウスの階段を降りた。通路には、香水が漂っていた。ISHIYA氏と鉢合わせた。ISHIYA氏は、ニオイに気付いていた。その第一声は、「今日大丈夫か?」
「まあまあヤバいです。とりあえず逃げますね。」
機材を楽屋に置き、出番まで機材車に退避。楽屋は、大丈夫だったが、通路から、香る化学物質を含む空気が流れ込んできていた。
これ以上、耐えてはいけない。防毒マスクを装着した。これまで、耐えて元気なふりをしたことにより、症状が悪化していた。早めに退避、早めに装着、それが、悪化させない最善の方法だと肝に銘じた。
この姿を見た主催者は驚きの様子を隠せない。「大丈夫?その状態になってるのは初めて見たからさ。」会場の空気の質を心配し、大関の身を案じた。
心遣いが、ありがたかった。

この調子では、ステージは、どうなのか。不安が募る。
だが、幸いなことに、空調が味方した。空気の流れがあり、ギターの立ち位置は、無臭だった。弾ける!

22時。『TERROR SQUAD』のステージは、例年通り、『Straight to Hell』で、幕を開けた。

今日のステージは、2回のMCを挟んで6曲。お祭りだ。大関がfacebookで「多分暴走」と予告した通り、宇田川はいつにも増して激しく動き、3人は轟音で突っ走る。
『Hellbound Deathboogie』、『闇より深く...』、『Bastards』とつないで、今年のラストを締めくくるのは、もちろん『Chaosdragon Rising』。

後半、高音へと駆け上るギターソロ。ストラトから放たれた音の粒は、螺旋を描いて、ハコの中を駆け上った。天へ向かって舞う、龍のように。

最後の一音が響き渡った。客たちが歓声で湛える。2024年、辰年の幕明けが近づいていた。

大関の顔に、満足げな笑みが浮かんだ。前川も、最高の笑顔で応える。ベースと、ギターを、交差させた。

肩で息をきらしながら、宇田川は、身体全体から、充実した達成感を放ち、3人を支える、ドラム・ジョーカーは、安堵の表情。1年間を、駆け抜けた4人。客席では、サポート・キャッツ氏が、万感の思いで見守っていた。

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新年になる直前、「X」で見守る者たちへ、大関からの朗報が飛び込んだ。「無事帰宅!ステージは異臭無し!良いお年を♪」

明けて、翌日。夕方に起床した大関は、能登地震の発生を知った。SNSでつながる化学物質過敏症者たちが、北陸にいる。香害の蔓延する避難所を利用することは不可能。ライフラインを断たれ、途方に暮れて、ポストしている、状況がわかるだけに、心を痛めつつも、駆け付けることができない、苛立ち。

大関は、動ける状態ではなかった。香害は、移香のかたちで、大関を苦しめていた。
持ち帰ったギターケースや防毒マスク入りのバッグを、酸素系漂白剤を溶かした湯に浸けこんだ。除去に、二日間苦戦。この作業で曝露、体調は悪化した。

1月6日。ようやく、facebookに、感謝を記すことができた。
「2023年の締めくくりに笑顔で演奏出来たことが、オレの希望になりました。バンド仲間たちの香害啓発や他者を思いやる言葉は本気なんだ、と改めて痛感しました。ありがとうございます。」

カナリアの軌跡、それは、音楽がつないだ奇蹟。

さかのぼること、1年と2カ月。

2022年10月9日、『新宿 LOFT』。そして翌10日、『新大久保 EARTHDOM』。
客席からステージに到達した有害物質が、大関を襲った。
脱力し、足元もあやしく、思考も定まらず、マーシャルの後ろまで下がるしかなかった、ギターを抱えて立つだけで精一杯。これでは、もうライブは不可能だ。絶望。進退を考えた。

明かりを灯したのは、『BAREBONES』のギタリスト・長谷周次郎氏だった。みずからのレコ発ライブで、共演する『TERROR SQUAD』のために、フレグランス・フリーを呼び掛けた。「大関に全力で突っ走ってほしいから」
2022年11月20日、『新大久保 EARTHDOM」。日本初の「無香害」ライブが、実現した。

