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日本初の「無香害ライブ」から1年。~6弦のカナリア(12)【 2 】~『Black X'mas』

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『Black X'mas』2023年12月22日(金)新大久保 EARTHDOM

加速する、事前啓発。大晦日のライブ関係者までもが、協力体制。

風向きが、変わった。
あきらかに、変わった。
12月16日のライブ翌日から、Xやfacebookでは、次回ライブ予告が流れ始めた。主催者、共演者はじめ、ファンたちまでもが、それぞれのできることを考えて実行。香害情報を発信し始めたのだ。

17日には、インディーズレーベル半田商会が、フライヤーと平塚市の香害啓発ページをポスト。

さらに、その翌日、『Forward』ヴォーカル・ISHIYA氏が投稿。
ISHIYA氏は、昨冬も、啓発に尽力している。大晦日のライブ『BURNING SPIRITS』で共演の『TERROR SQUAD』を慮って、注意喚起を促したのだ。そして今年も、大晦日の共演に向けて、早々と啓発を開始したのだった。
12月18日には、『BURNING SPIRITS』のタイムテーブルに、自らまとめた注意事項を添付して、投稿。
「ご来場予定の方は、ご一読をお願いいたします。」
同氏はライターでもあり、そのテキストは的確。効果に期待がかかる。

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実は、ISHIYA氏自身も、移香の除去に苦戦しているのだ。化学物質過敏症を発症していなくとも、嗅覚が機能していれば、ニオイを放つ有害物質には気付くことができる。
「普段から柔軟剤を使って洗濯していると、匂いはなかなか取れない。もう毎日天日干し、重曹、セスキで消毒、鍋で煮沸など、あらゆる方法使っても、今からだと匂いは取れないかもしれないが、薄まることはある。」
日を改めて、注意事項を何度も投稿、浸透を図った。

『TERROR SQUAD』の長年のファンも、日消連の最新のポスターや香害Xデモで使われたポスターを用いて、「X」で注意喚起。

12月18日には、大晦日の『BURNING SPIRITS』を開催するライブハウス『新宿 ANTIKNOCK』までもが、「ご来場予定の方へ」と呼びかける、ダメ押しのポスト。

啓発に協力するひとが増えた今、無香害ライブは、不可能な夢ではなく、実現可能な目標となった。

今回の会場は、前回ライブと同じ、『新大久保 EARTHDOM』。
『DIE YOU BASTARD!』と『TERROR SQUAD』のツーマンだ。
『DIE YOU BASTARD!』は、「あるようでなかった待望の2マン‼️」と今回企画の希少性をうたい、プレゼントを発表した。それはフライヤーをリデザインしたクールな手ぬぐいだ!黒字に白の文字。かっこよさに、ネットのあちこちから、垂涎の声があがる。これはチケット・セールスに良い効果をもたらしそうだ。

12月22日、当日の午後。大関は、期待と不安を、ユーモラスに「X」にポストした。
「さて本日、ライブです。ツーマン。持ち時間が双方1時間。海外でも長くて50分+アンコールのところ、運動不足のオレ、体力心配w」

事実、運動不足なのだ。この1年、大関の行動半径は、極端に狭くなっている。
大関は自身の化学物質過敏症を軽症だとおもっているが、医師によれば重症。これ以上悪化させて、音楽活動に影響が及ぶことだけは避けたい。
安全策で自宅に引きこもっているため、運動量は激減。ウォーキングで補おうにも、外出すれば、いつ、どこで、香害の空気の塊に遭遇するかわからない。曝露すれば寝込むことになり、逆効果。これまで何度も、その憂き目にあってきている。
筋力も体力も衰えた。

その身体で、全11曲プラス、アンコール。アルバム2枚フルに近いボリューム感。
ステージの無香害を祈るばかりだ。

18時過ぎ。大関は「X」にタイムテーブルの写真をポスト、到着を伝えた。
ネットでつながる、ファンたちや香害啓発者たちが声援をおくる。

曲順は、いつも通り、ベース・前川が決定。前日、リストを受け取った大関は、一工夫を凝らした。
実は、大関は老眼。ギターアンプのツマミの文字が読めなくなり、コンタクトレンズをやめたところ、今度は、遠くの曲順表が見えないときた。そこで、ギターのボディサイドに曲順表を貼ることにした。尊敬する、ポール・マッカートニーの方法を真似た方法だ。

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このアイデアは、上手くいった。わかりやすく、安心できる。

そして、ステージが、始まった。

突発事項発生か!?体力勝負のツーマン1時間、完奏に挑む!

