オルタナティブ・ブログ > イメージ AndAlso ロジック >

ヴィジュアル、サウンド、テキスト、コードの間を彷徨いながら、感じたこと考えたことを綴ります。

全国のライブハウスを無香害に!ロックな生きざまを見せてやる! ~6弦のカナリア(2)~

»

ファンに対して、特定製品の使用自粛を呼び掛ける―――集客の足枷となる制約だ。しかもそれを、SNSで公言、拡散。
自らの不利益などものともせず、アーティストたちが動き始めた。
音を奏でるその前に、その姿勢こそが、ロックだぜ。

日本初、前代未聞の「無香害」ライブ、実現!

2022年11月20日。新大久保 EARTHDOM。実力派バンド『BAREBONES』の、3rd.アルバム『ZERO』発売記念ライブ。
ファンたちの期待が膨らみ始めた開催1週間前、『BAREBONES』ギタリスト・長谷周次郎氏が、facebook・twitter・instagramにメッセージを寄せた。
ファン・サービスではない。来場者特典のお知らせでもない。特定の日用品の使用自粛を呼びかける内容だ。

当日、花を添えるバンド『TERROR SQUAD』には、有害化学物質を高度に感知するメンバーがいる。
原因となるのは、近年拡販された、香り付け・抗菌・除菌・消臭・防臭機能をもつ日用品。それらに含まれる化学物質は、ギタリスト・大関慶治から「演奏する自由を奪う」のだ。

『BAREBONES』と『TERROR SQUAD』は、共演もある兄弟のような間柄。
『BAREBONES』長谷氏は、共演者のために、みずから調べ、綴り、発信したのだった。

旧知のライブハウス側も全面協力。フロアやバーや楽屋に染みついた化学物質の除去に励む。店舗入り口には、香害啓発のポスターが掲示された。

当の『TERROR SQUAD』のメンバーたちは、以前から、家族を巻き込んで、フレグランス・フリーを貫いている。これに、当日出演の3バンド(MIDNIGHT RESURRECTOR(Osaka) / SLIP HEAD BUTT / NEPENTHES)のメンバーたちも、協力。楽屋の安全は、確保された。

問題は、不特定多数の来場者たちだ。メッセージが確実に届くとは限らない。
ひとりでも該当製品の使用者がいれば、ハコの中の空気は澱む。入店するすべてのひとに、理解と実践がもとめられる。

ギタリストは、ベスト・パフォーマンスを発揮できるのか?
希望と諦観が交錯した当日。

奇跡は起きた。満員御礼。
日本初、前代未聞の「無香害」ライブが、実現したのである。

『BAREBONES』長谷氏のメッセージは、当の大関氏が「集客が減るかもしれない」と心配するほど、的確で具体的なものだった。後日、大関氏が感謝の意を伝えたところ、「大関に全力で突っ走ってほしいから」と語ったという。無私のメッセージだからこそ、ファンたちが呼応したのだろう。

ライブ成功の余韻さめやらぬなか、『TERROR SQUAD』サポート・メンバーのキャッツ氏は語った。
「みんなが気を配るだけで、快適な空間が出来るものなんだと感動しました。苦しまずにライブが出来る環境が続くようにするには、皆さんの協力なくしては実現しませんが、一人一人の気付きで、それも成し得ることが証明できたのは本当に良かったと思います。」

「日用品公害」と戦い始めたアーティストたち

成功裏に終わったとはいえ、奇跡が続く保証はない。「皆さんの協力なくしては」継続は不可能だ。

異なる共演者、異なるハコ。ワンマンやツーマンならまだしも、出演者が増えれば、ファン層も広がり、告知の難易度が増す。また、会場までの道中での移香は避けようがない。

その後、ライブを重ねるたび、課題が浮き彫りになっていった。 時系列で追ってみよう。

『CORETIC PERDITION』2022年12月4日(日)東高円寺二万電圧

今回も、出演者が率先して動いた。『THE FINAL SOLUTION』ギタリスト・RATCHI氏が、facebookでメッセージを発信。具体的な製品名も提示して、フレグランス・フリーを呼び掛けた。
さらに、ライブハウスの公式アカウントが、長谷氏のテキストを引用するかたちで、注意喚起を促した
出演バンドは5組。『TERROR SQUAD』はトップを務める。