だが、ライブハウスは日常生活から離れた場だ。スーパーや学校や病院とは違う。整髪料も香水も似合うシーンがある。無香害化が最も難しい場のひとつといっていい。当日券もある。不特定多数の来場者への周知は難しい。曝露を避けきれない。

自分の存在は、『TERROR SQUAD』の活動の足かせになりはしないか。悩む大関に、宇田川は言った。「死ぬまでこの4人だから大丈夫。オレは君のギターが無かったら唄ってないよ。」
理解してくれるひとたちがいる。啓発しながらライブを続けよう。身を退くだけでは、第二第三の被害者が出るだけだ。――腹を括った。

本気の発信が、伝わった。バンドマン仲間たちに、理解の輪が拡がっていった。ライブハウス・オーナーや主催者が、啓発をバックアップ。企画・運営を担うキャッツ氏は、集客と香害啓発のベスト・バランスを模索し、4人を、支え続けた。

事前啓発を繰り返した『Forward』ヴォーカル・Ishiya氏、会場でのサポートまで務めた『BxTxW』ギタリストで『LEGEND OF TRUTH』ベーシストのRATCHI氏。「香害をぶっ飛ばせ!」オリジナルTシャツを企画制作した『SHADY GLIMPSE』。
危険な賭けとおもわれた大阪ライブで、ギター側のステージ・スタッフを務めた『WRECKING CREW』のギター&ボーカルの林氏。David Lee Roth『Yankee Rose』を選曲して盛り上げた、DJ村松氏。
共演者でもあり、企画者としても心を砕いた、『DEFILED』、『SHELLSHOCK』。平塚市の啓発ページを採用するというアイデアを実行した別府伸朗氏。Katsuta Noriyuki氏はじめ、音楽を愛する主催者たち。
猛暑のライブで、反応のリスクを懸念して屋外でメイク落としを敢行した『ZOMBIE RITUAL』。健康を気遣い、声掛けをした『SHADY GLIMPSE』SHINYA氏、TAKEI氏、TOMOZOW氏、『FAST KILL』ギタリスト・望月氏、『マシリト』『NEPENTHES』『ROSEROSE』『DEADLY SPAWN』ほか、多くの共演者たち。
ハコの無香害化をいちはやく推進した『西横浜 EL PUENTE』オーナー・Shigeru Shiggy Sato氏をはじめ、ライブハウスのオーナー。そして、店内や備品の清掃に尽力した、ライブハウスのスタッフたち()。
ライブに足を運んで取材した、朝日新聞社 伊藤恵里奈記者。新聞記事を拡散した、世田谷区長や各地の議員たち。
啓発活動をバックアップした「香害をなくす議員の会」の議員たち。北海道厚岸町 室崎正之議員、「きれいな空気の会」の面々。パネル展示イベント「化学物質過敏症・香害・SDGs」を企画実行したFAN-CYU氏と、これを取材した朝日新聞社 机美鈴記者。
そして、防毒マスクを装着してまで応援に駆け付けた、香害健康被害者の橋本美千夫氏。

多くの関係者とバンドマン仲間、全国のファンたち、香害啓発者たち、メディア関係者たちが、無香害ライブ実現に向けて動いた。
並外れたギタリストが、ベスト・パフォーマンスを発揮できるように。
これに、来場者たちが、応えた。

そうして、1年。大関がステージを休むことはなかった。

このまま、突っ走れ。2024年、無香害へ舵を切れ。

人生のリスタート。6弦の響きに、耳を澄ませ。

ライブハウスの無香害化。それだけでなく、大関は、職場でも、闘ってきた。

職場には、香害製品ユーザーが何人もいた。
そのうち、レノア使用者には、ジャパンマシニスト社の書籍「マイクロカプセル香害」を渡して説明したところ、理解し、対応してくれた。
さらに、別の製品を使う年配男性にも、窮状を伝えようとした。その製品に暴露すると、大関は顔が痺れてしまうのだ。しかし、叶わなかった。横やりが入ったのだ。

大関は、マスクのテストを試みた。二重にする、タオルを仕込む。だが、マスク内に、香害はやすやすと侵入した。
3Mの顔にフィットするマスクを試してみた。呼吸が苦しく長時間の装着は不可能だった。
シゲマツの防毒マスクを知った。郵便局員が装着するものではない。躊躇した。