ボーカル・宇田川の第一声から、『Straight to Hell』で、幕を開けた。『Helldozer』、『Order of Lone Wolf』と、アルバムでおなじみの曲が続く。
MCを挟んで、『Born Defector』。
曲の構成に自信ありの名曲。ライブで披露するのは、ショート・バージョン。4曲目でもあり、後半を盛り上げるための、肝となる曲だ。

いつも通り、ボーカル・宇田川が、客席になだれ込む。客たちは大盛り上がり、取り囲み、歓声を上げる。宇田川が、指差し、叫ぶ。激情に突き動かされるように、客たちが大きく揺れた。

そのときだった、衣類が擦れあったのだろう、抗菌系の物質が一直線にステージに向かってきた。避ける余裕などない。大関を突き刺した。
予期せぬ、頭痛、しばらくすると、脚の力が奪われた。骨も筋肉もバラバラになったかのように、膝が震えた。今にも折れそうな脚。傾きながらも、ギターを支えた。

「まだ4曲目だぞ、おい!」

自身を鼓舞して、後ずさり。「落ち着け!ミスるんじゃない!」
憶えこんだポジション。左手は自動的に動く。同期するはずの、ピッキング。集中しようとした。だが、抗菌剤は容赦ない。
高速で流れる音。わずかなズレでも、生じる、ミス。
熱気を帯びた客たちは気付かない。それがせめてもの救いだった。
プロギタリストは、唇を噛んだ。演奏を妨げる香害に対して。自身の運命に対して。胸の奥で、叫んだ。悲嘆が、現れては消えた。

なんとかやり過ごして、5曲目『Bastards』に突入。
そして、『Black Sun』。インストゥルメンタルだ。宇田川のパフォーマンスによるカバーは期待できない。耳を澄ませ、心を澄ませて、音に集中。無事弾き終えて、新曲『No Wrong Way』。
シンガロングで盛り上がり、ここで、ふたたびMC。巧妙なトークを繰り出す宇田川の背後で、このとき、大関は嘔吐感と闘っていた。

不調を見せまいと踏ん張り、複雑な構成の『Hellbound Deathboogie』を弾き終えた。すこし持ち直し始めたような、感覚があった。
ここで、身体が憶えこんでいる『闇より深く...』。ホッとしたのもつかの間、客たちが弾む『Blood Fire Metal』。 大関ただひとりを置き去りにして、ハコの中は熱くなる。

ようやくラスト、『Chaosdragon Rising』。
宇田川は、さらに客たちを巻き込んで、大暴れ。屋台骨、ドラム・ジョーカーは、ひたすら高速を刻み、奔流を支える。ベース・前川の力強い低音が響く。
一方、大関は、それどころではない。定位置で踏ん張り、ひたすら、演奏に集中。なんとかソロを弾ききった。

あと1曲!
アンコールは、『Motorhead』のカバーで『Ace of Spades』
10月1日の『Nutty's』ライブでも披露し、客たちが沸きに湧いた。海外ツアーでもアンコールで演奏する、万国共通の人気曲だ。

力を振り絞った。
ピックを振り抜くと、全身の力が抜けたかのように、右腕をおろした。

知られ始めた、香料のリスク。忘れ去られる、抗菌・消臭・防臭製品のリスク。

機材を撤収、車に積むために、裏口から出た。
忘年会の記念撮影を楽しむ集団がいた。その数、10数名。にもかかわらず、におわない。
1年前、無香害化を訴え始めた頃と違い、ライブハウス内の空気は、あきらかに、変わった。 一方、町の空気事情は。深刻化している。
汚れた空気の中の、無香害の集団の出現は、意外だった。町を覆う空気と、その中で動くひとびと、楽屋、ステージ、客席、それぞれがの空気事情が違うのだ。
柔軟剤香料が漂ってくることもあれば、抗菌系合成洗剤のニオイが滞留していることもある。香害は、複雑化している。啓発の難しさを突きつけられたような気がした。

21時過ぎ。「X」に、結果をポストした。
「なんとか無事。抗菌系にちょいちょいやられた。コレはオレらしかわからないのかも。楽屋は平和だった。」
そして、0時をまわって、「無事帰宅。」

明けて翌日、感謝と、今後への注意事項を、発信した。

「今日のライブ、主催者や会場の香害啓発のおかげで柔軟剤や香水系は感じませんでした。ありがたい!!」

香料の有害性は、「香害」の二文字で知られるところとなった。香り長持ち技術も「香料マイクロカプセル」の言葉で、知られ始めている。
だが、香りのリスクが強調されるにつれ、反比例するかのように、抗菌・消臭・防臭機能をもつ化学物質のリスクが、霞んでいく。
抗菌系洗剤の放つニオイは、柔軟剤の香りとは全く別物だ。何割かの嗅覚の持ち主は、「悪臭」として捉えることができる。
誰もが臭うわけではない物質の有害性を、いかに伝えるか。大関は悩んでいる。だから、「香害」よりも「洗濯公害」という言葉を使うのだ。

メーカーは、すすぎ回数減をうたう。健康被害者によって、それは、まやかしだ。発症者も増えるおそれがある。「せめて2回濯いでほしい。」それが、大関の最低限の願いである。


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セットリスト / 音源情報(2023年12月22日『新大久保 EARTHDOM』)

※CDは、残念ながら完売。アルバム2枚は、bandcampで、試聴・購入できる


記事中画像

『FORWARD』ヴォーカル・ISHIYA氏が作成して配布した、お願い文書(「X」より)
ギターのボディサイドに貼った曲順表(撮影:大関慶治)


※本稿は、関係者の公開ポストや投稿をもとに、情報を再構成したものです。

「6弦のカナリア」目次

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