この日は、月1回の香害啓発twitterデモの翌日ということもあり、デモを終えた参加者たちは、固唾をのんで、現場からの報告を待つことになった。
大関氏からの「会場内無香料」の知らせに、安堵の声があがる。
しかも、共演者が皆、化学物質のリスクについて、本や動画から知識を得ていたというから驚きだ。

ライブにかかわるひとが皆、真摯に取り組めば、結果は必ず付いてくる。誰もがそう確信したはずだ。

『FAREWELL TO THE HEROES』2022年12月17日(土)中野 MOON STEP

2度続いた、無香害ライブの成功。3度目に期待が高まる。
だが、一抹の不安がある。13バンドが出演するうえ、無香害の周知活動もしていない。

『TERROR SQUAD』大関氏は、出番前に機材を搬入、機材車で待機して、本番後すぐに帰宅、という安全策で、曝露を最小限に抑えようとした。
しかし、その試みも空しく、演奏中、整髪料の香料が漂ってきた。会場に充満した化学物質は、目に沁みて、許容量を超えた。ラスト2曲にいたって混乱に陥り、パフォーマンスの余裕なく、演奏を終えた。帰途、吐き気に襲われることになったという。

柔軟剤や合成洗剤による被害は避けられたものの、整髪料のリスクが浮上した。

『MEMORIAL GIG vol.4』2022年12月25日(日) 西横浜 EL PUENTE

クリスマスの日、5バンドが出演。

ライブハウスのオーナー・Shigeru Shiggy Sato氏は、入り口にも裏口にも、日本消費者連盟による香害啓発のチラシを掲示した。さらに、日用品に含まれる化学物質のリスクについて、facebookに投稿。そのメッセージは、twitterで拡散された。

同店はライブバーで、来場者数が限られることもあって、完全に安全な空間となった。大関氏のパフォーマンスは観客を魅了し、つつがなくライブは終了した。

昨年11月20日、無香害を訴え始めた日から、大関氏は、香害啓発用の印刷物と小袋の石鹸洗剤を用意して、会場での無償配布を試みている。今回、関心を示すひとが多く、途中で追加したという。

『BURNING SPIRITS NEW YEAR EVE 2023』12月31日(土)新宿 ANTIKNOCK

大晦日、毎年恒例の年越しライブ。17時開場。『TERROR SQUAD』は、8番目、22時からの出演だ。

年越しでもあり、毎年超満員になるという。
18バンドが出演という豪華な夜。収容人数も300人。全員への周知徹底は難しい。年末の人ごみのなかを移動すれば、移香やむなし。開場から終演までの完全無香害は、望むべくもない。

会場の空気事情に不安がよぎる。それでも、関係者は、諦めない。
主催者は、facebookとtwitterの両方で発信。
また、ヴィーガンで環境問題にも明るい、『Forward』ヴォーカル・Ishiya氏も、facebookとtwitterで注意喚起。

大関氏は、出番直前に会場入り、演奏終了後すぐに現場を離れる算段だ。

結果、演奏が不可能になることはなかった。香料は漂っていたものの、種類と強度が違えば、ダメージは違う。大関氏は強靭な精神力を発揮して、演奏を終えた。
もっとも、帰宅後、ギターへの移香の除去作業が待っていたという。会場では、耐え抜いたものの、曝露していたことになる。

『to the eden resume 2023』2023年3月5日(日)、吉祥寺 WARP

『TERROR SQUAD』にとっては、年明け第一弾。『マシリト』とのツーマンライブ。通常は30分ほどのところ、特別ロングセットとなる。
ファンにとっては、それぞれのサウンドを堪能できるうれしい構成だ。逆に言えば、長時間の演奏を可能にする空気が、必須となる。

この2バンドは、2007年にツアーを組むなど、旧知の仲。互いのファンへの告知は、比較的容易である。
ファンたちの理解を得て、無香害ライブは達成された。

『TERROR SQUAD』は、新曲を披露するとともに、過去の作品も再演。宇田川(Vo.)・大関(G.)ともに20代前半の作品『Broken』(1994年リリースのDEMOに収録)だ。サポート・メンバーのキャッツ氏によれば、「リリースされた当時、日本のスラッシュメタルは壊滅状態でしたが、この曲は衝撃だった」とのこと。