勤務先では、作業場を分けるという配慮に出た。だが、全館空調。香害を含む空気は、作業中の大関を容赦なく包囲する。上司はマスクで防ぐよう、着用を強要。従業員の健康管理よりも、柔軟剤使用の容認を優先した。
曝露の翌日には出勤できない。そんな日が続き、なすすべなく、ガスマスクを着用するようになった。それ以外のマスクでは効果薄どころか逆効果なのだ。ノーマスク、または、ガスマスク着用。この2つを、空気の質に応じて使い分けるようになった。

柔軟剤と整髪料の複合曝露に、耐え続けた。限界を超えて早退した、2019年春のある日。職場から数十メートルの地点で、大関は倒れた。
なんとか帰宅はしたものの、左手首を負傷していた。病院では、労災を申請せよ、と言われ、上司からは、目撃者という証拠がないと突っぱねられ、頭をかかえた。
この日を境に、体調は急激に悪化した。
今では、曝露後1~15分で、脚がきしみ始める。
できるだけ早く、有害物質を感知して、瞬時に判断、防毒マスクを装着する。それが、大関の身の守り方となった。

防毒マスク姿の大関を見ても、職場の香害製品ユーザーたちは、起こっていることに気付こうとはしなかった。絶え間ない曝露が続く。上司の理解は得られない。孤立無援。
耐えて、耐えて、勤務を続けた。
だが、耐え続けるなど不可能。早退する日が増えた。欠勤も増えた。2022年には休職やむなしの状態となった。
そして、1年。

2023年末。大関は職場を後にした。

27年間の業務経験が、潰えた。

通院先で、「職場復帰不可能」という診断書を見たときの、衝撃。
体調に合わせて職場復帰ができるなら、頑張りたい。だが、一回の早退や欠勤にも診断書が必要だという。それは不可能だ。職場から郵送される書類の移香が苦しい。職場の空気は、それどころではない。ロッカーに置いてある物を引き取りに行くのすら辛いほどだ。

2024年4月から、職場の合理的配慮の義務化が施行される(※8)。大関の退職には間に合わなかった。大晦日のライブが終われば、年金や保険などの膨大な事務手続きが待っている。不特定多数の集まる公的機関へ、何度も足を運ぶことになるかもしれない。その空気に耐えられるだろうか。手続きはできるのか?
発症すると、日常は、闇に塗りつぶされたかのように、様変わりする。それまでの生活を手放すことになるのだ。

書面上は、自己都合扱いでの退職。だが、自主的に退職するのではない。続けたい。働きたい。
仕事は好きだった。郵便は、いにしえの時からの、人と人をつなぐ尊いツール、そうおもっていた。全国の郵便番号の上2桁を記憶した。記憶と知識と経験の総合力で、パズルを解くような毎日。業務の標準化と円滑化にも腐心した。帰宅後、改善提案を考えた。もちろん報酬などない。気にならなかった。
12月22日、「X」に、かつて作成した職場改善提案文書を、ポストした。新入社員でもわかるように、工程が構造化された手順書で、郵便を利用する全国のひとびとにとっても有用な情報だ。

業務上の課題を、後輩たちが迷う作業を、ひとつずつ、工夫して、クリアしていく。ゲームのようでもあり、楽しかった。

考えてみれば、ギターも似ている。 弾ききれなかったフレーズが、工夫と練習で、完全になる。地道な努力が形になる。その過程が楽しいのかもしれない。
中学生時代、ビートルズやジェイク・E・リーやヴァン・ヘイレンをコピーした。ギタリストになると決めた。高校時代、ギターだけに情熱を傾け、そのままプロとなった。22歳、宇田川と、この曲を創った。『BROKEN』。日本のスラッシュメタル界を震撼させた。

郵便局に務めながら、仕事を疎かにせず、ライブも全力。このライフスタイルが合っていた。人生を謳歌していた。

だが、その生活基盤は、失われた。蓄積した経験を生かす場が、奪い取られた。

それでも、暗闇が覆う閉ざされた部屋に、射す光がある。
ギターがある。仲間がいる。ライブで弾ける客たちがいる。
ファンを支えていた音楽が、今はオレ自身の生をも支える。
作曲家として、ギタリストとして、生き抜こう、精一杯。