それから20余年、宇田川氏と大関氏はベテランの年齢になった。ふたりは、香害がこの国を覆う前に、評価を確立している。だが、後進たちはどうだろう?
「出過ぎる杭は打たれない」とはいう。しかしながら、日用品の有害物質は、出ようとする杭にしがみついて離れないのだ。水面に顔を出して呼吸することさえ、妨げる。
ひとりのギタリストから始まったライブハウスの無香害化は、後に続くアーティストたちにとっても必要なことではないだろうか。

無香害ライブ成功も、4度目となった。このイベントでは、大関氏の活動を追う大手メディアが取材を敢行している。

UNLIMITED FREAKOUT VOL.32023年3月12日(日) 西横浜 ElPuente

G.L.Gによる企画に、4バンドが集結(G.L.G / Max Overheat / DE-CULTURES / TERROR SQUAD)。

ライブハウス側が、フレグランス・フリーに向けて、積極的に動いた。入口の目立つ場所に、香害啓発のチラシを掲示。実に奇妙な光景だが、これが、わが国の、大気汚染の現実だ。

午後6時30分開演。これまでとは違う、不穏な空気が漂う。
大関氏は、楽屋で抗菌洗剤に遭遇。さらに、消臭スプレーの使用者から揮発する化学物質に見舞われた。これらは防毒マスク装着で回避したという。
ところが、ステージを、整髪料の成分が襲った。会場に充満した化学物質の中で演奏する格好となった。

整髪料に含まれる化学物質は、目に沁みる。最初は鋭く、続いて鈍い衝撃をもたらし、さらに、脚の筋肉を収縮させた。思考に混乱をきたし、演奏中にもかかわらず意識が薄らぐ。パフォーマンスを発揮できぬまま、演奏を終えることとなった。
頭痛も始まり、体調の回復は遅れ、車中で待機。帰宅して移香を除去し終えたときには、翌日になっていた。

脚への影響は、人工香料以外の化学物質によるものだ。数年前、故・津谷裕子博士が、同様の症状に見舞われており、詳しい情報を書き遺している。確たるエビデンスがないため転載は控えるが、その物質さえ拡散していなければ、来場者たちは、大関氏のスーパープレイに酔いしれることができたはずだ。

「香害」といえば、香料の問題だと誤解されがちである。そこで大関氏は、「洗剤・柔軟剤等日用品公害」という言葉を使う。われわれの暮らしの中には、無臭の有害な化学物質が潜んでいる。

ひとりのギタリストの苦闘が、未来の音楽シーンを救う

ライブハウスの無香害化は、決して、ひとりのギタリストへの配慮の問題ではない。大関氏は、そのテクニックと環境意識を見染めた神に、最初の生贄として選ばれたにすぎない。

もし、身をもって警告する者が現れなければ、どうなっていたことか。

狭い閉鎖空間に、あふれる熱気。体温や摩擦で拡がる化学物質。数年経たぬ間に、より深刻な被害が生じている。
ボルテージが最高潮に達したとき、出演者と多数の客が、気道閉塞に見舞われ、倒れていく。そして最悪の事態が訪れる。救急車内も搬送先のERも、香害に満ちているからだ。搬送すれば、症状は憎悪。成すすべがない。

化学物質の曝露により生じた症状を、医薬品という化学物質で治すことは、容易ではない。
救えるものがあるとするなら、清浄な大気と清冽な水。そして―――愛だ。アーティストたちの、音楽と人間への愛だ。

サクリファイスを、無駄にするな。アーティストから、音を、奪うな。ライブハウスの明日を変えよう。


『TERROR SQUAD』 の今後のライブ・スケジュールを掲載しておく。読者の皆さんが来場の際には、お使いの日用品を確認のうえ、フレグランス・フリーを実践してほしい。また、友人知人が参加するなら、リスクある製品を見直すよう、注意喚起をお願いしたい。

FkwhQw2acAEVdcW.jpg

4月15日(土) 『憎まれっ子世に憚る十四巡目』TERROR SQUAD / NEPENTHES、西横浜 EL PUENTE
チケットは、サムネイルをクリックで開く画像のQRコードから

4月28日(金) 『Defiled "The Highest Level" Release Party Gig』Defiled / TERROR SQUAD / BISSAIUM、西横浜 ElPuente

4月29日(土)『渋谷メタル会フェス 2023』渋谷サイクロンorGARETTE

5月20日(土) 西横浜 EL PUENTE

※本稿は、関係者の公開ツイートや投稿をもとに、情報を再構成したものです。

「6弦のカナリア」目次

Comment(0)