音楽は不思議だ。音楽に出会い、ギターに出会い、人と出会った。
オレの長く曲がりくねった道の先には、希望の扉があるだろう。

かき鳴らせ。諦めることなく。
刻め。両手が動く限り。
まだ気付かぬ人々のために。いつか生まれる生命のために。いずれ眠る、この地のために。

カナリアは、とらえた危機を、6弦で叫ぶ。

届け。

 

 


記事中画像

※1:2013年11月、松山市ライブ。左から、ジョーカー、キャッツ、宇田川、大関、前川(提供:『TERROR SQUAD』)

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※2:『SHELLSHOCK』のCDカバーアートとシゲマツ製・防毒マスク(撮影:大関慶治)

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※3:『SHADY GLIMPSE』企画制作「香害をぶっ飛ばせ!」Tシャツ(提供:『SHADY GLIMPSE』)

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※4:『FORWARD』ヴォーカル・ISHIYA氏が作成して配布した、お願い文書(「X」より)

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※5:ギターのボディサイドに貼った曲順表(撮影:大関慶治)

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※6:『BURNING SPIRITS NEW YEAR EVE 2024』看板(撮影:大関慶治)

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※7:(本文中掲載)互いの楽器を交差させる、ベース・前川とギター・大関(撮影:キャッツ氏)

※8:内閣府「合理的配慮の提供が義務化」ポスター

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Special Thanks to

新大久保 EARTHDOM、東高円寺二万電圧、中野 MOON STEP、西横浜 ElPuente、新宿 ANTIKNOCK、吉祥寺 WARP、渋谷サイクロン GARETTE、大阪『江坂MUSE、Live & BAR Nutty's、新宿LOFT、東京両国SUNRIE(開催順、敬称略)


セットリスト / 音源情報

※CDは、残念ながら完売。アルバム2枚は、bandcampで、試聴・購入できる。

12/16(新大久保 EARTHDOM)

12/22(新大久保 EARTHDOM)

12/31(新宿ANTIKNOCK)

  • Straight to Hell
  • No Wrong Way
  • (MC)
  • Hellbound Deathboogie
  • 闇より深く...
  • (MC)
  • Bastards
  • Chaosdragon Rising

ライブ・スケジュール

2024年3月17日(日)憎まれっ子世に憚る十六巡目
『西横浜 EL PUENTE』。開場:14時、開演:14時30分、終演:19時30分。
SLIP HEAD BUTT、DEEPCOUNT、享楽ツインテールの日、#STDRUMS、TERROR SQUAD。
ライブ詳細・チケット予約(フライヤーQRコードからも予約可能

2024年4月7日(日)新鋼鉄神社!!!ベイエリア神社音源リリース奉祝祭。
Vesper the Aerial x END ALL 共同主催、END ALLとulma sound junction、Wレコ発
『大阪難波 yogibo HOLY MOUNTAIN』。開場:14時30分、開演:15時、終演:21時予定。
出演:Vesper the Aerial、END ALL (東京)、TERROR SQUAD (東京)、ulma sound junction (東京)、TEMPLE。ネムレス。裏切者死罪。
30歳未満チケット割引あり。イベント詳細

2024年4月28日(日)BEATEN TO DEATH JAPAN TOUR 2024 DAY3
『小岩Bushbash』開場:時分、開場・開演:17時30分。
BEATEN TO DEATH (Norway)、KANDARIVAS、老人の仕事、BB、TERROR SQUAD
Food-Amakann foods、DJ-SAKEBI from 鶯谷
イベント詳細

※ご来場の方へ※
出演者に重篤な化学物質過敏症を発症し苦しんでいる方がおられます。
微量の化学物質がきっかけで身体が動かなくなり、演奏出来なくなる場合もあります。
ご来場の際は、柔軟剤・合成洗剤・除菌消臭剤・香水などの使用をお控えくださいますようお願いいたします。

最新情報および詳細を早く知りたい方は、『TERROR SQUAD』サポート』 をフォロー。


※本稿は、関係者の公開ポストや投稿をもとに、情報を再構成したものです。

「6弦のカナリア」目次

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